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【Croatia】光っている。どこまでも、青く。|vol.4|torito旅しんぶん

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 光っている。いつだって、きらめいている。まるで、溶かしたガラスに浮かんでるような、なめらかでやわらかな海。まるで、水の一粒一粒が太陽から光を分けてもらったかのような、きらきらと光輝くとうめいな海。アドリア海のやさしく淡いブルーが、旅を、よりロマンティックにする。思い出す景色は、いつも眩しく光っていて、その隣では、あの子がいつも笑っている。

 あの街を光らせているものは、なんだろう。

 どうして、あんなに、光っているのだろう。

 「いつもワイルドな旅をしてきたけれど、たまには思いっきりロマンティックな旅がしたい。例えば、海辺の素敵なレストランのテラス席で、優雅に白ワイン飲んだり、ね。」

 そんなことをポロっと口にしたのは、結婚&移住の少し前。親友 朋子のマルタ島ひとり旅の話を聞いていたら、たまらなくなったのだ。冗談めかして笑うわたしに、朋子は言った。

 「じゃあ、ふたりで、行っちゃおっか!」

 そう決まってからは、早かった。新婚ほやほやの朋子と、入籍間近のわたし。これはつまり、花嫁だけの「新婚旅行」です!と両旦那さんに宣言し、約1ヶ月後に渡航した。目的地はクロアチア。出発前は場所すら曖昧だったが、街の名の響きだけでときめいた。とびきり素敵な国へ行く、ただそれだけが確かなことで、未知であればあるほど、胸は高まった。

 クロアチアは、想像以上にロマンティックだった。ちいさな首都ザグレブは、どこもかしこも、赤いハートをモチーフにしたお土産品にあふれ、教会を抜けた先には、「失恋博物館」元恋人との思い出の品が甘く切なくときに狂気と共に語られていた。ホテルの朝ごはんは、潔くハムとチーズとパンいう期待の裏切らなさ(そしてこれが全種類、何を食べてもおいしいの)。

 ドブロブニクは、街そのものが世界遺産。小高い丘の上から街を見下ろせば、魔女の宅急便のキキが箒の上から眺めた景色と一致する。水を打ったような艶やかな石畳のメインストリートを抜ければ、迷路のような細い路地が続き、黒猫がにゃあと現れる。憧れのテラス席に座り、白ワインで乾杯すれば、「ついに、来たんだなあ…」と高揚感で胸がいっぱいになる。なんて幸せな国。

 しかし、この楽園のような状況下で、わたしの心は少しずつ萎んでいく。ドブロブニクの街のあちこちで生々しく残る、銃痕。崩れ落ちたままの家の瓦礫。華々しい町並みと相反するような戦禍の残り香が、そこかしこに存在していた。

 ドブロブニクは、旧ユーゴスラビア崩壊時に、戦場と化した街だ。いまや名物のオレンジ色の瓦屋根。街全体がまったく同じ色の屋根で統一されているのは、当時の戦闘で、ほぼすべての屋根が失われたことにより、同時期に再建されたためだという。最も人気の観光スポットである丘の上には、慰霊碑があり、写真付きで当時の惨状を伝えていた。終戦から何年もたっているのに瓦礫を片付けないのは、忘れないためなのだ、とガイドのお兄さんが言っていた。向かいに見える隣の山は、ボスニア・ヘルツェゴビナとの国境。国の崩壊により、敵として戦ったのは、かつての隣人。出国前に読んだノンフィクションの戦記が、目の前の銃痕と重なり、ユーゴ紛争が現実味を帯びて迫ってくる。旅が進むにつれ、わたしの心は戦跡と呼応するように下っていった。

 辛く悲しい気持ちに覆われると、罪悪感なのか、自分を幸せにするものすべてに、怒りを感じてしまう。高校時代、修学旅行の沖縄でも、戦跡巡りを経たのちに、パイナップルソフトは食べられなかった。暗澹たるムードにのみこまれかけた私は、朋子に申し訳なく思いながら、その日は別行動したいと伝え、ひとり、世界遺産の要塞を歩いた。

 ざわつく心と裏腹に、空は抜けるような青、太陽はすべての力で街を照りつけ、海はここぞとばかりにきらめいていた。汗をかき、息を切らしながら、やっとのことでドブロブニクを一望できる要塞のてっぺんに辿り着いた。 

 そこでみたものは、光。ただただ光っている街。この街は、銃痕も瓦礫も、すべてを持って、きらめいてた。闇があるから、この光を感じることができる。ここにあるすべての悲しみが、この街をこんなにも、光らせているのだった。 

 「人々はすぐに忘れてしまうから、この国の陽気な空気に消えてしまうその前に、ここに残しておいたのだ。だから大丈夫、決して忘れはしないから。

存分に幸福ないまを楽しんでおいで。」そう、街の声が聞こえたような気がした。

 そのあと向かったコルチュラ島は、いま思い出しても夢のよう。ちいさくもアドリア海の魅力がたっぷり凝縮された島で、わたしたちは、思いっきり楽しんだ。名物のオクトパスサラダとトリュフパスタに、島で採れたぶどうの白ワイン。さらに船に乗り無人島へ行けば、そこはヌーディストビーチ、…ではないものの、にこやかに歩いてくる裸体の男性二人。仲睦まじいその光景が妙に幸せで、結婚式を控えたわたしたちは、「ちゃんと幸せになること」をお互い宣言し合った。ふたりだけのビーチ、出会ったお魚、ふいに現れ見つめあった鹿。記憶のすべてが光っている。塔の上のルーフトップバーで、海のようなブルーカクテルを手に、ゆっくり色づいていく夕暮れをいつまでも眺めていた。

 最終日の朝、教会の鐘の音が鳴り響く港に、光はあたたかく差していた。目を細めながら、幸せないまを刻んでいくことが、不思議なほど誇らしかった。

 (素晴らしい旅の相棒、朋子に愛を込めて。朋子のやさしさに包まれた旅でした。ありがとう。)

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