アトランタ爆破テロ事件
1996年米ジョージア州アトランタで夏のオリンピックが開催された。
オリンピック最大のスポンサーの一社であるアメリカ、コカ・コーラの本社の所在地というのもジョージア州アトランタが開催地に選ばれた理由の一つと言われている。
赤く囲った場所が、アメリカのジョージア州アトランタの場所です。
その日、ファーロン・スタッブとその母親アリス・ハースソロンはジョージア州アルバニーからオリンピック観戦に訪れていた。野外コンサートが開催される場にいた親子。オリンピックは大会七日目を迎えていた。
その小旅行は娘ファーロンの14回目のバースデープレゼントとして母親アリスが計画したものだった。
これはアメリカで実際に起きた爆破テロ事件について被害者の1人ファーロンが語ったものである。
深夜 1:20、記念撮影をしようとカメラを向けた瞬間、ファーロンの背後で大きな爆発が起き、ファーロンと母アリスは地面に叩きつけられた。
辺りは一瞬でカオスになった。ファーロンは自分が母親アリスから約5m離れていることに気づいた。倒れている母親を見て胸騒ぎを覚えた。ファーロンは見知らぬ男性に地面に伏せるように言われた。
母アリスは即死だった。44歳だった。連邦および州捜査陣がすぐに組織化された。
しかしそれをあざ笑うかのように犯人は二度目の爆弾を爆破させた。
1997年1月16日、アトランタ郊外にあるクリニックで悲劇は起きた。その日、看護婦長のエミリーは働いているクリニックに早めに到着した。非番の警官ロバート・サンダーソンがその日は警備員としてそこにいた。
2人は挨拶を交わしクリニックにむかいながら会話をした。そして奇妙な物があることに気がついた。それはひっくり返された鉢植えだった。そして少しだけ土に埋まっていた。ロバートは危険を察知し、エミリーにそこから離れるように指示を出した。
そして次の瞬間、爆発が起きた。ロバートは即死だった。無数の釘と破片がエミリーを襲った。傷は彼女の全身の90%に及んだ。エミリーは左目を失った。
その一か月後、1997年2月21日、今度はアトランタの中心地に近いゲイやレズビアンが集うナイトクラブで爆破テロ事件が起きた。
そして当局は犯行声明が書かれた手紙を受け取ることになる。そこにはArmy of God(神の軍)からだと記されており、中絶を行うクリニックと、ゲイ及びレズビアンのナイトクラブを意図的に狙ったと書かれていた。さらに政府機関を狙うだろうとも書かれていたのである。
捜査当局はこの3つの爆破が違う層を狙ったことによって犯人のターゲットを特定することに四苦八苦していた。しかしFBIのプロファイラーは、この3つの爆破と犯行声明が書かれた手紙を分析してこう結論づけた。犯人の真のターゲットは警察であると。
クリニックを襲った爆破で殉職したロバートは警察官として8年目を迎えていた。あとには彼の奥さんと2人の息子が残された。
ロバートの死は、1つの証拠を残した。法医学者により、犯人がリモートコントロールによって爆破を起したことが確認されたのだ。それは、犯行現場の近くに犯人がいたことの証であった。
実際に爆破が起きた直後、1人の男がその場から足早に立ち去る姿が目撃されていた。その男は奇妙にも頭にかぶっていた金髪のウィッグを脱ぎ棄てた。それを見た目撃者は怪しいと思いその男の後を追ったのだ。
その怪しい男は荷台があるピックアップトラックに乗りこんだ。目撃者は慌ててその車のナンバーを警察に電話で伝えた。それは灰色の日産のピックアップトラックだった。
アメリカで展開している日産のピックアップトラック。画像は事件が起きた1990年代後半のもの。
そのピックアップトラックは31歳になる1人の男を捜査線上に浮かび上がらせた。ノースカロライナ州出身のエリック・ルドルフだ。ノースカロライナ州はジョージア州に隣接した州である。
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