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911の直前に消えた女性

2001年9月11日(火) 午前8時45分(ニューヨーク現地時間)、最初の飛行機が世界貿易センタービルの1つに激突炎上しタワーは崩れました。

一瞬のうちにパニックになり、残ったものは行方不明になった家族や恋人や知人や同僚を探し回りました。そして至るところに行方不明者の情報を求めるチラシが貼られていきました。

ロン・リバーマンもその1人でした。彼は行方不明になった31歳になる妻のスネハ・フィリップを探していました。スネハは内科医でした。彼女が最後に目撃されたのはワールドトレードセンターの近くだったのです。

しかしスネハのケースは他の何百を超える行方不明者のケースとは少し違っていました。実はスネハはテロの前日の9月10日に姿を消していたのです。それはワールドトレードセンターが崩壊する14時間前のことでした。

夫のロンは云います「911が起きたことによって、妻のケースはより複雑になりました。色々な可能性があり、そのどれもが紐づいてもおかしくはないのです。それほど911テロによる混乱はひどいものでした」

2人は結婚して1年が経とうとしていました。まだ新婚だった2人に起きた悲劇。ワールドトレードセンターのすぐ近くのバッテリーパークシティのマンションに2人で住んでいました。

2001年9月10日 午前11時15分、ロンは仕事場のジャコビ・ホスピタルへ行くため支度をしました。その時、妻のスネハは電話で誰かと会話をしていたそうです。スネハはその日から3日間の休暇を取っていました。2人とも医師でした。

一度、玄関から出たロンでしたが鍵を部屋に忘れたことに気づいてすぐに部屋に戻りました。そしてスネハから鍵を受け取っていつものように彼女にキスをして愛しているよと告げてからマンションを出たそうです。

それがロンが妻スネハを見た最後になりました。

その日の夜、23時15分頃に帰宅したロン。そこにスネハの姿はありませんでした。しかしロンは特に不審に思うこともなく就寝したといいます。ロンは多忙を極めていていつ家に帰るのか分からないほど滅茶苦茶なスケジュールで動いていました。

スネハはロンの帰りが遅かったり、帰宅しない日などは近くに住んでいる彼女の兄弟の家か、従妹の家に泊まってくることもあったそうです。ロンはスネハはまた彼女の兄弟か従妹の家に泊まっているのだろうと思い特に気にもとめなかったそうです。

翌日、ロンは仕事に行くためマンションを出ました。その日は午前8時にミーティングがあったためそれに間に合うようにマンションを出たそうです。スネハが起きたら自分に電話してくるだろうとロンは思っていました。

その日、9月11日は抜けるような青空が広がっていました。9月にしては汗ばむほどの陽気だったそうです。ニューヨーカーはいつもと変わらない日常をスタートさせていました。

病院で朝のミーティングを終えた後、ロンはスタッフが大勢でテレビを囲んでいるのを見ました。何だろうとテレビに近づいた瞬間、飛行機がワールドトレードセンターのビルの1つに突っ込むのが画面いっぱいに映ったのです。

ロン「何が起きているのか、すぐには理解できませんでした。そして、もう一機の飛行機がもう1つのビルに突っ込むのを見たときに、これは事故じゃない。何らかの攻撃だと分かったのです」

ロンは慌てて家に電話をかけました。スネハのことが急に心配になったのです。自分たちのマンションや親せきの家もワールドトレードセンターのすぐ目と鼻の先にありました。何か嫌な胸騒ぎを覚えたそうです。

テレビが映し出すビルの崩壊に涙を浮かべながら、泣きながらも病院のスタッフ達は担ぎ込まれる負傷者の手当てに追われていきました。

午前10時を回ってロンはまた家に電話をかけました。何度かかけたけれど、留守電になっておりスネハの応答はありませんでした。そして電話は不通になったのです。大勢の人々が一気にマンハッタンへ連絡を取ろうとして電話がパンクしたのです。

ロンは急に怖くなったそうです。妻と連絡が取れないことへの恐怖と、この状況にパニックになりそうな自分の心をどうにか保とうとしていました。周りにいる全員が何らかのショックを受けていました。

あのワールドトレードセンターの甚大な瓦礫の下に彼女が埋まっているのを考えることは恐怖でした。どこかで迷っているのかもしれない、すぐに彼女は見つかるとロンは必死に自分を奮い立たせていました。

ロンはようやくスネハの兄弟や従妹と連絡を取ることが出来ました。ロンの一縷の望みとして、スネハは9月10日の夜はどちらかの家に泊まったはずだというのがありました。

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