世界選手権リレーを振り返ります

筑波大学オリエンテーリング部の小牧です。

私はノルウェーで開催された今年の世界選手権(WOC)に出場しました。特に日本チームの2走を務めたリレーは非常にエキサイティングなレースで、強烈に印象に残っています。今回はリレーのレース展開のリポート(第1部)と、その反省や課題(第2部)について書きます。

*ルート図のクイックルートは4:00~10:00min/kmで設定しています。
*GPSの軌跡はTracTracというアプリで再生したもののスクリーンショットです。まだ再生できるので、ぜひダウンロードしてご覧ください。

第1部 レース・リポート

リザルト
https://eventor.orienteering.org/Events/ResultList?eventId=6316&groupBy=EventClass

・スタートまで

 選手は全員、会場近くの特設大型テントに隔離されました。女子のレースが先に行われたため、狭くて決して快適とは言えない場所で長時間待つ必要がありました。外はひどい雨で、8月なのに肌寒かったです。男子のスタートは18:30で、日の長いノルウェーとはいえ森の中は若干暗くなり始める時間でした(ライトを装着している選手さえいました)。待機所では速報がみられるようになっていたので、女子の結果を見つつアップを始めました。スイスのフブマン兄弟やスウェーデンのグスタフ・ベルグマンといった僕でも名前を知っているトップ選手たちも(当然ですが)同じ場所で真剣な顔でアップをしています。委縮することはなかったですが、とんでもないところにいるんだな、と改めて思いました。

 そうこうしているうちに男子のスタートの時間になり、第一走者のセバスチャンがスタートしました。隔離されていたのでスタートの瞬間は見ることはできませんでしたが、ものすごい歓声がテントまで聞こえてきました。大体20分後くらいに各国の2走の選手が全員呼ばれ、スタート地区に入場しました。大勢の観客が見えましたが、割と落ち着けていたと思います。スタート地区にも速報ディスプレイがあり、どうやらセバスチャンはかなりいい位置にいるようだとわかりました。

 1走の選手が帰ってきました。よく覚えていませんが、トップ集団はかなり団子状態だった気がします。そしてトップから+3:22、第3集団くらいでセバスチャンが帰還します。この時点では23位、まわりは日本より強い国ばかりでした。実際、セバスチャンにとっても会心のレースだったようです(本人が言ってました)。この順位でスタートすることは想定内ではありましたが、「マジでこの国の人たちとやらないとなのか、、」とちょっと思いました。ちょっとです、本当にちょっとだけです。ということでアドバンテージを得て僕のレースが始まりました。

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日本2走(筆者)スタート時の状況。第3集団で、前にアメリカやエストニアがいました。すぐ後ろにも集団がいたのが後々助かることに。

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レース序盤

→1
 誘導をたどりながらプランニングを済ませました。最初で絶対にミスることはできないと思い、送電線→切通→オープン→小径と丁寧すぎるくらい線状特徴物を辿って行き、水系と小径の交点からアタック。無事に到達しました。少しルートのロスはあるものの、集団にもついていけました。

→2
 難しそうなので自分のナビゲーションに集中しました。しかしながら水系のある沢にでるまで走れることに気づき、スピードを上げようとしましたが斜面のためうまく走れず、ピーク上を走るアメリカにさっそうと置いていかれました。アタックもやや雑でしたがピークの位置関係でアタックできた、気がします(よく覚えていないです...)。

→3
 練習の中で、ノルウェーの明るいヤブの中での方向維持はうまくいかなかったので直進は厳しそう、ということで北回りしました。送電線の交点からアタックするも、まったく当たりません。ちょっと焦りました。よく見るとなんと道と送電線の交点からアタックしていました。こんなイージーミスが起こるなんて、と思いつつもなんとか正しいコントロールに到達できました。おそらく2分近いミスタイムがついています。まわりの選手もすっかり変わってしまいました。

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 ミスっている間にブルガリア、イスラエル、スペインあたりに抜かされてしまいました。イスラエルの選手とは最後まで競い合うことになります。アメリカあたりの集団にいられれば、と思うと悔しいです。ただ、後ろにも選手がいたことで集団が形成され、スピードが落ちなかったのはラッキーでした。

→4
 直進しつつ前のスペインの選手を追いかけました、が現在地もよくわからず、C藪も目立たないので危険でした。実際かなり直進のラインからずれています。共通コントロールだったため助かりました。

会場に帰還、そしてロングレッグ

→5
 会場に帰ってきました。チームメンバーから「後半むずいよ!」と声を掛けられました。実際次のレッグはルートプランにかなり時間を要しました。

→6
 そのレッグです。ぜひプランを立ててみてください。

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 僕は道をつなぎ、ピークから直進して切れ込んだ沢に入りその終わりからアタックするルートを選択しました。

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 レース後半のルート

 小径を上っていると、スペインの選手が見えました。彼は歩いていたので、がんばって追い付くと急にスピードを出してどこかへ行ってしまいました。一瞬惑わされましたが、ロングレッグだし終点は隣接コントロールもあるだろうからここは自分のナビゲーションを保とう、と思い返しました。丘の上は平らでピークも不明瞭でしたが、湿地なども確認して沢へ入ります。思った通りの形の沢が見えてきて安堵。アタックポイントではしっかり止まってアタックしました。

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 スペインに追いつきます(左の画像)が、ルートが分かれます。すると、右から別の集団が来ました。彼らとはここからのコンピゾーンを共に走ることになります。1走が好走したハンガリーやロシアもいつの間にかこの集団にいました。

レース中盤、集団走が始まる

→7 
 地形を見ながら直進。この時は地図と現地の一致がとてもうまくいきました。ノルウェーのテレインは氷河地形(らしい)ので切り立った丘とその間の湿地、という地形になっています。なのでここのコントロール位置はコンタは1本ですが段差になっているだろうとイメージしてアタックしました。

→8
 このあたりからイスラエルの選手とずっと一緒でした。オープン目指して直進。現在地を把握しきれず、スピードが落ちてしまいました。オープンで岩崖付きのピークを見つけ、そこからアタックしました。オープンではハンガリーの選手に出会いましたが、ナビゲーションがかなりふらついていたのでこの選手を意識するのはやめました。あとで結果を見ると相当ミスをしていたようです。

→9、10
 Bヤブの中の直進。この地域のテレインのBヤブは下層植生ではなく密集して横枝が生えた針葉樹林です(絶妙に固いので僕は日本のわさわさBヤブのほうが好きです)。なので見通しは悪くなく、ピークを見ながら慎重に進みました。イスラエルの選手も同じくらいのスピードで走っていますが、脱出で毎回置いて行かれてしまいます。ほかの選手たちもほぼ例外なくコントロールで止まりません。毎度海外のレースに出るたび思うのですが、なんであんなに止まらないんでしょうか?たぶんナビゲーションがコントロールごと、レッグごとで途切れていないのだと思います。

→11

画像7

湿地とピークを見ながら直進していったと思います。ノルウェーの湿地はぬかるみというより「濡れた草がわしゃわしゃふわふわしてるところ」って感じなので地図から受けり印象より現地ではわかりにくいです。周りに選手がたくさんいました。それだけ隣接コントロールをかなり警戒していたのですが、TVコントロール(カメラマンがいてライブ中継してる地点)で共通だったらしいです(レース中は分からなかった)。なので前の選手のアタックを参考に到達。レースを通じて隣接コントロールが少なめのコースでした。

→12
 直進して鞍部に入り、アタックするプランでした。しかしながら前のランナーに引っ張られ、手前の隣接コントロールについてしまいました。イスラエルの選手も道ずれです。やっぱ違ったか、と思いだいたいの場所もわかっていたためもう少し北へ下っていくと到達できました。

→13,14  
 ショートレッグ。コンパスだけでこなしていきました。やっぱり手続きの速さはかないません。

最後の勝負レッグ、ルートチョイス   

→15
 さて、ロングレッグが来ました。このとき、僕は下の3つのルートチョイスがパッと浮かびました。

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 これは自分のルートプラン能力が急激に上昇したわけではありません。実はスタート前に会場ディスプレイにでかでかと映し出されていました。「This leg have 3 big route choices !」みたいな感じでどや顔(いや、顔は分かりません)で実況されていました。これは見逃すわけにはいかない、と他の国の選手と一緒にガン見しました。  
 さて、どれを選択するか。赤は道を引っ張れますがアタックが難しそう。青は直進の距離が長い上にハッチが気になります。となるとオープンにエイミングオフできてアタックも簡単そうな緑ルートしかない!ということでこのルートを選択。ただ判断しきったのはピークに差し掛かったあたりでした。急に進む方向が変わったので「小牧どうしたんだ」と思われていたかもしれません。確かにちょっと南にずらしすぎて、余計に走ってしまいました。そのため先ほどの集団よりやや遅れて到達しました。結局このコントロールも共通だったので、集団走をすればよかったのですがそれは結果論ですね。ベストではなくとも悪くない判断だったと思います。

→16
 がむしゃらに走りました。

→ゴール
 力の限りダッシュしましたが、イスラエル選手は結局とらえられませんでした。速かった。長いゴールレーンを走り、3走の伊藤選手にチェンジオーバー。ゴールした後は安堵と重圧からの解放で、なんでか泣きそうでした。チームメンバーが集まって声をかけてくれてました。嬉しかったです。

第2部 振り返り ‐海外レースで力を発揮するために‐


このレースについて僕は「現時点での力は発揮できた」と自己評価しています。もちろん代表選手としてこの走りがふさわしいのか異論はあると思いますが、当時の僕の実力ではこれよりいいレースは難しそうです。ということで、なぜ自らの力を発揮できたかを考えていきたいともいます。

①メンタル面 
 正直なところメンタル面はかなりギリギリでした。僕は世界選手権2か月前に結城選手のケガによる辞退により、(おそらく紆余曲折があって)突然代表選手に選ばれました。WOC2019を目指してトレーニングを重ねてきたであろう結城選手やほかの選手のことを思うと、本当に自分が出てしまっていいのかと悩みました。夢であった世界選手権に出場したいという思いが強まり出場を決めましたが、直前の日本での合宿での成績も安定せず(勢子辻をさまよったりしていました)、不安を抱えていました。ノルウェーでのトレーニングキャンプや併設レースでも対応はしつつもいいレースはできませんでした。ミドル予選の結果も目標の「トップ135%」には及ばなかったです。そういう状況だったため、リレーの2走を走ることが決まってからは常に重圧を感じていました。

「決め事」を作る
 
とはいえ、世界選手権でプレッシャーや不安を強く感じるというのは予想できることでした。僕はJWOC2018にも出場しましたが、周りのメンバーが結果を残す中自分は悪いレースばかりで、メンタル的に追い込まれてしまい次のレースではますますミスを重ねるという経験をしました。そのため自分が落ち着けるスローガン、ルールを作りました。それは「自分ができることだけをする」「ここは自分の舞台である」の二つです。前者はレースをコントロールするために、後者は委縮しないように、自分の心の中で遠征中常に意識するようにしました。さらにリレーについては、「自分のプランとナビゲーションを尊重する」というルールを加えました。ほかの選手を積極的に使っていくようなレース展開は自分にはできないと思ったからです(実際は結構使っていますが)。これはチームとしても影響してくるので、他のメンバーにも理解してもらいました。結果としてこれらの決め事は自分自身をコントロールすることに役立ちました。

② 技術面 
即席アナリシス

 技術的な面は明らかに不足していると感じました。しかし自分の持っている技術でなんとかノルウェーのテレインに対応しなければなりません。トレキャン中、上島選手はその日の練習に対してその日のうちにアナリシスを書いていました。僕は合宿中にアナリシスをするという発想がなかったので少し驚きました。でもこれはいいと思い、マネをして書くことにしました。誰に見せるわけでもないので、殴り書きです。しかし自分自身が感じた課題を明確にし、次の日の練習で生かせるのでとても効率的だったと思います。リレーを走る日には何に気を付けるべきか意識できていました。

画像9

上が即席のアナリシスです。普段より感覚的になっていて、なんか必死ですね。上島選手のアナリシスはもっと理路整然としており、一般化された素晴らしいものでした。

③ フィジカル面 
 
僕はWOCに向けてトレーニングをしてきたわけではないので、やはり世界のスピードに圧倒されました。東大OLK関係者の方がラップ解析をしてくれた(Lapcenterの東大OLKの身内フォルダに掲載されています)のですが、それによると自分の巡航速度はリレーで120、ミドル予選で125くらいでした。このくらいの巡航では上位を争えないことは感覚的にわかると思います。ただ、世界トップには歯が立たなくとも中堅国の選手とは渡り合えていたような気がします。最低限の体力があったことに加え、ノルウェーの地面(ふわふわしていることが多い)を比較的得意としていたことで競い合うレース展開ができたと思われます。

課題

 とはいえ、トップから9分も離されて帰還して「ベストだった」という状況はあまり好ましいとは思えません。結局のところ僕は世界選手権で戦うには力不足でした。過去の世界選手権、例えば愛知WOCでは日本人選手が多数決勝進出を果たしていますが、そのときの巡航は110付近です。やはりそのくらいの巡航速度を出さないと予選突破やリレー20位といった日本チームとしての目標は達成できなさそうです。そのためにはより速い速度でオリエンテーリングをする必要があります。体力だけでなく、高速走行下でナビゲーションをする技術も当然必要です。この辺りを念頭に置き、今後もトレーニングをしていきたいと考えています。

最後に

 長くなってしまいました。何が言いたかったかというと、より多くの人に世界を目指してほしい、ということです。特に自分より下のジュニア・ユース世代の選手はぜひJWOCやアジア選手権への出場を目標にしてほしいと思います。最後にフィジカルや技術が必要だと書いてしまいましたが、それらが不足していたとしても「出場することに意味がある」という面があります。国際大会は厳しさもありますが、オリエンテーリングの面白さや深みに気づき、世界が変わった気持ちになります。実際今回のリレーでは、重圧やプレッシャーの中で自分をコントロールすることがたまらなく楽しかったです!来年は韓国のアジア選手権から始まり世界学生選手権、初のスプリントWOC、JWOCと多くの国際大会があります(o-ringenに参加する方も多いそうですね)。僕も出場、そして活躍することを目指し頑張っていこうと思っています。
 最後に、WOCチームのメンバーやJOAの皆様には大変お世話になりました。改めて感謝を申し上げます。


追記①
 今回の世界選手権ではなんと今年度コーチをお願いしている某氏が併設レースに訪れていました。某氏とはなんとなんと宿も同じで、期間中には何度もミーティングを開きました。まだ若手にもかかわらずオリエンテーリング経験が非常に豊富なことで知られる某氏はなんとノルウェーのテレインの経験もあり、多くのアドバイスをいただきました。ありがとうございました。

追記②
 完全に本題とは離れますが、私はWOCに完全に脳裏を支配されてしまいました。その影響は私がコース・地図・演出に関わった筑波大大会にも色濃く反映されています。コースはちょっとWOCミドル決勝っぽくなってます。地図レイアウトは愛知WOCに着想を得ました。スポンサーボードに囲われた会場スタートレーンとアナウンスによる出走者紹介はもはや石岡・WOCといってもよいでしょう(よくない)。ビッグフラッグはO-FRANCEという大会からアイデアをもらいました。ちなみにフランスのものより多分体積で2,3倍はでかいです。これらを受け入れてくれた筑波大の皆さんに感謝です。






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