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誤解されがちなTEDDY BOYカルチャー

こんばんは。久々の投稿で申し訳ありません。
今日はイギリスのカルチャー、TEDDY BOY(TEDS)について少し書こうと思います。

日本においては、「イギリスのロカビリー」とか「TEDSはロックンロールが必須」という表現をされることも多々ありますが、ちょっと整理してみます。

そもそもはファッションからスタートします。1948年辺りから、まずは上流階級の若者の間で意図的に流行に逆らう全時代的な「エドワードファッション」が(一部に)浸透。テイラーやアパレル業界も量産しかけますが、「お坊ちゃん」たちは暫くすると飽きてしまいます。そしてそれらのアイテムはワゴンセールに。

そこに目をつけた労働階級の若者たちがこぞってそのファッションを取り入れます。(推測ですが、「少し前までお坊ちゃんたちが着用していたスタイル」を労働者階級が真似する皮肉も含まれていたと思います。)

そして若者(男女共)はコミュニティを作り、一部はギャング化します。これがおそらく1950年代初頭。つまりまだロックンロールとは繋がっていない訳です。当時彼らはジャズやカントリー、スキッフルを好んでいたとのこと。

その後すぐに転換期が訪れます。まずは映画「THE WILD ONE(乱暴者)」(1953年)がイギリスでも公開、「バイクに跨る不良」が登場します。そして続くのは「BLACKBOARD JUNGLE(暴力教室)」(1955年)においては非行少年とビル・ヘイリーの「Rock Around The Clock」が収録。

さらに1956年頃からは音楽、つまりアメリカで大流行していた「ロックンロール」「ロカビリー 」がイギリスにも伝わり、ブームを巻き起こします。この辺りでTEDDY BOYとロックンロールやバイクが密接になっていくわけです。

TEDDY BOYカルチャーは切れ目なく継承されていますが、60年代から70年代初頭までは衰退するものの、1972年辺りからの温故知新的な「ロックンロール・リバイバル」ムーブメントにより再び脚光を浴びます。

日本で語られるのは、このリバイバル以降のことが殆どなので前述のように「ロックンロールが必須」的な表現、イメージを持たれています。

実際は「ファッションから始まり、後に音楽と繋がり、脈々と継承されている」カルチャーです。

とにかく日本は独自解釈やメディアの軽い説明をアップデートせずに鵜呑みにする傾向が強いので、少しでも参考になれば幸いです。


さて、今回記事を書くきっかけになったのはこちらの書籍の発売でした。初期から60’s初頭辺りのTEDSに関する本です。Amazonでも購入できるようなのでよろしければ是非この機会に。



今日はこんな感じで。今月は沢山記事を書けるといいのですが。。。

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