劇場バイタス~VITUS~

前回の久々に行ったルミネの感想、
昨日呟いた劇場の事、
普段よりも多くの人が閲覧してくれたり、
イイネ!をくれて本当に嬉しかった。

これからはこういう素直な気持ちも
たまには出していこう。

さて、今日は劇場の思い出話。
今日、取り上げるのは「劇場バイタス」という
今はもう無い劇場。
惜しまれつつ2013年10月に閉館。

「バイタス」という名前を聞いた事が
ある方は多いはず。

バティオス、V-1、バッシュ、ブリーカーを
運営してるのが株式会社バイタス。

その株式会社バイタスが
バティオスやバッシュ、ブリーカーを
創り上げる前に運営していた劇場が
「劇場バイタス」。

私の記憶が正しければ
「劇場バイタス」という文字面を
1番最初に見たのは
マンスリーよしもとだったはず。

マンスリーよしもと、雑誌にしては
150円という破格の値段だったな。
マンスリーよしもとは150円時代は
2007年くらいから毎月欠かさず買っていた。

ロザンのお2人が表紙の
受験生応援号とか御守り代わりに
入試当日持って行った記憶がある。

いかんいかん。
今日はマンスリーよしもとの話じゃなくて、
劇場バイタスの話。

そう!マンスリーよしもとを見て
水玉れっぷう隊(バイキング)のトークライブ、
よしもとの劇場じゃないとこだ…
劇場バイタス?どこだ?
で思ったのは覚えてる。

それから月日が経ち2年半後、
上京して東京のお笑いライブに
通うようになった。

想像つかないかもしれないが、
K-PRO主催の「若武者」や
三四郎やうしろシティ、
アルコ&ピースが出るようなライブ、
浅井企画の事務所ライブも
昔は客席が50あるかないか
座席はやっすいパイプ椅子の
劇場バイタスで行われていた。

そのパイプ椅子も
当たりはずれがあって
はずれだとキーキー音が鳴るような椅子で
それはもう悲惨だった。

また舞台にも立った事があるが、
楽屋は有って無いようなものだった。

外で待機する劇場・劇場バイタス。
通路で待機する劇場・産業商工会館。

私の中ではこのように分類していた。

だけどもそんな劇場バイタスが
決して嫌いではなかった。

よしもとの若手なら誰もが知っている
芸人兼オオギリストの仁木恭平さんを
初めて見たのも劇場バイタスだったし、
(2011.10.16のK-PRO主催の大喜利ライブ)

三四郎やニューヨーク、
マヂカルラブリー、囲碁将棋、
うしろシティ、ラブレターズ、
小出恵介、伊藤淳史のネタを
小さい小屋で見られる機会なんか
令和の現代、無いに等しい。

しかも三四郎が出ていたユニットライブ
新宿GO!GO!LIVE!は500円と
破格の値段だったはず。

三四郎以外に浜口浜村、ドドん、
ざしきわらし、黒蟻、ういろうプリン、
チーズボーイ兄さんなどが出ていたはず。
この面子で500円か。今じゃ考えられないな。

あとは出演者側の利点としては
楽屋が狭い分、出演者同士の距離が近いから
色んな芸人さんと喋る事が出来た。

尊敬している芸人さんから
あなたのモルモット…いい名前だね。
と言ってもらったときは
超超嬉しかった。

楽しいおもひでもたくさん詰まっている。

今度、跡地久々に行ってみようかな。


最後に

バイタスで印象に残っているライブ。

ゲレロンステージ・特別編。

一本槍・村上さんと橘モンスターさんが
当時、茶番というコンビを組んでいて
めっちゃ面白いネタをしていた記憶がある。
ロケットパンチ、トチギフが無双していた時代に
たしか3位とかにランクインしていた記憶がある。

あとはキャモン西本さんも
ゲンガーというトリオを組んで出てた!
熊が怖いって漫才をやっていた気がする。

浅草リトルシアターの
姉さんでおなじみのくみねぇさんも
growing growingという
コンビを組んで出てた!

仁木恭平さんもピンで出てた!
コントだった。確か。

ごまピエロってコンビが
めっちゃシティ派なコントしてた!

カバタさん?って方が
めっちゃ大声で叫びながらネタしてた!

このゲレロンは
好きな人たちばっかで
退屈な時間が1秒たりとも無かったから
神回だった。


やっぱり劇場の事や
昔のおもいでを振り返るのは楽しいな。
さてと次回はどこの劇場の事を書こう。

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