ぼくの嫌いな大人
金沢市のカラオケでバイトしたことがある
10畳ほどのホールで仕事を覚える
よく会うスタッフは3人
学生街だから、将来有望な青年たちは搾取されていた
その中に初老の女性がいた(以下、初老とする)
結婚し、前職を辞め、パートとして20年ばかり勤めている様子だった
初老はこの狭いコミュニティを支配することに長けていた
その場にいないスタッフの陰口を吐くことで新人からプレパラートほどの信頼を得る、あるいは得たと誤認し、臆することなくプライベートを聞き出し、それは新たな陰口の材料となる
ホールに満ちた悪意は、どこか懐かしかった
地元の諏訪湖沿岸で嗅いだ、工業廃水に近い異臭を放っていた
初老はしかし自己愛の強い人間だった
文字に起こせばB5用紙が余ってしまいそうに薄っぺらな人生を、驚嘆すべきことに、TEDさながらの熱意を伴って雄弁に語った
「ローソク君の長所って何?」
初老は尋ねた
ぼくは便器にブラシを擦りつけ、黄ばみを刮ぎ落としながら答えた
「陰口を言わないことですかね」
初老は嘲笑し、顔面の皺という皺を隆起させた
その濃すぎるチークが皮脂に浮かんでテラテラと発光した
「私は陰口大好き!つまらなくない?生きてて楽しい?」
幸福な人、とぼくは思った
この様に幸福な人が、店の善悪を決めているのだとしたら、それは恐ろしい、一体、忌避すべき社会悪で、こいつをぶん殴らなければならない、この醜い皺を増やしてやらなければならない、こいつが吐いてきた陰口の数だけ涙させ、許しを乞わせ、懺悔させなければならない
気がした
気がしただけだった
翌日店長に辞意を伝えた
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