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見えない目に見えるもの

「実は僕、人間じゃないんだ」

彼の声は、おどけた素振りをしていたけれど少し震えているようにも聞こえた。

晴れた日にはいつもこの窓枠に腰掛け、外の事をしらない私にいろんな話を聞かせてくれた。
時々たくさんの果実を持ってきては、おいしいからと私に食べさせた。
見えないけれど、彼の大げさな身振りが私に運んでくる風が好きだった。
眉尻を下げてこらえるような私の笑顔が面白いと、私が笑うと彼も大笑いしていた。
2人でいる時はいつも笑い声がたえなかった。

でも最近、なんだか彼の様子がおかしかった。
時々黙って遠くを見ているようで、彼からの風が止むことが増えていた。
私が『月末に手術をする』と伝えたあの日から。

あなたは今、どんな顔をしているのかな――

彼と窓枠の隙間から春の日が差し込み、頬のあたりにかすかな温かさを感じている。
だけど私には、きっと困ったように八の字になっているだろうその眉が、こぼれぬよう涙を溜めているのであろうその目が、鼻が口が、
あなたの顔にどんな表情を作り出しているのかを確認するすべがない。今はまだ。

私は精一杯眉尻を下げてこう答えた。

「知ってたよ」


※第12回 空色杯 作品募集【500文字未満の部】応募用小説

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