夏ですね。音楽を聴きなさい!
暑い!!!!気が狂いそう
夏フェス行くのもやめようかと思うくらい暑いです。
最近、Noteにちょくちょくいいねがつくようになってうれしいです。
あわよくばこれで小銭を稼ぎたい。なんて絵空事は放り投げて、
夏だからこそ、聞くべき曲をどしどしあなたたちに投げつけていきます!
1.晩夏とペダル/コンテンポラリーな生活
いきなりこいつコンポラ出してきやがった、好きすぎだろと言いたくなる気持ちは分かります。言っときますがねこれから紹介する曲全部、朝日さん関連にしてもいいと思ってます。しないけど。
晩夏が題名に入っている通り、夏の終わりごろの情景描写があるのかと思えば
「入道雲だとか昇る陽炎だとかそういったものも見ないままで」
「今日という日をなんに使えばいいのやら 結局何もできずに終わるよ」
何かしないと とわかっていても案外すぐ終わる儚さ
若さゆえの衝動を歌なんていくらでもあります。祭り、青春、花火、海…
また夏が終わる儚さをエモーショナル(情景描写にしろ、リアルな夏の生活をおしゃれに表現するにしろ)にした曲もあります。
しかしこれはその両方にも属さない曲なのです。逆にその両方を兼ねそろえている曲といってもおかしくないと思います。
「夏だからなんかしないと後悔するよなあ」なんてザラにあります。
インスタのたった一枚の瞬間的な写真に己の1か月の自堕落愚鈍なライフタイムが打ち負かされて、惨めになるのが僕みたいな陰者の夏です。
来年こそは…とわかっていても、時間は早いです。でもコンポラはそれすらも過度に肯定するわけでも否定するわけでもなく「別によくね?来年こそはどっか行きたいねー?まぁ、今年の夏はこう過ごすのも特別じゃん」みたいな感覚。そんな過ごし方も夏の風物詩でいいじゃーんって言ってくれてる感じ。夏休みの宿題をほっぽり出して
エアコンガンガン、アイス咥えて、ゲームに明け暮れるのも最高の夏の過ごしただと思います。
でもしっかりサウンドは題名の通り自転車をこぎながら聞きたいスピードの曲なのがよいんです。この曲で夏、ちょっとだけ味わったら?と思い出の機会を提供してくれてる気がして。別にね、若いから だとか 一瞬だから といって無理に思いで作んなくていいんすよ。。。でもなんかしたいなあ トホホ
2.ソーダ/sumika
さっきは青春なんか別に... みたいな態度でしたが、この曲聞くと
ああああ!!!こういう夏過ごしたい!!ってなります。
さっきは夏に対してそんな感情を抱いてなかったのに矛盾してるじゃないか、そんなダブスタ野郎は夏フェス行って顔の前でタオル掲げとけ!と言いたくなる気持ちは分かります。でも音楽にそんな忠実というか、正しくある必要なんてないと思います。別にそれを生業にしてるわけじゃないんですから。さて、ぐだぐだ音楽愚痴から話を戻しましょう。
夏の曲はどうしてイントロがこんなに良いのか!!!
軽快なビートに爽快なギター、まさに暑さをしのぐような涼しいメロディーでずっと聞いていたいと思わせてくれます。sumikaのイントロって不思議なんですけど癖になるんです。これがもっと具体的かつ、端的に理論を用いて説明できればNoteでお金稼げるんですけどねぇ...
さて明るい曲調とは裏腹に歌詞は雲行きが怪しいです。
ソーダは「入道雲」
入道雲って見てる分には風情があるし迫力あるんですけど気象的にみると雷雨とかの予兆なんですよ。めちゃくちゃ物騒じゃん!!
一見ポジティブな感覚に陥らせてくれると思い蓋を開けると
「歌詞明るくないじゃないすか!!」「やだーーー!」
夏の失恋ソングっぽいんですけどその割にはあまりにもポジティブさが突き抜けているんですよ。あと、失恋後特有の逃避なのか、歌詞に若干の茶目っ気があるんです。
「ソーダ 泣いちゃいそうだ」
「ソーダ 君への思いが ガスが口から出るアレに 似ているよソーダ」
ソーダとそうだ のダブルミーニングというかただのだじゃれだったり
キミへの思いをゲップという 人前では出しづらいもの 「もうちょい言い例えなかった?」とは思うけど、その汚さがジョークに昇華しようとしてる情けない姿を現しててすごく好きなんです。
でもそれら含めてこの歌のすごいところって比喩や隠喩があまりにキレイに当てはまってて好きなんです。
うまいこと言おうとして本来の意味が伝わりにくい、なんてザラにあります。別に僕らは謎解きクイズをしてるんじゃない!と思ってしまいます。あまりに隠れた意味を用意してリスナーに任せてしまうのはいかがなものかと僕は思います。しかし
「僕らもはやただの 砂糖水に成り下がってそんなの美味しいわけもなく」
「そうだ 気が抜ける前に僕はゆくよ」
「渇いていた 喉を潤すように 今、ベルを鳴らした」
ソーダにまつわる、このジョークっぽいラフさと裏腹にあるネガなミーニングのバランスが奇跡的なマッチを織りなしているんです。
そして「ソーダ」という題名にしておきながら
「空虚な音」「不健康な音」
確かにソーダって体に悪いけど、歌にする上でそのデメリット的な部分をぶちこむか?と思いました。ソーダなんて近年では特に「夏のエモ」の象徴です。その有限なシュワシュワを青春に例えるのなんてよくあることです。
しかしSumikaは あえて目を向けられないソーダのダークサイド部分を歌にぶち込みました。
夏だからといって失恋はする。
どうしても夏は良いイメージが音楽の中では先走るだろう。ただ暑いだけなのに... 僕がこの曲を好きな理由は夏に合った爽やかさとは対比の
重く、そして軽く、その両方を兼ねそろえた唯一無二の曲だからです。
以上!!
3.翡翠の狼/米津玄師
ほんまごめん、米津玄師
例えば冬、秋、春、にしろ 疾走感ある、深夜に聞きたい、など何らかのテーマを中心にノートを書くときにできるだけ米津玄師の曲は挙げないようにしてます。だって米津はどんなテーマを用意しても必ず当てはまる曲があるから!!人間ChatGPTですよ セルフシンギュラリティ、人類の敵は人類
夏フレーズなしで夏を味わえるヤバい曲
ていうかこれ、別に夏をテーマにしてるわけではないんすよね。でもなぜか僕はこの曲を夏の曲とカテゴライズしています。まずその理由の一つは
スティールパン(ポンポンポロポロとした音を鳴らす楽器)と民族的なコーラスや遠吠え。この大陸的な音楽=南の島と僕は解釈しました
歌詞にも「暖かい場所はまだ向こうか」というフレーズがあるように
狼が暖かみを目指して歩いていく描写の曲です。
「リンゴの花咲く春の日まで 心の目印曇らせないように 吹雪にさらされ歩いて行け」とありますが…
うるさい!!!!夏と言ったら夏なの!!!と言ってしまえば楽なのですがそれはいけない。
では仮にこれが秋の曲(ていうかそうなんだよ)としたらなぜスティールパンや南の島を彷彿とさせる雰囲気を用意したのか。
僕なりの解釈として結局これは四季全体の要素を含んだ曲なのかなと思います。歌詞に夏以外の四季の要素がうまいこと端的に詰め込まれているんですよね。上記の見出しの歌詞で「春を目指す、天候がくすむ秋と吹雪舞う冬の境界の中歩く」と解釈できます。また背理法となりますが 夏にまつわる具体的な歌詞が見られないのです。しいて言うなら「暖かい場所」くらいかな
そこで足りない要素の夏を大陸音楽を織りなすことにしたのかなと思います(そうでない可能性は高いが)
僕が単純だから音楽の雰囲気に引っ張られすぎなのが問題なんですが
どこまで行くのか決めてなんかないが
ひたすらあなたに会いたいだけ
僕が夏に抱いてる気持ちってこれなんです。夏は生者も死者も関係なく再会する機会があるんです。上京した友達と遊ぶ だったり、旅立った大切な人に会いに行く、迎えるお盆だったりいろんな意味を持っています。
消せない記憶と苦しみの中で
終わりが来るのをただ待つだけ
この世で誰より綺麗なあなたに
愛しているよと伝えるまで
辛い別れを経た人にも大切な思いを伝えたい人にも刺さるフレーズです。
出会って別れるその紆余曲折は忘れようにも忘れることのできないもの。
それが人生。消せない記憶と苦しみの最中、残るのは終わり。それこそ人生だと米津は解釈してるのかなと思いました。でもその終わりを漠然と「死」と表さず あなたに愛を伝えることこそ終わりのひとつだと言っています。
うーん エモいという思考の停止で終わらせてしまうのは何か法を犯している気になる。それほどまでに趣深いです。がんばって言語化します
何度何度も何度も繰り返す四季 それこそが人生!
この歌は何度も何度も繰り返して聞くことで何か意味が芽生えてくるような感覚に陥ります。
孤独だ孤独だと、誰の手も借りず人は歩みます。そして無理をして大きな壁に打ちひしがれ、涙を流します。俺もそう 俯瞰すれば
「誰かの力借りりゃ楽なのに」と感じます。それでも、その先にはきっと誰かが待っていると思い、空元気で生きていく。これがAメロ
行先も決めず、ただあなたに会いたいというあっけらかんな目標を抱えている僕の居場所はいまどこだ。。まだ目的地は遠いんだ というサビ
そしてBメロ、 2回目のサビ では
悪天候に苛まれ、内なる怒りを抱えては、それでも闘いながら歩みをやめない僕はあなたに愛を伝えるためにいる という存在証明。
ラスサビで 先ほど言った
「消せない記憶と苦しみの中で終わりが来るのをただ待つだけ」の人生
の意味は あなたに愛してると伝えるため!と言って歌は終わります。
あなたに愛してると伝えたい の反復
会いたいから 愛してると伝えたいに変わる心情の変化こそこの曲の醍醐味なんです。
もうこの世にいない人がまだいたときは「会いたい」という単純な行動がその人に抱える最大の愛情です
でももうこの世を去ってしまうと できなかった「愛を伝えること」という様々な感情が募った行動に形を変えるんです。
また 気になる人が愛している人に変化していくと解釈しても合点が行きます。最初は「会いたい!」って真意は「好きだから」なんですけど正直に慣れてない。でも会ううちに正直になっていって「愛してると言わなきゃ!」になる。これらの解釈を視野に入れて、もう一度歌詞を見ましょう
どこまで行くのか決めてなんかないが
ひたすらあなたに会いたいだけ
この世で誰より綺麗なあなたに
愛しているよと伝えるまで
漠然とした歌詞にも関わらずこんな幅広い歌詞なの、すごすぎませんか?
まとめ
夏関係なくないですかって言わないでください
最後一気に歌詞解釈が爆発してごめんなさい
まだまだ紹介したい曲は何十個もあります。また機会があれば紹介します。それでは!!!最後まで読んでくれてありがとうです。
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