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Peace

「もう、父さん、一か月と持たんかもしれん。」5月11日夜、母にそう言われた。いやいやいや、意味わからん と言いたいところだけどなんとなくわかってた。実際、親戚との集まり兼お花見兼お墓参りの日に足場の悪い山奥の墓場なのでそりゃ父さんがこけないかが一番の心配だった。みんなに支えられながら、なおかつ母に「目を離さんでおいてな、近くにおってな」と。一応俺は目を離さず見守っていた。かつての父さんが僕にそうしてくれていたように。線香をもらいながら少し目を離したすきに父は転んでいた。
やってしまった、僕のせいだという罪悪、墓石に頭をぶつけていないか、腕やどこか折れてはいないか、そういった恐怖が同時に襲い掛かってきた。尻もちをついていただけだった。そしてみんなで尻もちの状態から立てない父を起こした。こんなことがあって、どうして父のこれからがわからないなんて言えようか。

回る

父の肺がんがわかったのは約6年位前、僕がそれを聞かされたのは4,5年前くらいかな。人を殺すゲームで死んで怒り狂ってた僕を見て両親は言おうと思ったのだろう。今考えるとどんな気持ちだったのか。知りたくもない。それを聞かされて僕は中2という大人のふりをしたい時期にも関わらず赤ちゃんみたいに泣きだした。「大丈夫よ。がんだけど薬飲み続けて今も元気に議員やってる人もいるから。」と中二が安心する程度の情報を吹き込んでくれた。生憎、不安でしょうがなかったが。中二というのは無料同人誌サイトとバトロワゲームで形成されてるので一週間後にはまたいつものように人を殺していた。そして数年が経った。高3の僕は受験真っただ中、といってもフェスもライブもいっていた。家にいる時間も少し減った。その選択がどれだけ愚かだったかなんて、俺が一番わかってる。ただ「家族との時間は大切にしよう」だとか「今ある時間は当たり前じゃない」だとかそんなことを言いたいわけじゃない。世の中にはたくさんの両親がいる。全員が全員同じじゃない。家族自慢をしたいわけじゃない。ただ、立ち止まって聞いてほしいだけ。あなたの大切な人がどうなるかなんて、腹立つけど知らない。みじめなほどに。僕の大切な人との歩みというか日の進みかたはこうだったと誰かに伝えたいだけ。人の生死を種に承認欲求を稼ぎたいって俯瞰したらそう見えるに違いない。いや、実際そうだし。ただ見てほしい人に届いたんならそれはそれでいいし多くの人に届いたんならそれもそれでいい。僕の文章は構成がないから突拍子もない。父さんの体調みたいに。無事、大学の合格発表は12月に決まり、夜間なので学費も安く僕なりの親孝行はできたと思う。形のないものを良い親孝行と捉えがちだが、形に残るものでも僕は十分だと思う。だけどそこから、父に効く薬は少なくなっていった。その代わり
父に効く薬の値段は高くなっていった。人の病に付け込んで金をたくさんとりやがる。そう思ってしまうほどに僕はどうにもならない気持ちになった。
でも世の中はそれで回ってるしそこに毒を吐けば父の体の毒がなくなるわけでもない。思っただけ。母さんは「五年前にもう末期の肺がんって言われたけどあんたが高校卒業して大学行くまでの姿を見れたから、ちょっと安心したのかな。」って。そんなことあるかい、って思ったけどそう思わざるを得ないほどに悪くなっていった。そもそもがんの五年生存率は8%なのに今も生きていること自体がなかなかの奇跡なのだ。確かに、吉本の前座で手も挙げてないのに大道芸人に指名されてたし父さんのスーツのおかげでノンフライヤーの懸賞当たったし、変なとこの運は強かった。もっといいとこで使ってほしかったけど。中一のころ年明けて急に長崎のハウステンボスの旅行に行ったことがある。あれは今思えば家族4人の最後の旅行だったと母は言っていた。たしかに突拍子もなかった。僕が夏休み温泉行きたいとか言ってもなかなかいかないほど旅行にルーズではあったが、その旅行を境に日曜などの休日は急に温泉に行くことが多くなった。あれはそういうことだったなって感じる。僕自身が一人でライブ行くようになって少なくなったが。
癌というのは嫌な蝕み方をする。急に体調が悪くなってこちらを不安にさせたり、父のしわをより目立つように、「俺が苦しめてるんだぜ」と見せつけてくるかのように父を老わせていったり、あの太鼓のようにポンポン鳴ったビール腹をまるでつぶれた発泡酒の缶みたいにへこませたり、和室の土俵から持ち上げられるほど軽い僕に支えられて起きるようになったり、とにかく老いてゆく、弱っていく姿をこれでもかといわんばかりに見せつけてくるのだ。そして見守る側の無力さと「一番つらいのは本人」だということを実感させるのだ。18歳なんてこの前まで誰かについていかないといけない子供がやっと周りの手を借りつつ一人で生きていけるような年だ。それなのにこんな、酷な、あまりに残酷なことを強いるなんて。って悲観してもおまえはまだ明日の予定を立てることができるし、その罪悪感や恐怖は、明日の命があるというどこからともなく現れる根拠のない自信から生まれたものだ。どれだけそれが身勝手で、贅沢なものか。ちょっと大学がだるくなったから。ちょっと自分の将来がどうなるかわからないから。努力を無意識的に嫌いそのくせ才能がないと悲しくなったから。「死にたい」を平気で口にする。それらが集まる黒い板につぶやく。愛する人が隣で生きようともがいてるのに、お前は横で死のうともがいてる。そんな事実も覆いかぶさる。まごうことなき事実。誰のせいでもない。お前のせいでしかない。がんのせいにしたい。父の病を治せない医学のせいにしたい。僕を助けてくれないみんなのせいにしたい。次第に他人から自分を主語にしていっている。この文章を書いてるうちに無意識に自分がどれだけかわいそうかを俺は見せようとしている。父さん、僕はいったいどうすればいいの?あの時「あんたのお父さん、お爺ちゃんじゃん」と笑ったクラスのみんなと一緒に笑うふりをした僕への罰ですか。みんな殺してしまえばよかったですか。ぼくはそうしたかった。あいつらの父さんは孫の顔をきっと見れるのだろうか。あいつらの父さんは自分の子供が人の心に一生の傷を残す行為をした事実も知らないでたくさんの花束に、たくさんの眼に囲まれて死ぬのか。ていうかそのころにはがんも治る病気になっていますか。じゃあなんで僕が温泉のプールでおぼれたときに真っ先に助けてくれた父さんが。なんで二階は怖いからと、付き添いで僕のプラレールで遊ぶのを優しい目で見守ってくれた父さんが。運動会の帰りに二人乗りして、こけてかすり傷の僕を血だらけの足で運んでくれた父さんが。ポーカーで遊んでくれた父さんが。優しい父さんが。病気と闘った父さんが。あんなつらい思いをしてまで今も勝てるはずのない病魔と闘っている父さんが。その治療を受けれないんですか。大学なんてクソだよ父さん、何も楽しくないんだ。父さんの顔をずっといたほうがずっといいのに。父さん、僕はあなたが泣く姿を見たことがないよ、母さんに聞いたらテレビの特集で泣いてたんだって。その涙は僕に使ってよ。父さんらしいけど。くそ、僕はもう何を言ったらいいのかわからない。父さんはまだ入院もしてないし、話せるし、全然大丈夫にしか見えないしこんな文章を書いてる自分が嫌いだよ。でも僕は怖いだけなんだ。心の底から大切な人を失うことが。わからないんだ。経験したことがない心の痛みを味わうのが怖いんだ。だからこんな、馬鹿なことを書いている、違う、こんな文章を書いている暇があったら父さんと過ごすべきだってのは。でも無理だよ。せめて不安にさせまいと「痛い」と少しつぶやいて「大丈夫よ」と少しの笑いを見せるあなた、おぼつかない足で何分もかけてトイレに行くあなた、無理して大きな声を出すあなた。そんなあなたの前で、異常に明るく母さん、僕の前では涙もろくなる母さん、絶対に無理をしている母さん、もう薬効いてくるから痛いの我慢して と自分にも言い聞かせる母さん。そんな二人の近くで、明るく楽しく取り繕うなんて僕は無理だ。逃げたい。目をそらしたい。夢であってほしい。明日起きたら元気な姿で父さんらしい豪快な朝ごはんを作ってくれて一緒にニュースを見て、賢くなったふりをする僕を笑いながら見守ってほしい。それは夢じゃないって教える明日の暗い朝を迎えたくない。雨で始まる日曜日を迎えたくない。一生真夜中を右往左往したい。太陽なんて上がらなければいい。時計なんていらない。過ぎる時間は父さんの時間を奪っていく。やめろ。僕は何もできない。この文章が世界中で話題になってみんながお金をくれて、そしたら最新医学で父さんを治してまたいつもの父さんに戻るんだ、きっと。そうだろう。他の癌で苦しむ人は知らないけど父さんだけきっと助けてくれるんだろう。「なんて悲しい」「なんて辛い」みんな僕に駆け寄ってきてくれ。
もういい、隕石が降ればいい。このすべてに対して刃物を投げる僕も、あの時僕の父さんを馬鹿にしたやつらも、善意を持つ奴らも、世界も、父さんのために取り繕う母さんも、姉ちゃんも、じいちゃんも、父さんも一緒に隕石で消えてしまえばいい、そっちのほうがいい。それでいい。それはない。きれいに世界は回って、その勢いでいつか僕を、父を、だれかを、振り落とすんだろな。

あなたに

まずは勝手に殺そうとしてすみません。書く手が止まらず支離滅裂になってしまった。この文章を見てから、あなたがどうなるかとか そういうなんかしろということを強いるものではないです。でもこういうこといちいち言うのは、何かする人がいる浅い憶測を期待してるから。裏返しで「何か影響があったらいいな」ということです。ややこすくてすみません。
結局何が言いたいかは僕もわかりません。このごみ袋の中からあなたが必要だと思ったこと、共感できること(多分少ない)、反論したいこと、そんなジャンクを取り出して、あなたなりに使えるようにしてください。まとめられるということは美しいです。さぞ。でもこのガラクタの中からマシなガラクタを拾ってください。そっちも綺麗かも。以上です。お見苦しくてすみません。


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