フロレンティア16 スイス LUGANO(ルガーノ)Ⅴ 脱出

スイス LUGANO(ルガーノ)Ⅴ  脱出


まんじりとせず夜が明けるのを待った。
そして雨はいつの間にかあがっていた。
俺はうつむき、そして冷たくなった体をじっと動かさずにいた。なかなか
時は進んでくれない。何度も腕時計に目をやった。

しかし、ついに静寂が破られる時が訪れた。朝の5時頃だろうか、
懐中電灯を持った男が向こうからやってくる。そのことに俺はすぐ気がつかなかったが、周りの人間が蜘蛛の子を散らすように逃げていく様で理解した。
見回りなのだろう 制服を着ている警官だ。
『どうする』
俺も周りにならい逃げたほうが良いのかと思ったが、踏みとどまった。
『何も悪い事はしていない』
逆に俺はその警官の方へ歩み寄って行った。

若い警官だった。
『すみませんが・・・』
俺は声をかけたが、とりあえずその警官は周りに目をやって逃げていく奴らを観察していた。
間をおいてから俺の方を見る。
俺は真剣な眼差しで彼に説明した。

昨日警官にイタリアに入国してはいけないと言われたのでここにいる事。
学生ビザを持っていたが、イタリア入国時パスポートを盗まれてそれが証明できないこと。
現在イタリアに住んで 語学学校に通っていること。
そして、どうしてイタリアに俺が戻れないのか?
つたない言葉だったが、何かが体の中から溢れるようにしゃべりまくった。
しかし、若い警官の表情には反応が見られない。ただ ただ俺の話を聞いている。
そして俺の言葉が尽きた時、彼は一言こういった。

「問題ないよ。」

『―えっ?』
耳を疑った。 『何だって!?』 俺は聞き返した。

「だから問題ないよ。朝一番の電車は6時だからそれに乗って行ったらいい。ただ、イタリアに着いたら滞在許可書をもらいに警察行きなさい。」 若い警官はそう言うと先へ進むように歩いていった。

スカされた気持ちになった。体の力が抜けた。今の今までは一体何だったのか?俺は少し躊躇(ちゅうちょ)したが、彼を追いかけて尋ねてみた。
『パスポートにスタンプをもらうのはどこですか?』

「そんな所はないよ。イタリアに行くのにスタンプは必要ないから大丈夫だよ。」

『・・・。』

そう言うと彼は少し急ぐように歩いていった。

呆然だった。 『いや、欲しいのは入国スタンプだ。一度イタリアを離れたという証拠が欲しいんだ。』そう思ったが、どうする事もできなかった。

イタリアのいいかげんさに真面目につき合った日本人がここにいた。
中年の警察官に月曜日に会うという約束はしていた。俺をここに引き止めたその警官に山ほど文句を言ってやりたかったが、もしまたイタリアに入れないと言われて途方に暮れるという可能性もある。
俺は朝一番の列車を待って飛び乗った。
・・・なるほど、誰がみている訳でもない。普通に列車に乗ればいい事じゃあないか。俺はあっけなくイタリア行きの列車に乗り込む事ができた。

『もういい、どうでもいい 疲れた。』
とりあえず眠りたかった。どこかベットでゆっくりと寝たかった。

『COMOで降りよう。』  俺はどこか安宿のベッドで眠りたかった。

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