三越伊勢丹宛公開質問状

公開質問状

株式会社三越伊勢丹 御中

2020年7月14日

貴社の運営する日本橋三越本店内 MITSUKOSHI CONTEMPORARY GALLERY にて開催されていた「フル・フロンタル 裸のサーキュレイター」展(以下、「フル・フロンタル」展)、また美術特選画廊 にて開催された「吉村誠司 日本画展 浮遊」展(以下、吉村誠司展)にて、2020年6月27日、作家・吉村誠司氏による差別的発言があり、またそれに貴社関係者が部分的にも加担していたという声明(添付資料)が「フル・フロンタル」展キュレーター及び参加作家である梅津庸一氏より2020年6月30日に発表されました。この声明の内容が事実であるならば、吉村氏の発言は人種、国籍、ジェンダー、年齢等によって人間を差別する行為であり許されるものではありません。この公開質問状は、梅津氏の声明のみで本件を判断する、あるいは問題そのものを見過ごすのではなく、貴社にも事実関係の調査を求めるものであり、また調査の結果、差別的発言があったと判明した場合には再発防止策の提示を求めるものです。

梅津氏の声明のなかでも、特に差別的であると指摘できる吉村氏の発言は、添付資料より抜粋した、S氏(フル・フロンタル展参加作家であるシエニーチュアン氏)への【発言A】【発言B】です。

【発言A】
  「その後突然、吉村氏はSに対して『あなたは中国人?』と質問。『違います』と自身(S)の本名を言って訂正するが、『中国人と喋っているみたいだ』と茶化したようなニュアンスで発言。」

【発言B】
  「『二十歳そこそこの小娘に絵がわかるはずがない、だいたいさっきの奴(梅津)だって二十代そこらなんだろ』」


これらが(一言一句同じではないにしても)事実であるならば、当該発言は差別行為であると指摘せざるを得ません。

また梅津氏の声明では、貴社関係者も同じ場に居合わせたなかで起きたトラブルであり、さらに関係者による被害者への二次加害と受け取れる発言もあったとされています。梅津氏からの訴えでは「梅津が三越のとある社員へ報告した際、軽くあしらわれ『差別だと思うあなたが差別』と吉村氏を擁護。」とあります。被害を訴えた者に対して、「そのように受け取ることは差別的な表象を既に内面化しているからであって、その申し立て自体が差別的である」と返答することは、被害の申告を軽視するとともにその責任を被害者側の問題とする二次加害の典型です。もしこのような発言があったとすれば、当該貴社関係者も吉村氏による差別に加担しており非常に問題のある言動であると言えます。

これらの訴えを受け、当質問状作成者は問題となった発言に立ち会ったとされる第三者からの聞き取りも進めた結果、添付資料の中で書かれた吉村氏の「中国人」という発言があったことやそこに指摘されているものと同様のニュアンスを感じたこと、激昂して怒鳴ることがあったということを確認いたしました。また、吉村氏には注意はせず、梅津氏側にのみ関係者が注意をするといった様子も聞き取りでは確認しております。突発的におきたトラブルである可能性も高く、録音等の物証もないことから第三者の証言であったとしても、それが必ずしも事実であるとは断定できません。しかし、もしも梅津氏の声明が事実であるならば、そこで行われていたことは個人間のトラブルを超えた組織的な差別の容認と受け取れてしまうものであったかもしれません。
本件は、貴社関係者が居合わせた中で起きたこと・また訴えの中ではそのトラブル自体に貴社関係者側が関わっていることを鑑み、貴社による以下の回答を求めます。

日本橋三越本店でおきた本件について事実関係を調査した上でご説明ください
三越伊勢丹グループが「人権方針」の中で掲げている「人権の尊重」「ハラスメントの禁止」「多様性の尊重」「差別の禁止」等のポリシーと照らし合わせ、本件における貴社関係者の対応が適切であったかどうかご回答ください
もしも問題があったとするならば、今後どのような再発防止策を講じるのかご説明ください。

当質問状の到達から十日以内にご回答いただきますようお願い致します。


代表者
HouxoQue

賛同者

伊東宣明 (美術家)
内田百合香 (美術家)
梅沢和木 (美術家)
遠藤水城 (京都造形芸術大学客員教授)
黒瀬陽平 (美術批評家・キュレーター)
小松尚平 (美術家・起業家)
津田大介 (ジャーナリスト / メディア・アクティビスト)
長谷川新 (インディペンデントキュレーター)
宏美 (美術家)
藤城嘘 (美術家)
松下哲也 (美術史家)
三輪彩子 (美術家)
牧野亮希 (美術家)


当質問状の代表者である私、HouxoQueは日本・中国・台湾・韓国などのルーツを持つ作家であり、本件から深い悲しみと動揺を受けました。

多くの差別発言は、社会のなかで潜在的に蔓延している偏見を前提としており、たとえば日本においては、「韓国人」や「中国人」がそうした背景をとおして、否定的な存在として記号化されています。特にCovid-19以降、中国が発生源であるとされ中国人への偏見は増しており横浜中華街では「早く日本から出て行け。」という手紙が複数店舗に届き、横浜市市長はヘイトスピーチにあたると判断するなど実際に中国人を標的とした嫌がらせが起きています。こうした社会状況を踏まえても、初対面の相手から脈絡なく「あなたは中国人?」という質問を受けることが、質問された側に精神的負担や緊張を強いるものか想像に難くありません。今回、吉村氏は脈絡なくS氏に国籍を尋ねることで、個人の尊厳に関わるデリケートな部分について配慮なく触れた上、S氏が否定したにも関わらず、なおも「中国人と喋っているみたいだ」と重ねることで、「中国人」という「記号」をS氏に対して一方的に与えています。ここでの文脈上、この「中国人」という表現には、相手を自分よりも劣った者と見做す差別的なニュアンスがたぶんに含まれており、また仮にそれが好意的な意図によるものであったとしても、人種や国籍といった属性で人を判断しようとすること自体が差別的な行為にほかなりません。差別的な発言は、明示される形で直接的に表現されるわけでは必ずしもありません。発言の差別性は、その発言自体の辞書的な意味によって判断されるものではなく、社会的な文脈を含んで精査されるべきです。
「中国人」についての差別的な発言が事実であるなら、私自身のアイデンティティまでをも傷つけられるものです。また、中国にルーツを持つ作家として関係先グループ企業で起きたと告発された本件が黙認されることは尊厳を傷つけられるだけなく、2020年7月14日現在、新宿伊勢丹メンズ館にて作品を発表している作家として、活動の場を脅かされる問題と考え、事実関係の調査とそれについての回答を求めるべく当質問状の作成を行っております。

加えて【発言B】では、年齢・性別による相手の能力への一方的かつ不当な決めつけが行われており、これもまた差別的な発言であると指摘できるでしょう。今回は展示作家同士のトラブルですが、その言葉の範囲は向けられたS氏だけにとどまらず若い女性も全て含まれます。また美術において年齢の若い女性を「無知で劣った存在」として決めつけることへの批判は、読売新聞と美術館連絡協議会による共同企画「美術館女子」が2020年6月12日に公開された際にも起きたことは記憶に新しいです。同企画への批判は大きく、約二週間後の同月28日に「本ページは公開を終了しました。次回以降の連載については、さまざまなご意見、ご指摘を重く受け止めて、改めて検討していきます」というメッセージとともに公開を終了する事態へと発展します。このことは文春オンラインや美術手帖を始めたとした様々なメディアにより報道がなされ、ジェンダー公正の問題として大きく議論となったばかりです。まさに吉村氏の「二十歳そこそこの小娘に絵がわかるはずがない。」という発言は、「美術館女子」で批判が噴出した「若い女性に「無知で劣った存在」と演じさせること」をなぞるものであると言えるでしょう。また、昨年の「あいちトリエンナーレ2019」では、美術業界の中にあるジェンダーバランスの偏りが指摘されたばかりです。同芸術祭の公開した資料の中には、吉村氏が教鞭をとる東京藝術大学をはじめとした美術系大学での生徒の男女比は女性が多いにも関わらず、業界内での権力が在る立場や卒業後に活躍する作家等は男性が占めていると指摘されております。そういった背景を踏まえれば、女性を「無知で劣った存在」と不当に決めつけると吉村氏の発言は、一個人の失言、作家同士の些細なトラブルという範疇を踏み越え、社会の中の偏った構造を強化するものとして考えられるべきであり、そういった発言が実際になされたのであれば不適切と言わざる得ません。

この質問状は、自身もエスニックマイノリティの当事者であるとともに、現在新宿伊勢丹メンズ館内に作品を発表している点で本件と無関係ではないと考えた私個人の意志に基づいて作成され、それに賛同し連名に加わった美術関係者たちと共同で提出するものです。また本件が告発によりSNSで注目を集めた事態も鑑みて公益性が高いものと判断し、公開質問状とさせていただきました。そのため、当質問状の内容は送付と同時に公開致します。また、ご回答の有無およびご回答の内容も当方にて公開致しますので、ご了承の上ご回答いただければと思います。

◉添付資料
梅津庸一「吉村誠司氏の問題発言と行動について」(Twitter) 

画像1

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追記(2020/7/14)

「質問状には間に合わなかったが賛同の意思を記してほしい」との申し出を受けたのでそれをありがたく受け止め、ここに賛同人を追記します。

賛同者(追加)
・松島英理香 (ギャラリスト)-2020/0714
・村山悟郎 (美術家)-2020/07/14 

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追記(2021/5/21)

田中功起さんからの署名を削除してほしいとの要請を受け、賛同者の署名欄より削除致しました。
また、原本となる内容証明にて送付致しました質問状には田中功起さんのお名前が記載されているため、本記事が原本と一致しなくなること鑑みて、記録としてこの追記を残すことと致します。

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