共犯関係に関するトリック分類

 私はトリック分類を読むのが大好きなのですが、どのトリック分類にも欠けている項目があるように思えます。それは、「共犯関係に関するトリック」です。
 たとえば、江戸川乱歩の「類別トリック集成」の「犯人(または被害者)の人間に関するトリック」という項目では、「犯人が被害者に化ける」例や「共犯者が被害者に化ける」例のように、犯人、共犯者それぞれの弄するトリックは挙げられていますが、犯人と共犯者のあいだの「関係」に関するトリックは挙げられていません。
 そこで、「共犯関係に関するトリック」を自分なりに分類してみました。ちなみに、「共犯関係に関するトリック」は、「共犯関係を隠すトリック」と言い換えることもできると思います。
 以下の分類では、ネタばらしを極力避けるため、具体的な作品名を明かすことはせず、具体例もごく一般的なものや自分でアレンジしたものにしています。

1.犯人と共犯者が仲が悪いふりをして共犯関係を隠す
 国内海外、それぞれ名作の誉れ高い作品をはじめとして多数の作例が思い浮かぶ、極めてポピュラーなパターンです。
 このパターンでは、犯人と共犯者が男女だった場合、憎み合っているふりをして実は――という愛の物語となることが多いようです。
 また、個人的に仲が悪いほかに、犯人と共犯者が対立する組織に属している、対立する思想信条を抱いているなどの作例もあります。

2.犯人が被害者を共犯者として用いることで共犯関係を隠す
 犯人が被害者を共犯者として用いてから殺害するのですが、被害者はその立場上、犯人と意思を通じることは絶対にないと思われるので、両者のあいだに共犯関係があったことは隠されます。
 このパターンは、被害者が犯人の目的を承知しているか否かで、の二つに分類できます。

ⓐ被害者が偽りの目的にだまされて共犯者の役割を務める(自分が殺されるとは思っていない)場合
 たとえば、被害者が犯人に化けて犯人にアリバイを提供、その後、犯人に裏切られて殺害されるという例が考えられます。

ⓑ被害者が犯人の目的を承知したうえで共犯者の役割を務める(自分が殺されることを承知している)場合
 被害者が自分が殺されることを承知したうえで共犯者の役割を務めるのはありえないようにも思えますが、たとえば、被害者が犯人に依頼した嘱託殺人です。被害者は自分の殺害を犯人に依頼し、その際に犯行を助けるために何らかの細工をする、つまり共犯者の役割を務めます。

3.犯人の犯行後、別の人物が犯人の意志とは無関係に事後的に共犯者となるので、共犯関係が存在しないと思われる
 これは、「別の人物」が誰であるかによって、の二つに分類できます。

ⓐ「別の人物」が被害者本人である場合
 被害者が犯人に危害を加えられたあと、犯人の意志とは無関係に、犯人をかばうために行動する。たとえば、自分で部屋に閉じこもって施錠し密室を作り、誰にも犯行が不可能だったように見せかける。
 このパターンは、「2.犯人が被害者を共犯者として用いることで共犯関係を隠す」のパターンに似ているように見えますが、「2」のパターンは「犯人が被害者を共犯者として用いることを、犯行前に決定していること」と、「犯人と共犯者(被害者)のあいだに意志の疎通があること(ⓐのように犯人が被害者をだましている場合でも)」の2点を前提としているのに対し、「3ⓐ」のパターンは「被害者が犯人の意志とは無関係に事後的に共犯者となる」点が違います。

※このパターンは、私のツイートに対し、今村昌弘さんが「被害者が犯人をかばう細工をした場合は?」と指摘してくださって気づいたものです。ありがとうございます。

ⓑ「別の人物」が被害者以外の人物である場合
 たとえば、現場から犯人が立ち去ったあと、別の人物が死体を移動させて犯人にアリバイを提供するといった例、あるいは、犯人が非力な人物だった場合、別の人物が犯人には体力的に不可能なことを行って、犯人を容疑者圏外に置くといった例があります。

4.犯人と共犯者に共通の犯行動機がないために共犯関係が隠される
 
共犯関係があるということは、共通の犯行動機を有しているということです。そこで、共通の犯行動機が存在しないと思わせることで、共犯関係を隠すことができます。
 以下のⓐとⓑの二つが考えられます。

ⓐ犯行動機を誤認させて共犯関係を隠す場合
 これだけではわかりにくいと思うので以下に詳しく説明します。作者・作品名を明かさず、極力抽象化し、かつ、少し変えて述べるつもりですが、ネタばらしを避けたい方はご注意を。
 警察の捜査の結果、殺人事件の犯人が浮かび上がります。彼には有力な動機もありました。妻に知られたくない秘密を被害者に握られていたのです。犯人はその秘密を守るために、被害者を殺害した――と捜査陣は睨みます。彼には共犯者がいたはずですが、その共犯者が浮かび上がりません。
 やがて捜査陣は、犯人の動機を誤認していたことに気づきます。犯人が被害者を殺害したのは、妻に知られたくない秘密を守るためではなく、実際には別の動機からでした。そして、犯人が共犯者としたのは妻でした。
 妻に秘密を知られないためというのが動機だと思われている限り、妻は絶対に共犯者として疑われません。だから犯人は、捜査陣が動機を誤認するよう、偽の動機を積極的に捜査陣に掴ませようとします。「犯行動機を誤認させて共犯関係を隠す」というわけです。

ⓑ交換殺人
 交換殺人は、犯人AとBにそれぞれ殺したい相手がいる場合、殺す相手を交換するというものです。実際に殺す相手とは面識がなく当然動機もないので、捜査線上には上がらない。また、殺したい相手をもう一人の犯人が殺してくれる際には、アリバイを作っておくので、犯人だと疑われることはありません。
 このとき、犯人AとBは、互いに対し共犯者であると見なすことができます。しかし、二人には共通の動機がない。Aが殺したい相手を殺害してもBには何の得もないし、Bが殺したい相手を殺害してもAには何の得もないからです。このため、AとBそれぞれの殺したい相手が殺されたとき、捜査陣はAとBの共犯関係に気づきません。
 Aが殺したい相手をBが殺してやり、Bが殺したい相手をAが殺してやるという互恵関係が明らかになって初めて、二人が共犯関係にあることがわかるのです。「犯人と共犯者に共通の犯行動機がないために共犯関係が隠される」というわけです。

これは、私のツイートに対し、ヤマギシルイさんが「交換殺人も共犯関係を隠すトリックに入るのではないか、その場合は犯人と共犯者に共通の動機がない」パターンと言えるのではないか、と指摘してくださって気づいたものです。ありがとうございます。