灯り

 鎮守府の夜は暗い。

 深海棲艦は明かりに反応するからだ。いくら百戦錬磨の艦娘が揃う鎮守府とはいっても、四六時中攻撃を受けていたのではひとたまりもない。こちらは有限の資材を備蓄し、有限の人材を休ませ、有限の時間を休息に使わなければいけない。このことは深海棲艦に比べて極めて劣っている部分でもあり、そして途方もなく優れている部分でもあった。

 私たちは化け物ではない。

 夜風が目を湿らす。浜風は一層冷えて、体が震える。そういえば最近は海の匂いが変わった。また秋が来た。そんなことを感じながら、考えながら。
 艦娘が眠りにつく時間、深海棲艦には勝てないけど、鎮守府内の警備は、責任者である鎮守府の提督の仕事だ。
 提督の体は寒さで小さく縮こまる。
 深い猫背の体勢で、提督は、ぽうと小さい灯りが灯る港を歩く。

 ふと顔を上げると、鎮守府港の波止場に人影が見える。少女のようだ。暗闇に映える青い長い髪に、深い夜でもはっきりとわかるくりりとした青い瞳。この鎮守府の初期艦の五月雨であった。
「あ…提督。こんばんわ。」
 どうしたんだい。こんな遅くに。
「すいません。」
 いや、怒ってはいないんだ。怒るはずもないじゃないか。
「少し、眠れなくて。」
 怖い夢でも見たのかい。
「いえ、そういうわけじゃないんですけど。ただちょっと、最近は風が変わったなぁ、と。」
「それで、ちょっと夜風を浴びに行こうと思ったんです。」
「なんでかわかんないんですけど。」
「えへへ、ちょっと私、変ですかね。」
 少しバツの悪そうに、はにかむ。
 そういえば五月雨の笑顔を久しぶりに見た気がする。

 最近は深海棲艦の大型化に伴い、火力の低い駆逐艦は後方支援に回ることが多かった。五月雨も例外ではなく、旗艦夕張をはじめとした水雷戦隊の一員として輸送任務に従事していた。

「そういえば最近はゆっくりお話しすることも少なかったですね。」

 五月雨たちの所属する駆逐隊の輸送任務における役割は、輸送船の安全確保である。この世界は空輸による貿易が不可能である。陸地から陸地に対して空輸することは可能だが、一度海を越えれば、深海棲艦の艦載機が所狭しと襲いかかってくる。
 五月雨たちの仕事は世界の経済を円滑に回し、安全を確保する重要な仕事である。しかしそのために五月雨たちの出撃回数は日に五十を数え、安全な航路を確保し、補給を済ませたらまた別の航路へ向かうといった過酷な仕事であった。

「提督がくださったおやすみ、今日と、明日なので。明日は、もう、夜更かしできませんから。」
 出撃が続く五月雨たちの疲労を考慮し、2日間、休みを与えて、別の水雷戦隊にその任を預けてある。夜戦の好きな彼女はきっと退屈するだろうけど。
「提督。星、あまり見えませんね。」
 星か。そういえば、この辺だとあまり見た記憶がない。
「鎮守府は明るいですから、きっとその明かりでお星さまの光が見えなくなっちゃうんですね。」

 明るい?

「はい、鎮守府は明るいです。港に電気がついてますし、宿舎の電気もありますから。」
 でも、深海棲艦の対策として、明かりは最大限まで絞ってあるのだけれど…
「そうですね。貿易が盛んな港だと、もっと、ぱあーって、黄色い光も、赤い光も、青い光だってあるんですよ!そんなところに比べたら、そうですね、少し明かりは少ないかもしれません。でも…」
 でも?
「ここには、大事な人がたくさんいます。もちろん、世界中の人はみんな大事です。でも、ここにはお姉ちゃんもいますし、妹たちもいますし、それに、その、あ、えと、て、提督もいますし!だから、その、ええと…」

 ああ、そうか。うん。そうだね。

「え?」

 大事な人と見る光は、どんなに小さな光でも、ぐっと、光るんだ。

 五月雨。

「は、はい。」
 そういえば私は、散歩をしていたんだった。
「あ、そ、そうなんですか?」

 ああ。そこでだ。もしよければ、君もこの散歩に、付き合ってくれないかな?そして、鳳翔さんのとこで、何か作ってもらおうか。
「い、いいんですか!?わぁい、お供します!ありがとうございます!」

 こちらこそありがとう。そして…

 今日はちょっと夜更かしして、お話ししようか。いろんな話を聞かせておくれ。

 1人の少女が見た、綺麗な星の話を…

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