君へ

長きにわたる深海棲艦との戦いは、多くの被害を出しながらも、人類の勝利に終わった。

とはいっても深海棲艦が壊滅したという保証を得ることはかなわなかった。いつ、また深海棲艦の脅威に見舞われるかわからない人類は、鎮守府や艦娘、その他もろもろの対抗力を持ち続けなければならなかった。

しかし一見平和な世界で「武力」を維持することには相当の反発が生まれた。
「いるかどうかも分からない深海棲艦のために高額な維持費を使うのは無駄遣いだ」とか、
「艦娘たちが突如反乱を起こしたら危険だ」とか……

様々な批判を受け、大本営はやむを得ず各鎮守府の軍縮小計画を実行しなければならなかった。

ここ舞鶴のとある鎮守府でも―――その縮小計画のため、艦娘の艤装を解体し、かの大戦をともに駆け抜けた多くの友人に別れを告げねばならなかった。

「グスッ……じゃあ司令官、しっかりやるのよ。困ったらいつでも頼りに来ていいのよ?」
「レディーは……レディーは……司令官とお別れするなんて……グスッ……へっちゃらなんだから!」
「はわわわ!暁ちゃん!泣いちゃダメ……なのです……お別れは笑ってするって……榛名さんから習ったのです……ううっ……」
「ほら、みんな。車が来ている。急いで。」
「何よ!響はさみしくないの!?」
「さみしいさ。でも、死ぬわけじゃない。会おうと思えば会いに来れる。それに……」
「それに!?何よ!?」
「はわわわ……雷ちゃんも怒らないでください……」
別れに耐えられず涙を流す第六駆逐隊のなかで、唯一涙を流していなかった響が、そっと口を開く。
「それに、一番つらいのは、司令官だ。その司令官が、笑って、送り出してくれるんだ。だったら、私たちもそれに応えるべきじゃないかい?」
「……そうね。」
「そうなのです!響ちゃんの言う通りなのです!」
「グスッ……ま、まあレディーは最初からそのつもりだけど?ホント、あんたたちには困っちゃうわ!」
「暁。目が赤いよ。」
「な、何よ!もう!暁は大丈夫なんだから!」

第六駆逐隊の子たちは、笑って、そして、鎮守府を去って行った。[newpage]

「あの子たちも……行ってしまいましたね……。」
「うん……これでこの鎮守府には大淀さんと間宮さん、そして……榛名しかいなくなったわけだね。」
「提督……榛名は、寂しいです……」
「うん……そうだねえ。それにしたって、よくここまで鎮守府縮小したよなあ……」

第六駆逐隊を見送った後、提督と、榛名は執務室へ戻った。

大本営からの縮小命令により、保持できる艦娘の最大人数が各鎮守府ごとに割り当てられた。
この鎮守府に割り当てられた最大保有人数はなんと「3人」であった。
この処遇には提督も異議を申し立てたが、却下された。ほかの鎮守府の提督の話によれば、最大保有人数は、先の大戦での「鎮守府の功績」と「提督の従順さ」で審査されたという。

「お前は確かに優秀だったが、お上からの作戦通達を無視して行動したからな……まあ、俺個人としてはあの作戦を決行せずに轟沈報告を出さなかったお前はすごいと思うよ」

友人の提督がいう「あの作戦」とは、いわゆる「捨て艦戦法」と呼ばれるものであった。度重なる深海棲艦の攻撃に業を煮やした大本営は、錬度の低い艦娘を盾に特攻をしかけ、直ちに敵主力を殲滅せよとの通達を出した。

この鎮守府の提督はそのような大本営の通達に激怒し、
「俺の艦隊からは誰一人として撃沈させん。絶対にだ!」
と宣言し、
結果。
その宣言は果たされた。

その代償として、提督は大本営から「反抗的」な提督として目をつけられたのだろう。
提督は、そのような大本営に失望し、一度は提督をやめようかと思った。
ここで提督を引き留めたのは、その友人提督であった。

「お上にしてみりゃあ、まあお前のような提督は扱いづらいだろうなあ。あいつらが求めてるのは『勝利』であって、『戦果』であって、『平和』ではないのかもしれんな……だがな、人類のためには……お前のような『平和』を求める提督が必要なんだよ。だから、頼む。提督を、やめないでくれ。」
友人提督の真摯な言葉に、提督も応える。
「……わかった。……お前が、お上の体質を変えるというなら、それを待とう。」
「そりゃあ俺も責任重大だな。それに……」
「それに?」

「おまえんとこの榛名ちゃん。あの子のことも、ちったあ考えてやれよ。」[newpage]

「みんな、いなくなってしまいましたね……」
「ああ……」
提督は、保有艦娘として、事務担当の大淀、食事係の間宮と、そして、着任以来ずっと秘書艦を務めていた榛名を選んだ。
だが、この通達を鎮守府内に出したとき、反対する艦娘は一人もいなかった。

ある大戦艦からは
「このビッグセブンをもってしても、貴様の隣にふさわしい艦にはなれん。貴様の隣にふさわしい艦は、もう決まっておるのだからな!」と。
ある重雷装艦からは
「まああの人なら納得だよね~。ま、楽しくやっていってくださいなー」と。
ある正規空母からは
「まあ、私も認めるしかありません。あなたの隣は、彼女しかいませんから」と。
ある駆逐艦からは
「はいッ!幸運の女神が提督から感じられますっ!」と。

そして、彼女の姉妹からは
「ヘーイ提督ゥー!My Sisterを泣かしたら許さないんだからネー!」
「気合!入れて!大切にしてやってください!」
「私の計算では……私たちはまた会えるでしょう。……今度は違う関係として、ですが。」と。

本心では不満を持つものも、きっといるだろう。だが、誰一人として、提督に不満を漏らす者はいなかった。
代わりに―――「しっかりと、彼女のことを考えてやれ」と。そう言われた。

だから―――
「榛名。少し、おしゃべりでもしないか?」[newpage]

「なんでしょう?提督?」
「榛名は―――この鎮守府は好きかい?」
「……?はい。間宮さんの作ってくださるご飯はおいしいですし……執務室から見える海は綺麗ですし……ただ」
「ただ?」
「昔のようににぎやかでなくて、寂しくなってしまいましたけど。でも、榛名は、大丈夫です!」
「そうかい。でもね、俺はあんまり大丈夫じゃないよ。」
「提督……」
「うん、やっぱり寂しいからね。あんなに多くの子たちと話して、戦って、笑って、過ごしてきたんだ。急にみんながいなくなると、やっぱり、ね。」
「……」
「でもね」
「でも?」
「でもね、僕は―――ほかの誰よりも、君と一緒にいる時間が、愛しかった。」
「え……?」
「昔の僕はばかで、間抜けで、愚かだった。平気だって。大丈夫だって。怖くないって、一人になってしまっても、寂しくない―――そう考えてた時期があったんだ。」
「でも、君が鎮守府に着任してから、それは変わった。今思えば、もうあのころから、心は―――君にひかれていたんだろうな。毎日毎日、夜、目を閉じても、君が目の前に現れるんだ。」
「提……督……?」

「好きだ、榛名。」

「僕は、君の思っている以上に、弱いし、頼りないし、情けないと思う。」
「でも……君さえよければ、こんな寂しい鎮守府だけど……僕を信じて、一緒にいてくれないかい?艦娘としてではなく、一人の、女性として……。」

「どうだい?榛名……?」

「提督は、ずるいです……。」

「ん?」

「そんなこと言われて……榛名の心は……もう……大丈夫じゃありません……。」

「提督」

「私も、提督のことを、心から、お慕いしております。」

この鎮守府に、再び多くの元艦娘が集まるのは、もう少し先の話である―――

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