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公演中止

吉次匠生が出演予定だった舞台Plant M No.16 終末Blues vol.2『君ヲ泣ク』横浜verの公演中止が決定しました。

以下主宰である樋口さんのブログです。


僕たちは毎週座組みで話し合い、次の1週間の稽古を続けるかどうかの決定をしてきました。
8/10の稽古の段階では今後感染状況が悪化する可能性はあるが、公演できると信じ稽古を続ける判断をしました。
しかし、8月15日の最終稽古の日に全国でコロナが20000人を超えたことなどを加味して、役者と樋口さんの5人で話し合いをし、公演を中止する判断をしました。

公演を強行することはできました。
しかし、演者やスタッフが不安を抱えベストなパフォーマンスを発揮できないのは、プロとしてあってはならないし、何より感染のリスクがある中見にきてくれるお客様に失礼と判断しました。

僕はこの判断に悔いはないし正しい判断だと思います。

このことを踏まえ僕の心情をなるべく素直に書いていこうと思うので、長くなりますが読んでもらえたら嬉しいです。

また、まだ心の整理がついてなく変な文体になってるところもあるとは思いますが、お手柔らかに読んでいただければ嬉しいです。



鎮魂

8/17日、僕は洗濯が終わってハンガーにかかった衣装を見ながら思う。

本当は今日から小屋入りだったんだよな。

本番の日までぽっかりと空いたスケジュール帳と自分の心を整理するように、ひたすら部屋の掃除や片付けをしてみる。
そうしないと前に進めない気がして、
動いてないと気が紛れないから。

本当にいい作品だったんだよな。
演出の樋口さんも最後の稽古で言ってたけど、通しの中でクオリティも上がってきて、いつでも人に見せれる状態まで仕上がってた。

戯曲の中で僕の役の「弟」にだけみえる「サイレントスター」というものがあった。
戯曲の中でサイレントスターは具体的になんなのかは描かれてなく、そこにあるようで無いもので(舞台を見ないと絶対伝わらないけど)とてもキラキラしてるもので、この解釈と表現に僕は苦労した。

僕は今年に入り自分の子供(作品)を2回この手で殺し(中止し)た。

殺した子供達の魂をどう弔ってやればいいのかわからない。

部屋で稽古で書き込みをしたテキストの亡骸を見ながら思う。

今、本番という行為を失い人前にお披露目出来なくなった作品を思うと、サイレントスターはあの稽古場にあったのかもしれない。

毎週、毎日、今日の稽古で最後かもしれないと思い稽古場に足を運んだ。

でもいざ通しをやると準備してきたものが出せなかったり、思った通り行かなかったり、
また自分の身体が相手役のふとしたセリフや仕草に反応して思いもよらない、精神や身体感覚を獲得したりした。次はこうやってみよう。通し後の樋口さんからのダメ出しを聞きながらつい思ってしまっていた。

1日1日が最後、本番と想定しながらも無意識に「次がある」と本来の意味での本番を考えて稽古をしてしまっていた。

自分の演技のノイズが少しずつ削られ研ぎ澄まされていってたからこそ、仕方ないのかもしれないけど
小屋入りがなくなり本番がなくなった今「毎日の通しで心からこれが最後と思って演じられていなかった」んだなぁと思う。

ちょっと後悔。

人生も同じだよなぁ。

人はいつ死ぬかわからないし、今日が最後と思って生きた方がいいってのはわかってる。

でも、ほんとに今日死ぬかもって思って生きるのは難しいんだなぁ


画面の向こうで結果を残してる人たち


さっきも言ったけど、僕は今年に入って2度自分の作品を殺している。

2度目ともなると1度目ほどの罪悪感はないけど、それでもなんともいえない虚無感が込み上げる。

僕はテレビが家になくてオリンピックを見ることはできなかったけど、ニュースなどでメダルを取っている日本人選手の情報くらいは入ってくる。


いいなぁ

すごく無責任な感情と妬みが自分の中で渦をまく。

自分の仕事やスキルを発揮できる結果を出せる場所が与えられた選手たちを羨ましく思う。

結果の裏に隠れた努力などあるのはわかってるけど、そんなのどうでもいいくらいその場所が羨ましい。

オリンピックを無理やりやった国。

感染が拡大した今。

本番を自粛した今。

周りに演劇公演してる人がいる今。

自分達の行動は意味があるのか? 馬鹿らしい。

感染拡大を防ぐためにやった自分達の判断の目的を見失うぐらいに、嫉妬や妬みという負の感情が自分を襲う瞬間がある。

嫌だなぁ。 小ぇなぁ。 

結果を出してる人達に罪はねぇじゃん。

演劇をやるって判断をした人も間違ってねぇじゃん。

でも作品を人に見せれない今、結果を発揮できないこの現状は自分の職を失ったようなものだしなぁ、、、



救い 

感情を整理しきれない僕の中にも一つだけ救いの言葉がある。

それは主宰の樋口さんの

「今日最後に稽古の通しをしてみて、もうこの作品はこの4人(演者)のものになったんだだなぁと思った。東京公演はこの4人以外あり得ないんだなと思った。」

という言葉である。

本当は期限を延ばして来年の〜月に延期という判断ができたにも関わらず、僕らが一旦中止という判断をしたのも
またこのメンバーが集まればいつでもしっかりとした作品を作れるし、一人でもかけて代役を立てると違う作品になるくらい作品のクオリティが仕上がっていだからだ。

つまりコロナが落ち着けばいつでもすぐに公演ができるぞ!という自信の現れである。

これは本当に自分達に取って希望であり救いだ。

この希望を握りしめて妬み嫉みも全部抱え生きていこうと思う。また、この作品が公演できる日まで。

サイレントスター。 僕は君を信じてる。


QoiQoi 吉次匠生

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