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ひとつ海のパラスアテナを読もう

※この文章は発売当時にブログで書いたものを一部修正して再録したものです。

 海は、父親のように全てを与え、母親のように全てを包み、妻のように全てを奪う。
 今適当に考えました。特に意味はないです。

 海というのは不思議な存在です。地球上の七割を覆い、全てが始まった場所であり、今でも沢山の恩恵を我々は受けています。
 地上から上空十キロくらいは普通に飛行機が飛ぶし、なんなら地上400キロ上空に人がいるというのに、海底となると数キロ程度でもう限界。たかが百メートルですら簡単には降りられません。未だに一番深い海底には着地出来てないんじゃなかったっけ。ちょっと前には飛行機が海の真ん中に墜落してしまった時に探すのにえらい苦労していたという事件もありましたし、これだけ移動手段が発達しても未だに海の広さは健在です。
 そして適当に書き始めたはいいものの話広げ過ぎてうまく本題に着地させられなくなったので唐突に本文に入る事にします。海って広いね!

 今回の感想文は電撃文庫から2015年2月10日に発売された、「ひとつ海のパラスアテナ」です。第21回電撃小説大賞の大賞受賞作品です。

 結論は「今すぐ本屋へ走れ、そしてレジへ本持っていけ」なのですが、少しでも興味を持ってもらえるように、少しでも多くの人に読んでもらえるように、微力にも程がありますが、ここで感想を書かせて頂きます。

 あらすじは公式サイトとか見て下さい。とにかく海に覆われてしまった時代で、主人公ががんばって生き抜く話です。インタビューとかPVとか推薦文とか色々あるから一度は見ておいた方がいいです。

 この作品で僕が一番好きなのは、本当の意味での命の大切さとか、尊さとか、そういった事をすごくナチュラルに描いているところ。ドラマチックな「最愛の人の死」も、命の大切さという点では重要ではありますが、もっと広い意味での生命が描かれているように思います。全ての生き物は他の生き物の生命を糧として生きているという事を、本当に真っ正面から描いています。
 戦争や戦闘を主題に扱わない作品にしては(まあサバイバルだって言ってるのである程度予想はつくかもしれませんが)「死」に触れる機会が非常に多いです。小さなところでは食べる為にとらえた生物の命を奪うところから、それこそ大事な人を失うところまで、様々な死に主人公たちは直面します。しかし、この作品中での死は、ほとんどが次の命へ引き継がれるように描写されます。無駄な死はひとつもなく、全てが何かに繋がっていくという事が実に端的に、冷静に、けれど優しく表現されています。
 キャッチコピーの「生きる為の戦い」については割と誇張抜きです。本当に主人公は命の危険に何度も襲われ、敢然と立ち向かいます。それは、そういう世界だから。そうしないと生きていけない世界だから。それもまた、作品において必要で、重要な事。
 ただ、戦う相手がストーリーが進むにつれて変化していくのですが、そこは読んでみてのお楽しみ。

 そして海の描写が実に細かく、美しい。
 作中の緊迫感の緩急は常に海の状態と共にあります。順風満帆な時は、キラキラと美しいエメラルドグリーンの海原が広がり、言葉通りに船は進むし色々な発見もあるし、楽しい時間が流れます。そしてそこから序盤の作品説明にもある「白い嵐』からの漂流に至るまでのシーンでは一変して死と隣り合わせの恐怖のモノクロ世界に。極限の世界で生きるアキの描写は、海に出た事がない僕ですらその恐怖と緊張を味わえました。海行きたくなくなったね。元々行かないけどね。
 他にも漂流時の凪や特異な気象等もそれぞれのシーンにアクセントとして常に描写されます。陸のない世界で、海だけがその世界の様相を知っているように。
 海の描写が、背景描写であり、全体の心理描写であり、BGMであると言えます。

 海の描写に負けないのが、独自のアフターの世界観。
 フィクションの世界で大事なのは(個人的な概念ですが)「大きな嘘という皿の上に、たくさんの細かい真実を並べて、その中にちょっとずつ小さな嘘を混ぜ込む事」だと思ってて、そうする事でどこまでが作品の嘘なのかがわかりにくくなってリアリティが増します。
 とにかく最初に「この世界は陸がないよ」っていう大嘘がドンと眼前に広がってしまうので、強烈な異世界感は感じられます。しかし、そこに細かい船の構造の描写や実際の生物の描写などを積み重ねていくことで、途中でシレっと出てくるオリジナル生物に対して違和感なく受け入れられます。僕は海に関しては全くド素人で知識もないので、どこまでが本当なのかよくわかりませんが、作者の知識の深さがよくわかります。しかし作者インタビューで「自分のヨット経験も少し反映されている」って言ってる(公式サイトより)んですけどなにそのリア充感。ヨットとか普通に乗るものなの。僕マブチ水中モーターで走る奴くらいしか触った事ないよ。そういやあの人毎年沖縄とか行ったりしてた。
 そういう生の経験は、やっぱり文章に生きるんでしょうね。

 ずっと読んでいて、僕は何度も泣かされました。リアルに涙がこぼれました。悲しい涙も、嬉しい涙も、寂しい涙も流れました。もちろん気付いてしまった作者のリア充感についてではなく。
 作品全体としてはそんなに悲しい話じゃありません。天真爛漫なアキの性格のおかげで、いつも明るく楽しい雰囲気に満ちています。暖かい太陽の日差しに恵まれた、とても暖かいお話です。
 ただ、だからこそ、緩急のきいた展開でドラマはよりドラマチックに演出されます。まさか最後の溶鉱炉にトランスフォームしてロボットモードになったパラス号が沈みながら親指を立てるシーンが見られるなんて(ありません)。

 読み終わった時の喪失感は相当な物でした。もっと読みたい。もっと彼女らの生活を見ていたい。もっと彼女らの世界を見て回りたい。
 ドラマ的な引きとは違う(もちろんちゃんとありますけど)、「放課後の取り留めもない楽しいおしゃべりの時間が、少しずつ伸びていく机の影の長さと、次第に赤く染まっていく教室の色によって終わりを意識させられていく一抹の寂しさのようなもの」を読んでいくうちに感じて、終わりたくないと思いながら読み進めていきました。終わってしまった後のあとがきの「いつものすたさん具合」に別な意味で安心してしまいましたが、やっぱり寂しいですね。
 とても長く感じる二ヶ月となりそうです。
 (二巻は2ヶ月後に発売されました)

  沢山の作品の中から選ばれて大賞を取るって事は、より大多数に認められる、面白いと思ってもらえる作品であると(そういう風に審査員側が判断したと)いう事だと思います。章立てがきれいに成立してて、パート毎に全く色の違うストーリーになっていて、それぞれに緩急が見事に効いていて、クライマックスでも一捻り。エンターテインメント作品として、良い意味で王道を行く構図だったんじゃないでしょうか。設定の個性もありますが、それより総合力が高いという感じ。だからこその大賞。
 そういう意味で、最初に「ミスリードを狙った時間軸いじりをやめた」というのは英断だったと思います。

 もうこれ本当に映画化してくんないかなって。テレビシリーズじゃなくて、この一巻だけできれいにまとめて映画で。CMで「キーちゃんのところで泣きました!」とか映画館のPOPの前で見た人がいう奴作りましょうよ。「パラスアテナ、サイコー!」って。超見たい。
 
 難点という訳ではありませんが、興味を持ってくれた人は、ちょっとだけボートやヨットについての簡単な知識を予備知識として持っておくと、航行の描写がより楽しめるかもしれません。が、まあ知識とかどうでもいいんですよ。この冬真っ盛りの極寒の中で、暖かな海の物語は読んだ人を暖かい気持ちにしてくれるはずです。
 いわゆる世間一般で揶揄されるラノベのテンプレートはひとつも踏襲していない気がするので、あんまりラノベ読まない人にも読んで欲しいなって思います。表紙の絵柄も、あまりラノベっぽくない感じのする、言い方悪いですけどあんまりそっち方面にはキャッチーな絵柄じゃありませんが、読んだ後に改めてイラストを見てもらえれば、この方でなければ、この海の表現の出来る人でなければこの作品の表紙は描けないだろうってわかってもらえると思います。

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