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『京大中年』と娘

ロザン菅さんの新刊『京大中年』を読んだ。
おもしろかった。

ロザンファンとしては
あー、そんなことあったなー。
えー、そんなこともあったんだー。
と楽しめた。

同世代の者としては
子育て、仕事、家事と惰性で動いている日々を何か変えようという気持ちになった。
現に こうしてnoteの記事を書き始めた。

小学校中学年の娘も一気読み。
菅さんが宇治原さんのことを いじりまくってるのがおもしろい
とのこと。

この本 発売日に先立って行われた 大阪梅田でのサイン会で購入した。

サイン会に行くことを夫に話していると、
「梅田」というワードに反応した娘が「私も行く!」と言い出す。
梅田に行きたいお店があるらしい。
サイン会に小学生以下のこども1人は同伴できるようなので、一緒に行くことにする。

当日、梅田でお目当てのお店に行き、会場に向かおうとするところで
「そういえば、サインは何にしてもらうん?」と娘。
「新しく出る本にしてもらうよ。」
「あー、チケットと本を交換するってことか。何にサインしてもらうのか
わからんかったから、お母さんの本棚から”菅ちゃん英語"の本持ってきたよ。」
サイン会には、あまり興味がなさそうだったのに、気にしていたらしい。
しかも、ちゃんと菅さんの本を持ってくるところがすばらしい。

会場に着き、列に並ぶ。待ちながら、サインにどちらの名前を書いてもらうか相談する。
サイン本は他にも持っているが、名前をいれてもらうのは初めての機会。
自分の名前を入れてほしいけど、娘も書いてほしいかなと迷う。
「宇治原さんが名前書いてくれるらしいんだけど、どうしよう。
○○(←娘のこと)の名前にする?本のタイトル『中年』って入ってるけど」
大人げなく、さりげなく けん制する。
「お母さん ずっと好きなんだから、お母さんの名前書いてもらったらいいよ。」
うれしかった。けん制した自分がはずかしい。

いよいよ順番が回ってくる。直接お話するのは初めてではないけれど、
やっぱり緊張する。ふわふわしている間に終わる。
娘「菅ちゃん、笑ってくれたー。宇治原は真顔やったな。無って感じ。」
そこで、ふと気づく。あれ?いつからだろう??
ロザンのおふたりのことを話すとき、私は「菅さん、宇治原さん」と言う。たまに流れで「菅ちゃん」になるときもあるけど。
娘も はじめはそうだったはず。
でも、今は「菅ちゃん、宇治原」と呼んでいる。
(はじめに書いた本の感想も、正確には
「菅ちゃんが宇治原のことを いじりまくってるのがおもしろい」だった。)
娘なりのロザンの扱い方。
母親の影響力が小さくなっていることを実感する。

帰りの電車で早速 本を読みたい私。娘に声をかける。
「お母さん、本読みたいんだけど、一緒に読む?」
「えー、中年の本やろ。読めるかな。」
試しに「はじめに」を開いて見せる。
「あ、これなら読めそう。」
ふたりで一冊の本を読む。
読み聞かせではなく、並んで黙読する。初めての経験。
結構 心地よい。
「読み終わったら、いいよって言ってね。ページめくるから」
当然、私の方が 速いと思っていた。ちがった。
何ページ目かで先に「いいよ」と言われる。
しかも、どんどんペースが上がる。
加速力がすごい。そして、夢中で読んでいるのがうれしい。

電車で読み始めるとき、娘が「後ろの日付のとこ見せて」と言う。
発行は2023年6月8日。
「この本 未来の本だ!」とテンションあがる娘。
感心した。
図鑑や辞典を買うとき、「好みで選べばいいんだけど、本の後ろには
発行年月日書いてあるから、どれが新しい情報のってるか、参考にすると
いいよ。」という話をしたことがあった。
奥付を見る習慣がついている。
そういえば、先日もベストセラー本を見て
「この本すごいよ。5か月で18刷までいってる。」
と言ってたなーと思い出す。

娘が数か月後『京大中年』の奥付を書店で見たとき、
「めっちゃ、売れてるやん!」となっていますように。


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