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ケツ&高価
「高価なボールペンでしたか?」
「い、いえ、そんなんじゃないんですけど、いやっ絶対落としたはずなのにどこにもないなんて不思議だなあって(笑)、なんかすみませんでした(笑)」
1/27。朝起きて布団の中で寒さにキレ、起きて空気の冷たさにキレ、顔を洗い、水が冷たいとキレ、家の中からみた外の天気の悪さにキレ、な毎日が続いている。さあ今日も天井に向かって、いや2階のおじさんに向けて、『なんでこんなに毎日寒いんスかーー!』と一応小声で叫んでみる。返事はない。ハイ、土曜日です、私にとっては休日です。ウ〜ンキレまくりスタートです。ダラダラダラダラと過ごし、午後13時をすぎても、ケツの絵しか描けなかった(内腿の絵が描きたかったのに)ので、車で10分走らせたところにある喫茶店に向かった。
ここの喫茶店は本当に寒い。暖房はガンガンついているのに隙間風がビュンビュン入ってくるので早く建て替えてほしい。というか勿体なさそう電気代。居座るお前が言うな。まあそれはいいわ。ここに来るのは4回目になりますか。パフェばっかり頼んでいる。嘘で〜す。3回目まではパフェばっかりだったけど、4回目の今日はとにかくケツの絵を忘れて、どうでもいい長い時間をここで過ごしたかったので、コーヒーを頼んだ。コーヒー一杯でどうでもいい長い時間を過ごしていいわけじゃないのに。
ケツの絵のせいで昼飯を食べる気にならなかった、空きっ腹にコーヒー。胃を優しくしろよお。まーそれはいーわ。今日のここは私しかいないじゃんか。ルァッキーー!いらっしゃいませえ。おじさんがおしぼりと水を持ってくる。頼むのがコーヒーって決まってるのに、メニューに集中する。ウケる。控えめ(のつもり)に「ホットコーヒーひとつお願いしまアす」、おじさんはニコニコして(顔みてないからそうであってほしいという私の願望)「かしこまりました」という。コーヒーを待っている間にタバコを吸う。これは儀式だと思う。何を言う。うるせえな、店に謝れ!俺が何をいう。煙を撒き散らしてる分際でしかもコーヒーしか頼まないやつが(コーヒーが悪いとは言ってないけど)何をいう。まあ、それは、いいわ。
家から持ってきたのは耳んとこがボロボロのヘッドホン、タバコ、鷺沢萠の『葉桜の日』、ほとんど毎日持ち歩いているノートとジェットストリームスタンダードボールペン。
午後13時半くらいかな、「お待たせしました。ごゆっくりどうぞォ」おじさんが言う。「ハイ〜」とかなんとか言ったと思う。なんだ「ハイ〜」って。誰かこの「ごゆっくりどうぞォ」の返し方を教えてほしい。そしてコーヒーを飲む。お昼を過ぎてからのコーヒー、つまり午後から飲むコーヒーは私にとって、私の胃様にとって、あまりよくない。なんてったって、胃様、「カフェインは午前だけにしてエ!」って言っていて(?)、午後に飲むコーヒーは夜に胃もたれを起こしやすいんだそうな。胃様、すまぬ。でも今日は家で飲んだコーヒーでケツの絵しか描けなそうだったからここでもコーヒーを飲ませてくだせえ。そしてこれを書いてる今絶賛胃もたれ起こし中。胃様、すまぬ。
2本目のタバコを吸ってからノートに絵を描き始める(というのも私は同時進行ができない)。今日はケツの絵だけか…と落ち込んでいたけど、ノートに描く絵は割といつも調子いいんじゃない。自分で言うな。とにかく2ページ描いて満足したので、コーヒーを飲んでから本を読むことにした。
一昨日くらいから読み返していた鷺沢萠の『葉桜の日』、私はこれに出てくる志賀さんの口癖「真実(ほんとう)で生きてなきゃ、どうすんのよ……。」に毎度涙目になる。マジですきなんです鷺沢サン。すきだけじゃどうにもならんのです。言葉にならないくらいの。うん。まあとにかく、『果実の舟を川に流して』も半分くらい読んだ。久しぶりにこんなに本を読んだ。室内なのに隙間風がビュンビュン入って寒すぎるここでこんなに読めるのか、ありがとう、またきます。来させてください。鷺沢サンを読ませてください。今度はやっぱりパフェを食べにきます。生クリーム多めでお願いします。うるせえな。黙ってコーヒー飲め!
3本目のタバコを吸う。吸い終わる。まだケツが(ケツが)脳内で暴れているので、再びノートに絵を描き始める。が、アッ………………ジェットストリームスタンダードボールペンが床に落ちる。床に落ちた。確かに落ちた。いや絶対落ちた。だって机にないし、なんなら手にもないし。落ちた。下をみる。ない。椅子の下か?前屈みになって、めちゃめちゃ硬い体をこれでもかというくらいに折り曲げて椅子の下を覗き込む。ない。ジェットストリームスタンダードボールペンが見当たらない。一旦、誰もいない向かいの席を10秒ほどボーッとみつめる。そして冷めたコーヒーを飲む。もう一回椅子の下を覗き込む。やっぱりない。ない。ない。ない。ない?笑ってしまった。
(ここから心の声)
「嘘だろ〜〜〜笑笑絶対落としたから〜笑笑笑笑なんで2回も椅子の下覗き込んでないのジェットストリームスタンダードボールペンさんよお!笑笑笑、私にはあなたしかいないのよお!!笑怒あなたがいなくなったらもう冷めたコーヒーと不味いタバコしかなくなっちゃって、え?鷺沢さんの本?ごめんなさい…集中力もうキレたんス…だからケツのことを忘れるためにはあなたがいないとお!!怒怒怒悲あなただけが私の頼りなのよお!!悲悲怒!」
………なかった。落としたはずのジェットストリームスタンダードボールペンが消えてしまった。どうしたらいいかわからなくなってしまった。とりあえず耳んとこがボロボロのヘッドホンをつけて、スキスキなカネコアヤノをシャッフル再生する。
「ロマンス宣言」
今日も私の全てをあざ笑うのだア!!!!!あざ笑っている。誰カア!!!誰だア!!!!(?)全然違う意味だけど、ちょっと今、この状況の私にとってはロマンス宣言はキツい。ネクストシャッフル!!!イケエ!!
「追憶」
昨日は最悪だったア!!!わた〜しな〜にも悪いことしてえない〜!!!この昨日はつまり今日のことオ!!!(無理やりすぎる)
ダメだ……ヘッドホンを外した。そして3回目、もう一度だけ椅子の下を覗き込んだ。明らかだ。ないものはやはりない。ケツのことを考えるしかないのか。ハア。机と椅子とわたし自身がガタガタ
していたせいで、おじさんが気づいてやってきた。
「どうかしましたか?」
焦る私。
「いえっ、あの、ジェッ……ボールペンを落としてしまって、いやっ、あのっ、探したんですけど、なくって…」
「それは…椅子の下みてみますね〜」
ないとわかってる私。
「すいません…結構探したんですけど、多分(多分?)なくて…」
懐中電灯を持ってきてくれて、照らしながら机の下、椅子の下を膝と手を床についてまで探してくれた。私はすごく本当に、本ッ当に申し訳なく思った。コーヒー一杯飲んで…確か午後14時20分、コーヒー一杯で1時間近く居座っているコイツのために、なんてことを!ボールペン一本で。たかがボールペン。私にとっては、、、。
「ない、ですねえ」
「……すいません、大丈夫です」
「そうですか…」
何が大丈夫なんだか。そうですか。そうですよ。ないんですもん。頭の中はケツでいっぱい、おじさんに申し訳なさでいっぱい、早くこの場からいなくなりたい気持ちでいっぱいだった。ちょっと残った冷めたコーヒーと一口も飲んでいない満タンの水をグビっと飲み干して、コートを着て、タバコと本とノートをカバンに詰め込んで、レジに向かった。タバコの灰がうざかった。
「高価なボールペンでしたか?」
430円を渡してからおじさんは私に言った。高価なボールペンか。150円くらいじゃなかったかな、確か。高価か。高価なボールペンなのかな。わからなかった。わかるだろ。替芯は100円くらいだったような。高価か。いや違うか。わからなかった高価が。いやわかるだろ。でも咄嗟に、
「い、いえ、そんなんじゃないんですけど、いやっ絶対落としたはずなのにどこにもないなんて不思議だなあって(笑)、なんかすみませんでした(笑)」
そんな感じのことを言った。「(笑)」ではないと思う。バカなんじゃないかと思った。必死に探したのに何処に消えてしまったんだろうか?高価なボールペンじゃないとしたら何だ?そんなんじゃないならなぜ3回も椅子の下を硬い体を曲げに曲げて探した?ふざけていると思った。やっぱりパフェを頼んでおけばよかった。そうじゃないだろうな。コーヒー一杯のせいだな。そうじゃないだろうな。何かのせいにしないといてもいられない。そうじゃないだろうな。どこにもないジェットストリームスタンダードボールペン、どこへ消えたよジェットストリームスタンダードボールペン。高価なボールペンでもないと思った私を殴りたい。これでケツのことを考えなきゃいけない羽目になったのだから。
「そうですか…またいらしてくださいね」
「ハイ〜」
ハイ〜多分、当分新しいジェットストリームスタンダードボールペンを買うことができないんだと思った。そしてケツをやはり描くしかないんだと(だから内腿だって!)思った。ハイ〜。
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