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お母さん食堂

時は令和ZERO年。少子化に悩むヘル日本では、ついにヒト遺伝子を組み込んだブタの子宮を利用したヒトの出産が合法化された。女性は妊娠出産による心身の負担から解放され、子を持つ同性愛者が増加し、同性婚が実現したのが現在だ。

社会的な摩擦はあった。ヒトから産まれたヒトがブタから産まれたヒトを差別したのだ。その主張は、妊娠期間にヒトの母体内で行われる母子間のやり取りの有無はヒトの精神に決定的な影響を及ぼすというものだった。

「この、ブタ野郎!」

これがヒトから産まれたヒトが、ブタから産まれたヒトに向ける悪口の最多なるものであった。産むことが子供への最大の愛情とされ、ブタ経由の人口が増えるにつれ、出産する女性の価値は逆に高まっていった。妊娠出産育児期間の女性を引き受けられる生活力の有無がまた、男性の価値とされた。このような保護者の社会的地位の反映もあり、ブタから産まれたヒトにはヒトと対等の能力などありえないと差別が横行するのであった。

「ブタ差別、反対!」

ヘルメットをかぶりバットを握りしめシュプレヒコールを上げるM男も、ブタから産まれたヒトであった。幼少期からブタ野郎と罵られいじめにあっていたM男は、ざめざめと涙を流しながら日本国憲法第14条を掲げるのであった。そこには「法の下の平等」と書かれていた。

「ブタ差別、反対!」

ブタは人類の救世主ですと書かれた鉢巻を巻いたF女も涙を流していた。F女には誘拐された過去がある。ブタから産まれた女に人権などない。男のために性産業に従事するのが使命だとのカルト教信者による集団拉致事件であった。しかしF女の心をより傷つけたのは、現場に乗り込んできた警察官が、縛られたぽっちゃり体形のF女の姿を一目見てボソッと放った「チャーシュー…」の一言であった。F女のオトメゴコロはガラスのように砕け散った。

M男もF女もデモの一員であった。ブタから産まれたヒトは群れを成しファミリーマート(仮名)の本社ビルを取り囲んでいた。こんな暴挙は許しておけない。この思いの下に団結した者たちであった。みな一様に青ざめており、興奮のあまり倒れる者が続出する次第であった。

ビルの最上階からその様子を見降ろしていたS雄は溜息をついた。時代と共に価値観は変遷するものだが、想定外の落とし穴があったものだ。右肩上がりだった企業戦略を根本的に見直さなければならぬ時代に入ったのかもしれない。S雄は憂鬱な気分になった。あの大人気商品の代わりが務まる新商品を即刻、開発せねばならぬ。いや、これは商品ひとつで済む話ではない。

「社長、ご用意いたしました」

秘書が机の上に問題の商品を並べた。一体、どこが気に入らないというのだろう。S雄は湯気が立ち上るそれらを口いっぱいに頬張った。もしかしたらこれが食べ納めになるかもしれぬ。S雄の好物でもあった「生姜香る豚の生姜焼き」は、おいしかった。

窓下の路上ではF女が愛おし気にパッケージを抱きしめていた。

「お母さん……」

豚の食用が禁じられるのは、それから4年後のことになる。

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