フットボールの詩「屈辱を知る者がいつかは勝利する」 チャンピオンズリーグ2011−12決勝 バイエルン対チェルシー

準決勝で今世紀最強といわれたバルセロナとレアルマドリーの2チームを破ったバイエルンとチェルシー。
しかしスペイン勢同士の決勝と言う大方の予想を覆した代償は大きかった。
今回は両軍合わせて出場停止処分7名という満身創痍の決勝戦となった。

この事実から予想できることは、慣れない両軍の守備陣の出来で
今日は「荒れる」ということだ。
フットボールアレーナというホームで闘うバイエルンの負けられない状況、
ドイツサポーターの盛り上がりが「荒れそうな予感」に拍車をかける。
しかし、このホームの期待がプレッシャーになって現れれば
アウェーのチェルシーにも目があるはず。

それは荒れないとしたら、
意地の張り合いで、味気ない試合のまま「延長?」というイヤな予感も孕んでいた。

どちらにせよ試合の鍵は最後の砦、チェッフとノイアーの二人のキーパーにあるとにらんだ。

個人的な興味は6月のユーロ2012での「本命ドイツの活躍を占う」という観点だ。
当然気になるのはミュラー、クロース、シュバインシュタイガー、ラームなどのドイツ選手である。

緊張の面持ちからキックオフ。両軍、4−5−1の陣形。
同じ形でもリベリーとロッベンというパワフルなウィングを持つバイエルンが攻撃的。
それを防ごうとSBバートランドをウィングに
配してまで守備的にしたチェルシーの陣形の差が大きく出る。
攻めるバイエルン、守るチェルシーの図式は明確だ。

早々にシュバインシュタイガーがハンドでイエローカード。
やはり荒れ気味でスタートだ。
ファーストシュートもそのシュバインシュタイガーだった。
彼の勇み足が試合の「綾」になっていく。

バイエルンはミドルを撃てる選手が多いためシュートは多くなるだろう。
ツェッフ相手にそれが決まるかどうかは別にして。

想定通り、ボールを持たせて最終ラインとツェッフで食い止めるチェルシー。
狙いは誰の目にも明らかなカウンターである。

13分、サイド攻撃で油断させていたバイエルンが一転、
早めのクロスを上げて伝家宝刀マリオ・ゴメスのヘディングに合わせてきた。
このサイドからのゴメスとミュラーへのクロス攻撃がいちばん危険なにおいがする。

20分、強引に切れ込んだロッベンが間近でシュート。
ツェッフが右足でかろうじてはじき返した。
前半25分終了時点でボール保持率はバイエルンの65%、一方的な展開。
相手が攻めだるまになるまで徹底的に守るチェルシーは我慢、我慢の図。

31分、ようやくチェルシーにGOのサインが出る。
いきなり守備陣までが上がるようになってカウンター攻撃が始動。
ここから試合が動き出す。激しく攻守が入れ替わる面白い展開。
正直、前半はこのたった15分間のショーだった。
バイエルンのシュート13、チェルシーはわずか2本と
ボールポゼッション60:40の予想通りの内容に終わった。

後半のチェルシーはGOサインのまま突入、最初の10分で1点を狙う構え。
攻め出したチェルシー、その分、守備にほころびが現れるが
それでも守る時間と攻める時間の切り替えはしっかりしていて、
チームとしての統制を感じさせる。暫定監督でもやればできるのだ。

最初の選手交代はチェルシー。
今日の守備的布陣の象徴だったバートランドを替えてマルダを投入。
これで普段通りのチェルシーか。
あとはおとなしく守りに専念していたランパードが攻め上がることができるかどうかだ。

一進一退を繰り返しながら、後半も80分までが過ぎて、
こう着状態の様相になった試合を変えにいったのはまたもチェルシー。
太陽の子フェルナンド・トーレスを投入。
今シーズン、このスペインの太陽は日食のままだったのだが、この試合で輝くことができるのか?
これはビジャを欠くユーロ2012のスペインを占う起用だ。

そして試合が動く。
81分、マリオ・ゴメスをおとりに使い、
ミュラーがヘッドを基本通りに頭で叩き付けて、名手ツェッフの反応が及ばない角度に決める。

ホームのフットボールアレーナが揺れる!感激で泣き出すファン、興奮するバイエルンイレブン。
勝ちを確信し、殊勲のミュラーを守備的なファンブイテンに交代するバイエルン。

しかし、チャンピオンズリーグの勝利の女神は、そんな「油断」がお嫌いである。
残り5分にドラマを仕掛けてマンチェスターUを初優勝に導いたのはこの女神の仕業である。
バイエルンは、悔やんでも悔やみきれない2度目の後悔をする羽目になった。

アウェーでもあきらめない男たちはのホームチームのその油断を見逃さなかった。
85分、ついに勝ち取った、はじめてのコーナーキックをチェルシーは
ドログバのヘッドにピタリとあわせた。
ノイアーは反応するものの、このワンチャンスにかけた
ドログバの意地の鋭さに負ける。

土壇場の同点!
意地の張り合いで0−0で面白くないまま「延長?」という当初のいやな予感は、いい意味で裏切られた。

1−1のまま、お互いに攻め始めた両軍の構図で延長戦。
91分にバイエルンは決定的なシーンを迎える。
ペナルティエリアに強引に切れ込んだリベリーがファウルを拾う。
このファウルを犯したのがドログバなのだから、
いかにチェルシーが引いて守っていたかを証明する。

チャンピオンズリーグの勝利の女神がまたも
試合に微妙な織り目をつけていくのだ、さすがに決勝だけのことはある。

このPKをロッベンが慎重にゴール右隅に狙うが、
なんとツェッフがスーパーセーブする。
必死にこぼれ球を押し込むためにつめるロッベン。
しかし、ツェッフがそれを許すはずがない。

このセーブでバイエルンの勢いが消える。
試合序盤からスパートをかけていたバイエルンの選手に疲労が見え、
リベリーが交代でオリッチが入る。

しかし、チェルシーも決定的に試合を決めるだけの因子を持たず、
延長戦はこう着状態に陥る。

次第に今年の決勝は二人の男の対決に収斂していく。
ノイアーとツェッフ、当代一のゴールキーパーはどちらなのか?
いかにもチャンピオンズリーグの勝利の女神が好きそうなお題だ。

PK戦になると有利なのはサポーターが歌い続けるホームのバイエルンか、
それともモウリーニョ時代の完璧なスカウティング情報を持つチェルシーか。
キーパーの能力だけでなく、チームとしての勝つための仕組みが試される。

情報では前日練習でバイエルンはPK練習をしていない。
実は、チャンピオンズリーグ決勝で延長戦まで行った試合は
必ずPK戦になっているのだ。
それをモウリーニョ時代に経験しているチェルシーが有利だった。

案の定、チェルシーのバイエルンに対するスカウティングは行き届いていおり、
すべての選手がどちらに蹴るかをすべて見抜いていたような動きをツェッフがする。

ラームの右、ゴメスの右、ノイアー(意外)の左、
止められないまでも、すべて飛んだ方向は当てるのである。

ノイアーもさすがに当たっているだけあって、最初のマタを止める。

そして、運命の4本目、オリッチの右をツェフは見事にはじき飛ばす。
4本すべて、読みが当たるのである。

そして5人目のシュバインシュタイガーとドログバが登場する。
まずシュバインシュタイガーがツェフと対峙する。
そう、今日はシュバインシュタイガーの勇み足が
試合の「綾」をつくってしまう試合だったのだ。

この一生でも最も大事なシュートに
シュバインシュタイガーは勝手に勇み足をしてしまった。
助走を一度とめ、狙いすましてゴールの右隅に放つ。
しかし、やり過ぎたのだ。
ゴールはツェフの右手をすり抜けるまでは良かったのだが
ゴールポストをたたいてしまい、残念ながらネットを揺らすことができなかった。
ユニフォームで顔を隠すシュバインシュタイガーは
勇者ドログバが最後のゴールを決めるシーンを見れなかった。

ついにアブラヒモビッチの大金をかけた悲願が達成する日が来た。
モウリーニョを招聘しようと、フェリペを招聘しようと叶わなかった夢は
暫定監督によって達成された皮肉な展開だ。

でも、モウリーニョ時代にマンチェスターユナイテッドの前にこの決勝PKで砕かれた誇りは
こうして雪辱された。

屈辱を知る者がいつかは勝利する。
皆さんは覚えているだろう、チャンピオンズリーグの女神は復讐する男たちが好物なのだ。

ミラン然り、この日のチェルシー然り。

そして今日、女神は復讐する屈辱者の候補を創った。
シュバインシュタイガーよ、いつの日か戻って来い!


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