フットボールの詩「岡田監督の決断、中澤のキャプテンマーク、本気のワールドカップ」 2010W杯

大会1ヶ月前の日記について、まずはあやまりたい。

岡田監督、ネガティブな批判をして申し訳なかった。
あなたは、すへき時期にすべきことをした。
あなたの決断は日本代表の25年を救った。この大会の日本代表を観て、日本人はみな誇りに思った。


岡田監督があの大会前の連敗のなかで、すべきことは、捨てる決断だった。

自分の理想を捨て、中村俊輔を捨て、楢崎、内田などのアジア予選組を捨て、キャプテン中澤を捨てた。


そしてゼロから再構築をしたはずだ。それはあの合宿の最初の数日で行ったはずだ。

岡田構想のベースになったのは、多分、本田ではないと思う。 構想としてまず思い描いたのは、二枚の高い壁だろう。 はじめて日本代表に揃った二枚の屈強なディフェンダー。トゥーリオと中澤だ。

この二人が居るかぎり、後ろは計算できる。最小失点で逃げ切る戦略が見えたはずだ。
再構築にあたって一番最初に決断したことは、このストロングポイントの補強だろう。

しかしトゥーリオにも、中澤にも両者ともに問題があった。


南アフリカで親しみを込めてタナカと呼ばれるようになったトゥーリオは、自他共に認める攻撃好き。リベロのごとく前に行ってしまう。それは熱い、熱いブラジルの血の為せる業。

トゥーリオを制止し、守備に専念させることができるのは中澤だけだ。

しかし中澤には中澤の問題があった。

キャプテン中澤。

腕に巻かれた黄色のキャプテンマークが中澤を縛りつけていた。

空回りする代表、うまくいかない試合、低迷する人気、ギクシャクした監督と選手たち。
そのいやな雰囲気のなかで、キャプテン中澤は孤軍奮闘していた。


再構築における岡田監督の決断の最も重要なことは、多分、キャプテン変更だったはずだ。

まず選手選考で川口を選び、中村俊輔のなだめ役に抜擢。ベンチにキャプテンをひとり置いた。

次にドイツを制した長谷部をゲームキャプテンに任命した。二人目のキャプテンの誕生だ。

そして、中澤から黄色のキャプテンマークがなくなった。

しかし、指揮官は言ったはずだ。

お前は守備に集中しろ、トゥーリオを絶対勝手に前に行かせるな。

そして暗に、言ったはずだ。
キャプテンマークはないがお前は日本のキャプテンのままだ。


中澤が幾度も幾度も身体を投げ出して、ゴールを守った姿を思い出す度に、僕のなかの映像では、中澤の腕に黄金のキャプテンマークが巻かれている。

この黄金のキャプテンマークを思い浮かべるだけで、胸が熱くなる。


中澤とトゥーリオ、四試合に先発、すべて完全出場して、許した失点は、わずかに2点。

日本代表がグループリーグで奪いとった勝ち点は、栄光の6。


日本代表の未来はこの二つの数字の上に築かれる。


今まで僕のなかではワールドカップは二つあった。日本代表が負けるまでの大会と、ベスト16以降の世界標準を観る大会。

しかし南アフリカ大会以降、そんな不遜な姿勢は捨てなければならない。

岡田監督が目標としたベスト4はいまや現実だ。

つい1ヶ月前まで、その目標を信じていたのは、中澤キャプテンを中心にした数人でしかなかったが、いまや日本中が、それを信じている。

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