春と夏の間(まめけねからのお題)

以前、全国の農村地域をあちこち尋ねる仕事を1~2年ほどしていたのですが、これは本当に私の社会人生活の中でももっとも幸福な時間だったと思います。

いわゆるIT業界に何となく入ってから20年くらいになろうとしていますが、毎日朝から晩までずっとデスクのPC前に座っている仕事。自宅と会社の往復の日々では、せいぜい日が暮れる時間が早くなったな遅くなったなということくらいしか季節を感じることもありませんでした。

ところが、農業はこの季節こそ仕事の節目、時には収穫を手伝ったりしながら、天候や風景を変えていく現場に入ると、普段はオフィスで最低限の浅い呼吸をしているのが、胸の奥から呼吸したくなるような気持ちになりました。

文字通り北は北海道から、南は沖縄まで、一面の銀世界や、青く透き通る海、深い緑の山々にある農家を訪れ、仕事じゃなければ一日中眺めていたいと都度思いました。さまざまな現場を訪れてたなかでも、最も美しいなとため息が出たのは、意外にも田植え前の水の張った田んぼ。5月のおわりのころでしたでしょうか。田んぼの水面に空が映り込むはウユニ湖のようでした。

今でこそ日本は米どころですが、稲はもともとは暖かい地域の植物。それを寒い日本でもどうにか育てるための知恵がこの水田です。水を張ることで、厳しい気温から稲を守り、川の水に含まれる養分を稲に供給できます。今は機械で田をならしたり、畔を作ったり、水路の確保ができますが、この絶妙に水を土地にはるため、治水をはじめ耕作のさまざまな技術は日本ならではの農業の為せる技なんだなとしみじみ感じながら見入っていました。

そして田植えがされた後の田んぼも、今は小さな稲の緑が映え、これから育っていく期待感を感じる美しいものでした。

ただあるままの自然ではなく、人の手が入っているからこその姿。ほんの一瞬、この季節でなければ見られない風景なので、オフィスワークの私が再び目にできる日は、しばらくないでしょう。

でもこの季節になると、いつもあの田んぼを思い出しています。実のところウユニ湖にすら行ったことはないのですが、今はコロナであの田んぼもとても遠い場所に感じる生活です。いつかまたあの季節に訪れることができたらよいなと懐かしく思っています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?