カテナチオとジローラモ
「カテナチオ」
サッカーをかじったことがある人なら聞いたことがあるはず。サッカーをフットボールと言ってしまう人なら必ず知ってるイタリアンサッカーの代名詞。ゴールに鍵をかけると言われる守備重視の戦術のことです。
サッカー経験者なら、この「カテナチオ」を実行することの大変さはよく分かるでしょう。
また、どんなチームスポーツにおいても鉄壁の守備を維持し続けることの難しさは理解できるでしょう。
その「カテナチオ」がプレースタイルのイタリア人。やはり国民性が関係しているのでしょうか。
サッカーから考えられるイタリア気質の一つとして、「勝利絶対主義」があると思います。勝つためなら何でもいい。見栄えが悪くても、ファールギリギリでも、退場者を出しても、泥臭く1-0で勝つ。
サッカーが盛んなイタリアだから、結果が重要視されるとも考えられます。そのような文化も多分に影響しているでしょう。
「文化が国民性を創り上げているのか、国民性が文化を創り上げているのか」、掘り下げてみたい。
ゴールはひとりでは守れません。90分間守り切るには、チームメイトとの連携が必要です。鉄の絆が必要です。何かの目標に対して一致団結できる気質もあるかもしれません。
「ジローラモ」
少しズレてしまうかもしれませんが、ジローラモさん、素敵ですよね。イタリア人の中では、ロベルト・バッジョ、デルピエロの次に好きです。
ジローラモさんからは全くイタリアの香りがしません。単なるエロオヤジ感のみ。高田純次感のみ。長く日本で生活しているようなので、イタリアン気質の大事な何かが抜け落ちてしまっているのかもですね。案外、日本人でも海外に長く住んでる人って、すぐに日本人気質抜けちゃいますもんね。なんなら日本人気質が嫌で海外行っちゃう方も多いですよね。そう考えると文化が国民性を創り上げるのかなぁ。
今、イタリアではコロナが猛威を振るってるみたいです。
「カテナチオ」
今こそ「カテナチオ」
フォルツァ!イタリア!
🇮🇹
(前置き長かったけど、イタリアを、応援したかったのよ)
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