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中年オヤジの独り言(いじめと闘う校長)

いじめられた方でした。

関西から関東へ小学校の時に転校しました。
自分で言うのもなんですが、正義感があるほうで、弱いものいじめをしているのを見逃せず、ことあるごとにフォローしているうちに、標的にされました。

私は体格もよく運動もできたので、リーダー格にタイマンを申し込み、とことんやりました。相手はそこまで真剣に考えていないので、本気で来られると「めんどくさいヤツだな」といった感じを受けたのでしょう。
それ以降は、手を出しては来ませんでした。

すべての人がそのような対応ができるわけでもなく、内容もそれぞれです。どうすればいいのか、ずっといじめのニュースの度に考え、教育委員会の説明や先生の対応に違和感を感じておりました。

なぜ、先生が分かっていないのか(分からないハズがないの意。少なくとも違和感を感じる場面は必ずあるはず)教育委員会はなぜ、いじめを認めないのか。

詳細が分からない一般人の感覚でも分かる話ではないでしょうか。

今、気になっているのは北海道旭川市のいじめによる凍死のニュース。
自慰を強制した動画があり、誰が見ても明らかにいじめがあったと判断できるのに、教育委員会は認めない姿勢を示しています。
このような対応を見るたびに、行政制度が変わらなければいじめはなくならないのではないかと感じてしまいます。

教育委員会は認めたくない、それは、教育委員会の内部で地位を得るためには幹部に汚点をつけてはならない。そのため、教師からいじめの報告があっても対応を行わない。

教師も、報告を上げても問題にされない、真剣に取り組まれない状況を繰り返すうちに、無駄だと認識してしまっているのではないでしょうか?
これはすべて私の推測ですが。
事実はもっと難解で複雑なのでしょう。でなければ、とっくに解決しているわけですから。

いじめに対しそんな印象と認識をもっていた私ですが、昨日ネットに
「いじめと戦う校長」の記事を見つけました。

少し頑張っているきれいごとの記事だろうと思って読み始めましたが
違いました。

初めて、これだっ!現場で解決へ導ける対策ではないかと思える取り組みに出会えました。

(以下毎日新聞の要約)
愛知県西尾市の市立八ツ面(やつおもて)小学校の校長の取り組み。
新人の頃の小学校の男児が、中学生になって受けたいじめを苦に自殺したことがきっかけとのこと。
赴任する先々で、その彼の命日に遺書の文面を全教員に配布。主に学級ごとにいじめを予防するための取り組みを教員たちに呼びかけている。
カナダで始まったピンクシャツ運動から、毎月1回、多くの教員がピンクのシャツや小物を身につけて登校し、心に響きそうな本を選んで読み聞かせるなど、それぞれ工夫を凝らしている。
校長は「若手が中堅やベテランに相談するなど、職員室で学び合いが始まった。子どもだけでなく先生たちも育ってきている」とのこと。

トップが意識を持って取り組めば、改善していく土壌は育つこと。
そして、それが広がれば、組織全体も変わらざるえを得なくなること。
行政改革が必要だとか言っていった自分が「まだまだ分かってないな」と感じさせられる内容でした。

この活動が広がり、教師、生徒のいじめに対する教育から、いじめがなくなることを期待したいと思います。

PS.
いじめは、対象を本当に憎んでいることは少なく、ヒマでやることがない人間が暇つぶしにターゲットを探し、1対1ではなく、複数で嫌がらせをおこなうため、真剣にいじめているわけではないところが、タチが悪いところ。

学校では、ヒマな人間を作らない。各人に目標を持たせ、それに向かって取り組ませる教育を行えば、いじめなんてなくなるのでは?と理想論をもっておりました。改めて考えると、とてもきれい事で、様々な環境の人間全てに、目標を持ちそれに全力を注がせられることなんてできるわけないと。

毎日新聞の記事の校長のように、コツコツ教師と生徒に教育をしていくことが解決につながる道なのかなと考えさせられました。
今も、どこかで悩んでいる人がいるはずです。早く、ゼロにすることはできないのでしょうか?ハムラビ法典にならい、やったことをすべて自身が経験させる刑罰でも作らなければなくならないのでしょうか・・・・・・・




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