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「BANANA FISH」の二人は恋愛か

漫画「BANANA FISH」を読みました。
読むのは2回目3年ぶりぐらいです。
少年たちの刹那を切り取った儚い物語。
時代設定やキャラクターの年齢が少しでも違えば醸し出せない空気感がとても印象的で、私はアッシュと英二の恋愛のような、言葉に言い表せられない関係がとても好きです。

初めて読んだ時は物語の面白さに読む手が止まらず、もう後半など大興奮しており振り返ると「バナナフィッシュ」が結局どうなったのかなどほぼ記憶になく、頭の中はアッシュと英二の事ばかりでした。
そして二回目はまだ少し冷静になって読みましたが、記憶していたよりアッシュは「バナナフィッシュ」が悪用されるのを防ぐために動いていました。
ゴルツィネの関わるペーパーカンパニーから大金をふんだくるシーンなんて全く記憶にありませんでした。何を読んでいたんだ私は。

とはいえやはり物語の核は二人ですよね。
あれだけ互いを思い合うアッシュと英二。
19巻あるうち、二人が同じ時間を過ごしているのって実は結構少ないんですよね。
離れ離れになっている展開が多くて、普通に考えて急に出会った二人がこうもお互いを思い合うなんて普通あるか? 平和な日本で育った英二が命をかけてもアッシュの元に居ようとするその気持ちはどこから? と思っていましたが、その答えは全て英二の手紙にあったんですね。

「"君を守らなければ"とずっと思っていた」

アッシュはことあるごとに英二を守ると言い、言葉通りそうしてみせて、叶わぬときには仲間にそれを託したりもしました。
でもその命をかけても守りたかった英二こそアッシュを守らなければと思っていた。
そんな事を知ったらそりゃぁ気も緩みますよ……。

アッシュは孤高のリーダーです。
部下たちはなんでも速やかにリーダーのアッシュへ報告し、誰もがアッシュを崇拝するように慕っています。
そしてその上下関係が強固であればあるほど、リーダーは孤独です。
アッシュが帰らなくて心配する英ニに、部下たちはリーダーが何してるかなんていつも知らないと言います。リーダーは自分のことは何も話さないからと。
一方の英二は手放しにアッシュを心配し、無鉄砲なやり方に真正面から意見を述べる事もあります。
そういう存在がいる事にアッシュは「俺は今幸福なんだ」と言って……それがもうこの二人の関係の全てですよね泣。

「BANANA FISH」の後日談として「光の庭」があるわけですが、もちろん今回「光の庭」も合わせて読み直しました。
この作品でいい番組胸に刺さるのは、やはりシンが手紙の事を英二に言わずに抱えて生きてる事を英二は知ってたというところですよね。そしてそれをわかっていて見ないふりをしていたと。
シンいい男すぎないか……。
本編よりもこっちの方が初回と二回目で印象が変わりました。
初回はシンっていつのまに英ニにそんな淡い恋心を……!?と思った記憶がありますが、二回目にはそれをあまり感じませんでした。
永遠に英二を手に入れたアッシュに敵わないと思っているのだと思っていましたが、シンは何より英二が幸せになる事を願っているんだろうなと。

そして何より「光の庭」が切ない理由としては、英二やシンが変わらず生きていて、時が流れている事なんですよね。英二は歳を重ねて変わってしまい、アッシュだけ時が止まったままで。
特にシンがしっかりと大学に通い実業家として日々を頑張っている姿を見ていると、嬉しい気持ちと同時に複雑な気持ちになります。
アッシュの死からほんの7年後。
たった7年で、あの頃命を死の直前に晒していたシンや英二が平和に生きている。遠い過去のように穏やかに暮らしている。あそこで死ななければ、アッシュもこうして何もない平和な日々を過ごしていたかもしれないと思うと……。

「光の庭」は「BANANA FISH」ロスの読者へ救済の物語として語られる声を聞きますが、私は絶望にも似た悲しさを感じます。「光の庭」によって、アッシュが真に過去になってしまったようで。

この切なさは、アッシュと英二の関係が友情だけとは言い切れず、恋愛と言うほど単純でもないところにあると思います。
複雑な生い立ちのアッシュにすれば、掛け値なしに自分を守ってくれる人なんて初めて出会っただろうし、母のような、兄のような、友達なような、何にも変え難い特別な存在。その感情が恋愛に似てるのはもはや必然ではないかと思います。
アッシュが死ななければ、その後英二への気持ちが真に恋愛になっていた可能性はあると思います。でもアッシュはその気持ちが何かを考える間も無く死んでしまったのではないかと思います。
だから「BANANA FISH」は人の胸に刺さる切なさがあるのではないかと。

本当に良作ですよね。
また深く読み返したいと思います。

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