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好きなタイプを他人に言えますか?

 ゲイ同士で仲良くなってくると「好きなタイプは?」という話題にいつかたどり着く。いや、相手がゲイじゃなくても私がゲイだとわかると、「どんなタイプが好きなの?」という話に行き着く。私は好きなタイプを言うのが苦手だ。なんとなく言ってろくなことがなかったという感覚が強い。恥ずかしいし。言わなくてもいつも描いてる絵を見れば何となく分かるだろってきもするし、なんか容姿外見で恋をするのはそれが一般的でも口にするのは無粋なことなきがするし、何より私の好きが誰かの迷惑にならないか、私の好きが災いをもたらさないか、そんな事を考えてしまう。

 今から15年以上前のこと、絵かきが集まるネット上のコミュニティでゲイバレした。男を描いたら一発でバレた。ゲイだと見抜いた誰かがこの絵はゲイの絵だと吹聴して回ってまぁアウティングに近い何かが起こった。バレたあと3日間くらい寝込んでなんだかんだ言ってコミュニティに復活して、初めてのゲイ友もできたんだけどそいつがデブ専の童顔イケメンで私のことをさんざんからかってきて玩具にしてキショガリ呼ばわりして自己肯定感がだだ下がり……って話はまぁ今回の趣旨とずれるからこのへんにしておくとしてだ。当時はネットつながりで人と会うなんていうのは、一般的でなく、最初はお互い実在さえ危ぶまれる感じであったが何故かたまーーーーーにオフ会とかで会ったりコミケで会ったりするようにして少しづつ親睦を深めていくようになった。

 そしてとある絵描きD氏という絵描きがいて、きちんと日々の練習と学習に裏打ちされたデッサン力もセンスもある絵描きであった。デタラメに落書きしているだけのまさいぬさんとは大違いだ。会いさえしなければただの絵がうまいネットの知り合いの一人くらいな感じであったのだが、オフ会で会うことによってD氏がガチムチ体育会系ノンケ男性であることがはっきりとわかってしまったのだ。会った瞬間に惚れたとかそういうことはなかった。というか当時はゲイであることを両親に顔向けできない社会に受け入れてもらえないと思い込んでいて他人を好きになるセンサーを自ら破壊していたので反応するはずもない。だが、周囲のメンバーが「まさいぬ君肉付きのいいガチムチが好きならD氏がタイプなんじゃないの」とっさに「そんなことない」と反応するも、オフ会の席でお節介にもD氏の隣に座らせられた結果、破壊したセンサーが、反応するはずもないセンサーが反応してしまった。それでおどおどしてたら不審がられてまぁ色々バレこの好意がD氏に人づてに伝わってしまったのだ。

 それからまさいぬさんがD氏がタイプ、D氏みたいな男がタイプということが存分に伝わってしまい、オンライン上でもなんか気まずくなる。だがD氏から「特に気にしないっすよ」という言葉を聞いてとりあえず一安心である。もとより好きになるセンサーを丹念に破壊しそれでも反応してしまった相手にはとことん距離を取るという動きをしていたのだが、好意があるばっかりに露骨に距離を取るのはかえって失礼かなと思い普通にその後接するようにすることとした。

 だが次のオフ会のときのこと、D氏が自分は太っているというのをコンプレックスとして落ち込むことを何度も目にしているうちに、励ましたくなってついうっかり「筋肉で肉が増えてる文にはいいじゃないの、服もいい感じだし」と腹の袖を引っ張ったら……

「さわるな!」 

の一言とともにエルボーが一撃。いや実際力を込めてエルボーしたわけではない、というか冗談半分で払いのけられればそれでいいくらいの感じであったが、その一撃は当時の今以上に繊細でめんどくさいまさいぬさんには精神的ショックの大きい一撃となってしまった。その後隅っこでうずくまるまさいぬさん。それ以降D氏に目をなるだけ合わせないようにして、でも見るときは睨んだようになってしまい、後日、友達伝いにあのあとD氏がまさいぬさんの目線が怖いって言ってたことを聞いた。こうしてまさいぬさんの恋愛未満の何かが終わった。

 この顛末は「さわるな事件」として15年以上経った今でも絵描きコミュニティ内でおもしろエピソードとして受け止められている。今でこそそんな時代もあったなと振り返るけれども、当時は興味本位とお節介でD氏とくっつけようとした周囲の人達を態度には出さなかったものの内心恨んだものであった。いや責任転嫁も甚だしいのだが。でもそんなこんなで好みのタイプを安易に言うのは危ないなって学習したのは確かだ。今ではD氏は絵描きコミュニティに顔を出さなくなってしまったがどうやら結婚したらしいという噂が入ってきた。こっちだって未だに彼氏はできないけれど、ようやくセックスぐらいはできるようになったんだ……。でも思う……誰かにセクハラしてしまうのが怖くて、自分の心の他人を好きになるセンサーを壊し、その上で惚れた相手からは遠ざかる努力までしてきたのに全部無駄になったというか、そもそもそういう努力しなきゃいけないように追い込まれてたあの時代は何だったのだろうか。

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