接客が大好きだ。

大学時代、居酒屋でアルバイトをしていた。
三軒茶屋の駅から徒歩10秒、フランチャイズの店だ。
30人くらい入れるものの、早めの時間は割とまったりしており、お客様とお話しすることもできる店だ。
そのときの常連の方のお話。

【裕福で気のいい方だった】


常連のAさんはよく夫婦でいらしていた。
お二人とも60代くらいだっただろうか。
裕福そうで、とても気のいい方々だ。
仕事はリタイヤされており、年に何度か海外旅行に行くそうだ。

活発でよくお話しするAさん。
いろんな国への旅行先でのことを教えてくれた。
明治大学の学生だった僕のことを「明治の」と呼び、18時から出勤の僕が17時からまったりしていると、フランチャイズの居酒屋なのに「明治のも出勤まで時間があるなら座って一杯飲めよ!」と誘ってくれた。

奥様はAさんほどよくお話しされる方ではないが、いつもニコニコしておりAさんがお酒を飲みすぎそうになると「お父さん、そろそろ…」と止める方だった。

僕は当時大学2年生だった。
お二人のお子様が20代後半で、「子供たちが酒が飲める歳になった頃を思い出す」と、とても良くしてくれた。

孫が3歳くらいだと言っており、遠くで住んでいるのでなかなか会えないがこの店にも連れてきたいものだと常々言っていた。

【Aさんのお誕生日】


Aさんのお誕生日の数日後に夫婦でお越しいただいた。
Aさんは糖尿病を患っており、普段は糖質の少ない焼酎を飲んでいたが、誕生日付近くらいはと本当は大好きな日本酒を飲んでいた。

日本酒も焼酎もいつもより多く飲まれていたが、ずっと気がよく楽しそうにされていた。

帰り際に、「この間、誕生日の旅行でハワイに行ってきたんだ」と、ハワイ土産のTシャツをくださった。
僕にサイズのぴったりな水色のTシャツだ。外行きにはなかなかしづらいが、普段使いによさそうだ。
大事に着ようと思った。

この日も「早く孫を連れてきて明治のにも会わせたい」と言っていた。

【奥様とお子様、お孫さんだけがいらした】


その後、Aさんは半年ほどいらしていなかった。
しばらく来ていただいていないなあと思っていたある日、奥様とお子様夫婦、お孫さんの4名でいつもの早い時間にいらした。

せっかくお孫さんを連れてきていただいたのに、その日は早い時間から店内が少しバタバタしており、なかなかお話しできなかった。

まだバタバタしていた頃、サラダを提供した。
複数人のお客様の際、お取り分けをするサービスがあったので僕がお取り分けをしていた。
その最中にお話しができるので、僕はこのタイミングでお客様とのコミュニケーションを取ることが多かった。

「今日はAさんはいらっしゃらないのですね」
「あの人、何ヶ月か前に亡くなったんです」

…え?
サラダを取り分ける手が震える。

「その少し前、シンガポールに行ったんです。孫たちと一緒に。帰ってきて一週間くらいして、ぱったりと倒れて、そのまま。」
「明治の君に孫を見せたいんだとよく言っていたでしょ。こうして会わせられてよかった」

もうサラダの取り分けは終わっている。

「子どもたちは遠くに住んでいるからなかなか会えないでしょう。こうして君とお会いできるのがとても楽しかったといつも言っていましたよ」

店内は混雑している。

僕は「いつもありがとうございます。皆さんにもお会いできて嬉しいです」
としか言えなかった。今でも悔やんでいる。

奥様はお子様家族と遠くで住まれているそうだ。
その後も半年後に一回だけ奥様とお子様家族でお越しいただいたが、それが最後だった。

【接客が大好きだ。】

僕は接客が大好きだ。
普段出会わない方と出会えること。
目の前で楽しんでいただけること。
そんな方のご好意を目の前で受けられること。

一回一回の出会いを大切にしたい。
タンスに大事にしまい、普段使いはできなくなってしまったハワイ土産のTシャツをたまに引っ張り出しては思い出すものだった。


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