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演技と驚き◇Wonder of Acting #17
宮廷のなかで常に道化という役を演じなければならない道化師が役の外で見せた表情。「お前もまた演じているのだろう?」と問うような目から見るものは逃れることができない。( 寄稿:yuuki @oraly_ )
[ ”Bufón don Sebastián de Morra”,1644 ~Diego Velázquez ]
01.雲水さんの今様歌舞伎旅(ときどき寄り道)
第六回:もうひとつの歌舞伎の話 ~箕山 雲水
チョンチョンチョン…と拍子木(柝)の音で幕が開き、閉まっていく。今まで何度となく体験してきた当たり前の光景で期せずして涙することになったのは、前進座の五月国立劇場公演のうち『俊寛』でのことだ。
『俊寛』の主人公である俊寛僧都は、鬼界ヶ島に流されて希望のない日々を過ごしている。ようやく都から赦免船が来るのだが、ともに流人としてすごしていた成経と、結婚を決めたばかりの島の女・千鳥のため、自らのチャンスを犠牲にして本来船に乗れない千鳥を船に乗せる。俊寛は一人島に残ると決めたもののやはり複雑な心持ちで岩にのぼって船に向かって叫び、やがて船が遠ざかるのを見て微笑み(この劇団の俊寛は最後に微笑む)、そこで「チョーン」。それまで冷静に見ていたのに急に涙があふれてきた。俊寛の複雑な胸のうちがすべて語られているような、重さの中に希望をはらんだその音を聞いていると、これまでここで俊寛を演じてきた亡き先人たちが彼岸から次世代に「がんばれ」と微笑んでいる姿が目に浮かぶような気さえした。柝を打っている人も劇団の人なのだろう、その歴史を背負い、作品を愛しているのが手にとるように伝わってくる。
前進座は、今年で創立90周年を迎える劇団だ。この国立劇場公演は周年記念の歌舞伎公演で、この劇団が長く上演してきた『俊寛』、そして1973年に初演されたオリジナルの『たが屋の金太』を中心に、それぞれ『茶壷』と『操り三番叟』の狂言舞踊がつく。『たが屋の金太』は前進座が最も得意とする長屋の話で、いつも通りここがやる長屋の話には泣かされるのは、創立当初から長い間、長屋でともに暮らしながら芝居作りをしていた素地があるからだろう。
「ああ、あの映画のなんとも言えない空気は、これか」頭をよぎったのは『人情紙風船』のこと。ちょうど先日ひさしぶりに見たばかりの映画だ。
『人情紙風船』といえば、戦争で死んだ山中貞雄監督の遺作で「髷をつけた現代劇」と呼ばれるジャンルのうちで最高傑作と言われる作品だ。歌舞伎の『髪結新三』を原作にしながら、貧乏長屋での出来事を淡々と描いていく。ほとんど音楽が入らない演出で全体に静かな作品にもかかわらず、目には見えない大きな川の流れのようなものが人々を押し流していく様子がなんとも哀しい。この、長屋の時代と映画が撮られた昭和を繋いだのが、山中監督とは3度目のコンビを組んだ前進座。河原崎長十郎丈や中村翫右衛門丈をはじめ、ほとんどの出演者が(女性も含め)前進座の人で、歌舞伎をやる劇団らしく「いかにもその時代」の空気感を映画の中に現出させている。さらに、長屋の雰囲気だ。首吊りが起こったのを覗きに行く様子、おかみさんたちがちょっとした会話をしている様子…そのどれもが、まるで実際に長屋に行って撮ってきたかのようにリアルなのだ。とても作り事とは思えないようなそのリアルさがあるから、今の自分たちにも刺さってくる。
『たが屋の金太』でも、このリアルが滲み出ている場面がいくつもあった。同じ長屋に越してきた姉弟の敵討ちを、皆で一生懸命不器用に助けに行くあたりなど、日常をともにする人たちだからこその空気感で、ソーシャルディスタンスの時代にはちょっとうらやましくなるくらいだ。それに舞台でも映画でも、どの一人もきちんと生きている。通りすがりであれ、長屋の井戸端でしゃべっている役であれ、ただの一コマではない。『俊寛』の柝と同じだ。しっかりと作品の中で息づいている。そこが、前進座の良さなのだ。この時代では厳しいものもあるのだろうが、大歌舞伎とは色が異なるこういう歌舞伎がこれからも残っていくことを切に願うばかり。
それにしても、東京に来てすっかりご近所とはかかわりがなくなってしまった。このコロナ禍がおさまったら、少しはご近所づきあいというものもしてみようか。
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02.今月の演技をめぐる言葉
ヒナタカ@映画 @HinatakaJeF source >
5/21公開『茜色に焼かれる』俳優陣みんな素晴らしいんだけど特に尾野真千子と片山友希はすごすぎだよ…完全に現実世界にいる人として心の底に住み着いた。そして石井裕也監督が今の世の理不尽に強い強い怒りを込めたことがめちゃくちゃ伝わる。だから救われる。ありがとう、この映画を作ってくれて。
「寝ても覚めても」が大傑作になったのは濱口竜介監督の手腕が一番なんだけど、やはり東出昌大の存在がでかいと思う。一人二役って昔からよくあるけど、この役の場合、不気味な感じが出ないとサスペンスにならないんだよね。で、不気味なんだけど安心感もないとダメで、その両方を兼ね備えてるんだよ。 pic.twitter.com/K8NyxbNEHT
— オクターヴ (@TreeTre93040406) May 1, 2021
女優に対してこの表現を選ぶのはなんか負けた気がするのだけど、由紀という高校生を演じる朝倉あきの「透明感」はすばらしかった。クルマの窓の外を眺める目つき、パタパタと足を揺らす動き、猫のように床に転がる姿。どこか落ち着きがなく、かつあどけない動物的な可愛らしさに溢れている。
— じゅぺ (@silverlinings63) May 4, 2021
良い俳優は感情や状況の抱えきれなさを演技として抱え切るのではなく、抱えきれないまま自分をコントロールするものだと思う(これが特段稀有なことではないから俳優というのはすごいと思う
— pulpo ficción (@m_homma) May 5, 2021
「海辺の彼女たち」俳優の演技だと何度も思おうとしたがそれを許さない眼がこちらを見ていた。何人もの彼女たちが生きている世界=日本を見る眼差しなのかもしれない。景色は日本なのにあの雪の寒さと暖をとる火の色を私は知らなかった。「僕の帰る場所」とともに忘れられない映画。 pic.twitter.com/0QdwRPa5h6
— ラプコ (@andy055183) May 14, 2021
演技の巧拙を語る際、滑舌がどうこうとか何をやっても○○とか言われますが、私にとってはあまり重要な要素ではありません。台詞を覚えて上手に言うことよりも、共演相手とともに創作世界でリアルに生きられる役者かどうかこそ、私にとっては大事かなぁ。自分と同じ地平線に立っていてほしいんですよ。
— じぇれ@映画アカ (@kasa919JI) May 20, 2021
尾野真千子さんを好きなのは、共演相手の芝居をしっかりと受ける役者だから。その受けも柔軟で自然。でもっていざとなれば「さぁ、私のターンよ!」と言わんばかりに壮絶な心情の爆発を見せてくれる。男ゆえ理解しづらい女性心理も、尾野さんが演じると自分の痛みのように感じられる。ホントいい役者! pic.twitter.com/GfJ1vk4nw6
— じぇれ@映画アカ (@kasa919JI) May 20, 2021
田村正和さんの演技は、おそらくリアリズムの追求とは異なる戯画化され、時代劇的な面白さを色濃く残したものだという印象。おしなべて、リアリズム的な世界、精密にしてゆくことのみが注目される世界の中で、戯画的なものの価値を見直したいと言う欲求が、田村さんファンにはある。
— easygoa46 (@easygoa46) May 20, 2021
水族館劇場は、演技の様式化に向かうのでもなく、戯曲世界の全体性の表現に向かうのでもない、戯曲の詩性と現象のズレみたいなことが起きていて、それが堂々とズレているかんじがたまらない。「セリフを覚えられない」年配俳優や、ものすごく声の小さい俳優もいるのだけど、なんというか、
— アベ ケンイチ (@kabe_kudo) May 23, 2021
イシダコ @unforgiven_0909 source >
ガイ・ピアースも良かったけど、さらに良かったのはやっぱジェイミー・ベルだな。あの小狡さと憎たらしさ、わりと新境地開拓の域だと思う。すっかり大人の俳優で、演技力の高さは相変わらず安定してる
SPAC俳優の大高さんに質問したら、おもしろいお話してくださり、その影響で人形浄瑠璃に興味をもち買った本。
— 中村彩乃 (@clabchopper) May 28, 2021
「人形遣いの気持ちと人形を表現する気持ちは別」
という言葉の深淵の深さに右往左往してる。#中村の静岡滞在記録 pic.twitter.com/uiGUoOuHOE
上手く言えないけど、仲野太賀って画面の中の人じゃないのが本当に凄いよね。この人ってこっち側に入って訴えかけてくるというか、画面を越えてくる演技をしてくるから親近感湧くし応援したくなるし、作品の中の人なのに視聴者との距離を全く感じないよね。 #コントが始まる
— せっきー@ドラマ実況垢 (@KO6IoFJdp7pjTab) May 29, 2021
引用させてくださった皆さんありがとうございます。††
03.編集人より(いくつものお願い)
相変わらず心情的には自転車操業です。ほっておくとどんどん、私の世界、みたいなことになる。このマガジンを外に向けて開きたいのです。今月、タイトル画像を公募したところ巻頭の言葉とあわせて応募してくださる方がいて、ほんとうれしかった。yuukiさん、ありがとうございます!
ってことで、いくつものお願いです。
壱:タイトル画像募集します
著作権の問題のない画像で、<演技と驚き>というマガジンに似合いそうなものであればなんでも。もちろんオリジナルでも構いません。巻頭の言と一緒に送っていただいても、画像のみでも構いません。
弐:この人の記事読んでみたいって方募集します
凄い気になるアカウントだけど、まとめて書いたもの読みたいなあ。とか、舞台のこと凄い詳しいけど、偏愛する俳優について書いたもの読みたいなあ。とか、そんな気になる方をご紹介ください。私も読んでみて(あまりに畏れ多くなければ)勇猛果敢に記事執筆依頼をします!
参:言葉集めてくれる方募集します
ツイッターとは限りません。演技に触れた驚きをすくい取った言葉、そのまま時間とともに流れてしまうのはもったいないような言葉。ぜひお寄せください。
肆:俳優論・演技論募集します
「論」!言い過ぎたかもしれません。偏愛する俳優を、驚愕の演技を、今の言葉で残してみません?記事用アカウントを持ってなくても「演技と驚き」があなたの衝動をお待ちしています。
以上、壱と弐のための新フォームも作りました。旧来の投稿フォーム含めてお気軽にどうぞ!
新フォームは > こちら
以前からの投稿フォームは > こちら
編集人のTwitterアカウントは > こちら (DM開放しています)
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04.こういう基準で言葉を選んでいます
舞台、アニメーション、映画、ドラマ、etc。人が<演技>を感じるもの全てを対象としています。編集人が観ている/観ていない、共感できる/共感できないは問うていません。熱い・鋭い・意義深い・好きすぎる、そんなチャームのある言葉を探しています。ほとんどがツイッターからの選択ですが、チラシやミニマガジン、ほっておくと消えてしまいそうな言葉を記録したいという方針です。
引用中のスチルの扱い
引用文中に場面写真などの画像がある場合、直接引かず、文章のみを引用、リンクを張っています。ポスター、チラシや書影の場合は、直接引用しています。
05.執筆者紹介
箕山 雲水 @tabi_no_soryo
兵庫県出身。物心ついた頃には芝居と音楽がそばにあり、『お話でてこい』や『まんが日本昔ばなし』に親しんで育った結果、きっかけというきっかけもなくミュージカルや歌舞伎、落語を中心に芝居好きに育つ。これまで各年代で特に衝撃を受けたのは『黄金のかもしか』、十七世中村勘三郎十三回忌追善公演の『二人猩々』、『21C:マドモアゼルモーツァルト』
06.編集後記
お願い事をまとめて書いたので、ここはのんびりと。できれば愚痴もなく。人が人の姿に感銘を受ける。それも日常の中ではなく、フィクションの上で。ってなんだか不思議なことだと考えていて(伝われ!)、その不思議を集めたくてこのマガジンを発行しました。1年超えて、ますます不思議な気持ちが増してるだけなのですが、自分も芝居を再開して余計に演技の謎を深めてしまいました。どこにたどり着くのかわかりませんが今しばらくお付き合い願えれば。6月号は6/27(日)発行です。せば!
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