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56年間エヴァンゲリオンに触れてこなかったものが『シン・エヴァンゲリオン劇場版𝄇』を観た

(書こうと思って忘れていたものを発見しました。途中までの草稿をそのまま、公開します 2023/7/2)

世代的には重なっているのだ。大学の時にテレビでの放映が始まったのだから。その頃は今ほどテレビを見ない生活でもなかった。だから、見ていてもよかった。

個人的な話を書く。

エヴァンゲリオンを上気した顔で私に教えてくれたのは、後輩の女性だった「使徒。使徒のデザインが凄い!ぜったいみてください!」少し好きなひとだった。のだけど、彼女は僕がほんのり苦手な先輩と、そのころ付き合っていた。翌日か翌々日か、その先輩が、エヴァンゲリオンを推してきた。「誰が見るもんか!」そう思いますよね。

ところで、この先輩は、なぜか僕がほんのり好きになった女性と、気が付くとつきあっているのだった。それも3人も!

閑話休題

かくして何となくエヴァンゲリオンから遠ざかってしまった。もともとガンダムファーストシリーズで巨大人型戦闘機アニメに満足しきっていたこともあっただろう。一部熱狂的な盛り上がりに、ちょっと引いてしまったこともあった。結局機会は何回もあったのに、劇場版も一切見ないまま来てしまった。

そんな56歳男性が『シン・エヴァンゲリオン劇場版𝄇』を観た。以下、その感想だ。

最初にこれまでの振り返りがある。が、情報量が多すぎ、全くわからない。なんたらインパクト何回あんねん。ああこれがシンジくんの内省というやつか。なんか微妙にエロいことしてないか。そんな断片的な印象を持ちつつ、突然パリのシーンだ。赤い。この赤さは汚染のイメージで、こっちサイドが浄化に来ているのだろうとはわかる。浄化にタイムリミットがあり、それを阻止する自動戦闘隊が登場する。戦闘。おお今突撃したこれがエヴァンゲリオンなんだな(多分)初アイデンティファイ。

わ。ギターかっこいい!わー回る回る回る。炸裂する炸裂する。これ、立体ゼビウスか?至福ぅー!の戦闘。特に2回目の鑑賞はドルビーシネマの底力に痺れた。

このシーンの緊迫感だけで、もう元取った気分にはなった。最初のつかみ大成功ですね。

そしてここからあれ果てしなくね?と続くシーケンス(さっき知った言葉ですがAパートってんですか?間違ってたらすみません)。

そっくりさんと眼帯の女の子に見守られて、シンジ君によりそうでもなく、突き放すでもなく、映画全体が何かを待っているようなこのプラトー。これも2回観て、確信したのですが、これは煉獄だったんですね。

これまでの物語は生き地獄だったのだろう。それをくぐり抜けなお、まず普通に生きていくことを描かずには映画をおわらせることはできない。そしてその生はけっして苦悩にだけ満ちたものではなく、小確幸の連続のようなものでなければならなかった。

何故なら、その日常ごと、この世界を終えなければならないからだ。

(まで、未完)

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