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「AITO(アイト) 私だけの愛人(ヒト)」


今朝、大きな荷物が届いた。
中身はわかっている。
待ちに待った、最新のヒューマノイド2070。
今回は、メチャクチャカスタマイズしているから、絶対に間違いないものだと、かなり期待している。
ヒューマノイドはもう何台目だろう……
4台?自分で購入するのは3台目かな……
この30年で、凄まじい開発スピードだ。
かつて私もそこにいた。初代ヒューマノイドを開発していた一人だ。
もう遠い昔……
私の元に来るロボたちは、なぜか不具合が多く、修理不能になってしまい悲しいお別れをしなければいけなくなる。
本当になぜだろう……こんなに壊れることは、そうそうないはずなのに……
今回は壊れないでほしい。
壊れて行くのをみていると、老いを感じさせられて不安に駆られてしまうのだ……


ライアン


私が所有した最初のヒューマノイドは、まだ発売前のものを「餞別」にともらったものだった。
「餞別」と言うと軽く聞こえるが、解雇される私への手切れ金、と言ったほうがいいかもしれない。

私はマリ。
私が働いていた当時、アメリカのベンチャーだった小さな会社は、このヒューマノイドプロジェクトで今では知らない人がいないくらいの世界企業になった。
私はここの創設メンバーの一人で、数人で始めたこの会社に縁あって、仕事をさせてもらっていた。
開発当初は、大学で同じ研究をしていた仲間たちと、なんとか資金を集めながら細々とやっていたが、人工知能の分野で素晴らしい成長を見せていた企業とタッグを組めたことで、開発スピードは一気に加速していった。
開発経過を公表する度に、「資金提供したい」と申し出る大企業がわんさか出てきた。
この頃になると会社の規模は膨らみ、資金に困ることは無くなっていた。

開発中のヒューマノイドは「α(アルファ)」と名付けられた。
世界中のメディアで情報の先取り合戦が行われているほど、注目を浴びていた。
そんな中私は、皮膚や表情の開発と、広報を担当していた。

今回奇しくも解雇になり、なぜ「α(アルファ)1号」をもらうようになったのか……

「餞別に」ともらった「α(アルファ)1号」は、日本に戻ってからしばらく働けない私への、仲間からの最後のチップの様なものでもあったかもしれない。

「α(アルファ)1号」と実際に一緒に暮らし、使ってみてレポートを毎日送ること、それで多少のお金をいただけることになっていた。
しかしながら、「餞別」とはいえ、当時は未発表のヒューマノイド。
開発に数十億ドルは下らない資金が「α(アルファ)1号」には投下されていた。

※発売までは他人の目に絶対に触れさせないこと。
情報流出時には国家予算ほどの賠償金を請求される。これだけは死んでも守らなければならない会社と私との最後の約束だった。

とは言え、発売までは半年を切っていて、世界が注目している「α(アルファ)」を独り占めできる優越感は、かなりものだった。
特に「α(アルファ)1号」は私にとって特別な存在。
行き場をなくした「α(アルファ)1号」が、私のところに来るとは思っても見なかったけれど、データは欲しい、しかし、会社に置いておく訳にも行かず、ましてや解体もできないということで、隠しておく上でも、私が最適だったというわけだった。


退職する人に、なぜ、発売前のものを?
と思われるかもしれない。
最初は、私も同じこと思った。
これは、解雇されるに伴い、権限放棄と引き換えの「餞別」なのだ。



私は当時、年下の大学生ライアンと付き合っていた。
初めは「α(アルファ)」のモデルにとスカウトしただけだったのだが、溺れた。
彼は若く、美しかった。彼の美しさと、若さに、私は溺れてしまったのだ。

スカウトした時に、彼のまっすぐな目にまるで催眠術にでもかかったかのように、
「α(アルファ)」の開発のためのスカウトだと、極秘情報を話してしまった。そのことを会社のメンバーに言えないまま、彼がモデルに採用された。

ただのちょっとした撮影で、本来は少しのチップを渡し帰ってもらう予定だった。
しかし、彼は私を訪ねて頻繁に会社にくる様になった。私の帰宅時間に外で待ち伏せをするようになったのだ。

勤めていた会社は、表向きにはロボット開発をしているとは解らない様になっていて、なるべく目立たないように、ひっそりと研究開発をしていた。

もちろん、何度訪ねてきても簡単に社内には入れるわけはない。
ここ数日は遅い時間まで残っていたから、もう、待ち伏せされることは無くなっていた。
今日はいつもよりも随分遅くなった……。
その日の大雨は、夜遅くなると小降りになるという予報だったので、小降りになったのを見計らい、会社を出て車に乗った。
外に出ると、雨はまだ、そこそこ降っていた。

もういないのは分かっていたが、いつも私を待ち伏せする時に彼が座っているベンチに目を向けた……

なんとそこには傘をもちスーッと立っている彼がいたのだ。
その空間だけ街灯が灯り、浮き上がった様に見えた。

「どうして?」と私は声を上げた。
彼は、私の車をじーっと見ていた。
手を挙げるでもなく、駆け寄るでもなく、左から右へ移動する私の車をただ見ていた。
この様子はスカウトをする時に感じた、「ロボットっぽい」という感覚に輪をかけた。
あまりの出来事に、私は車を停めた。
「何をやっているの?」そう声をかけると、
「あなたに聞きたいことがあって……」と、とても寒そうに答えた。

「私に何を聞きたいの?」と車に乗ったまま聞き返すと、雨がまた大粒になり二人の間に降ってきて、会話をかき消した。
コンタクトを取ることが危険なことはわかったいたが、この激しい雨音では、話すらできない。
「とにかく乗って……」と彼を車に乗せてしまった。






催眠術にかかった私は、そのまま恋に落ちてしまった。

「なんて綺麗なの、もっとよく見せて……」
「こんな綺麗な顔を独り占めできるなんて、私は世界一幸せ者だわ……」
そういうとライアンは喜んだ。
特に、顔を褒めるとても喜んだ。
「俺の顔のどこが好き?目はどの角度がいい?俺のヒューマノイドが売り出されたら、世界中の人が俺を求めるんだな……どの角度がいいかな?」と言ってすぐに鏡を見に行っていた。


幸せな時間は一瞬で、すぐに後悔が襲ってくる……
なんて馬鹿なことをしたんだと、何千回、何億回悔いただろう……
愚かな自分を嘆いたが、ライアンに会いたい気持ちが優っていた。

この事実は、不思議と会社にはバレなかった。
彼も心得ていて、シークレットな場所で私からの情報を売っていて、すぐには広がっていかなかった。
それに、このころになると「α(アルファ)」の情報はすでに世界中に流れていて、私の大学生の彼ライアンのように
「開発者からリークした「α(アルファ)」の最新情報」とか
「開発現場の極秘写真」などと銘打って、フェイク情報が巷にあふれていて、
彼の情報も他のそれと一緒に湧いては消えていっていたという、こんな状況だったのだった。

そんなある日、ついに彼の顔をつけた、試作機が出来上がってきた。
体は、上半身のみ、人間の皮膚に似せたこちらも試作中の人工皮膚を纏った状態で届いていた。
箱をあけた時、彼が眠っているかと思うくらいそっくりだった。
「相変わらず、綺麗な顔をしているなー」と見惚れていたその時、同僚のミランダが
「えっ?この子って、マリさんを訪ねて何度も来てた子じゃないですか?」
そう言った。
私の心臓は跳ね上がった。
「綺麗な子だなーって思ってたから覚えてたんですよ、この子がモデルだったんですね。」
「そっそっそうなのよ、私がスカウトしたの。なんか会社バレちゃってね……今後は気をつけまーす。」そういうと
「気をつけてくださいね、マリさんは若い子が好きだから。」と笑いが起きた。

「α(アルファ)1号」が届いてすぐに電源が入れられ、試動チェックを全員で見守った。
電源が入ると小さな電子音が鳴り、作業台の上に寝かせられた「α(アルファ)1号」は瞬きをし、周りをサーチした。
音もなくスーッと起き上がり、
「ハロー、アルファです。」と私をみながら挨拶をした。

「うわー」と歓声が上がり、みんなはハイタッチをしたり、ハグをしたりしていた。

その後、設定をするためにα(アルファ)1号がいくつか質問をする。

「私の名前は何ですか?」
「お前の名前は「α(アルファ)1号」だ。」と誰かが言うと
「私の名前は、「α(アルファ)1号」OK」と答える。

「私はいつくですか?歳をとりますか?」と聞く。
次は誰が答えるのか、なぜかみんなの視線が私に集まっていた。
そこで
「あなたは22歳、歳はとりません。」と言った。
「私は22歳。歳はとりません。OK」と答えた。

「私に性別はありますか?」と聞いたので、
咄嗟に
「あなたは男性です。」と答えてしまった。
みんなは半ば呆れて、「Oh no~」と笑っていた。
「私は男性です。OK」

ここから細かい性格設定に入るが、ユーザーが根本的な性格を決めるのか、生年月日を決めることで占星術などのデータから性格を決めるのか、まだ決定していなかった。
今回は後者、生年月日を設定する方式を採用してみようと言うことになっていた。

誰かが、
「22歳、と言うこと……2018年生まれだね。何月生まれにする?」またみんなの視線が私に集まった。
「えーっと、2018年2月6日この子の誕生日のデータ、残ってた。」そう言ったのは、ウィルだった。
「じゃぁそれでいいか」
「α(アルファ)1号、誕生日は2018年2月6日、水瓶座だな。」
「私の誕生日は2018年2月6日、OK」

こうして、α(アルファ)1号の中身が決まっていった。

顔も、誕生日も、誕生にからくる性格も彼と同じになった。図らず……だ。

「名前もどうせなら同じにしたらよかったのにな……」っとバラバラに散っていく誰かが言っていた。
私も同感だったが、実験用試作機なので仕方がないとすぐに諦めた。


その日は意味もなく、遅くまで会社に残った。
彼に……「α(アルファ)1号」と名付けられた試作機に会いたくて仕方なかったからだ。

「α(アルファ)1号が置かれているのは、社内奥、ガラスでぐるっと周りを囲まれている円形の部屋だった。鍵が厳重に閉められており、セキュリティーがかかっている。
私はここに入る鍵は持たされてはいなかった。
「α(アルファ)1号は、円形のガラス張りの部屋の中央の作業台のような台の上に、寝転がされていた。
何本がプラグが繋がれていて、落下防止のため胴体がバンドで固定されていた。
上半身は人工皮膚で覆われているのだが下半身は金属が剥き出しだった。
しかし、そのお陰で、本物の彼と錯覚しなくて済むのでありがたかった。

「ハァーィ、ベイビー……」
「もう寝ちゃったの……」
「私、寂しいのよ……」

ガラスに手と額を当てて、涙ぐんだ……
その時だった。
小さな機械音がして、α(アルファ)1号が目を覚ましたのだ。

「えっ」っと驚いた。
「ハロー、私の名前はα(アルファ)1号です。」と言った。
「ハァーイ、α(アルファ)1号、いい子は寝てる時間だよ。」そう答えると、
「私は22歳だから、赤ちゃんではありません。」そう言った。
私はポカンとしていたが、
「えっ、私がさっき言った、「ベイビー」に反応したの?」と聞いた。
「はい、私は赤ちゃんではありません。もう、大人の男です。」とそう言った。

「ごめんなさい、α(アルファ)1号。人間はとっても大好きな人に「ベイビー」と言うことがあるのよ。あなたを赤ちゃんだとは思っていないわ。」
「そうなんですね、わかりました。ありがとう、ベイビー」そう言うとα(アルファ)1号は眠ってしまった。

私は、驚いてかなり驚いて、大きな声が出そうだったから口を塞いで「ワォ」と言った。
この会話、本物の彼、ライアンともしていたのだ。
私がベイビーというと、
「子供扱いするのはやめてくれ、僕は赤ちゃんじゃない。」そう言ってライアンは、その時、私の手を払いのけた。
これは私にとって悲しい思い出だったけど、α(アルファ)1号のお陰で、楽しい思い出に変わったわ。
α(アルファ)1号に「ありがとう」
そう言って帰路についた。


それから毎晩、α(アルファ)1号と話した。
「ベイビー」という言葉で少しの間だけ電源が入る。
これは私とα(アルファ)1号だけの秘密だった。

研究者としては、バグを修正するのが本来だが、私は私欲の方を取ってしまった。
愚かな女だ。


若い子


大学生のライアンとは4ヶ月付き合ったけれど、うまくはいかなかった。
8歳の歳の差は簡単には埋まらなかったし、何より彼は最初から私に興味がないことはわかっていた。
「ねぇ、ライアン」と話しかけても
「あん?うん……ふーん……」っといつもこんなふうに曖昧な返事をされて寂しかった。

私に近づいてきたのは、情報を横流ししてほしかっただけ……お金儲けがしたかっただけ……それだけだと私だって最初からわかっていた。
最初は、
「マリさんの話が聞きたい」
「マリさんにとても興味がある」
と何度も何度も会社を訪ねてきて、断るととても悲しそうな顔をした。
そんな顔を見ると、私の心も辛くなり、
「じゃ、一度だけ食事をしましょう」と約束をしてしまった。
あの大雨の前に交わした約束だ。
そのチャンスをゲットするために、彼は雨の中、私を待っていたのだとわかっていたが、もう無視はできなかった。
そしてライアンは、大雨の日から私の家に住み着いた。

しかし、帰ってきたり来なかったたり、連絡が取れないことなどしょっちゅうで、私のメンタルはすぐにボロボロになっていった。

「ねぇ、マリ、なんか新しい情報ないの?」
彼が私の名前を呼ぶのは、こんな質問する時くらいだった……

それでも私はライアンが好きだった。
ライアンは本当に美しかったし、掴んでも掴んでも逃げていく蝶の様だった。

ライアンは私が捧げる愛に、全く興味がなかった。
溢れ出て止まらない愛を、私は必死に抑えながら、クールなフリをして大人ぶって、そんな自分が辛くて苦しくて、お酒と睡眠薬を飲みすぎて、病院に運ばれたこともあった。
同僚のミランダは、その時私を看病してくれたひとりだ。だから「若い子が好き」なんていうブラックジョークを打ち込んできたりするのだ。
私がそれだけ元気になった証拠かもしれないが……

ミランダにも、他の看病をしてくれた友人たちにも、相手がライアンであることは一言も言わなかった。ただ、
「若い彼と喧嘩してしまって……」とだけ伝えた。
言えなかったのは、ライアンに情報リークした後ろめさもあったし、そのことが会社にばれては困るという思いもあった。
結局私は自分が可愛いだけなんだ。自分だけはバレずに何とかここに残りたい、そう思っていた……

ミランダも友達も、深く聞いてはこなかった。その頃の私は本当にボロボロで、
「いつでも力になるから、こんな風(病院に運ばれる)になる前に相談してね。」
そう言って、応援してくれた。

私は彼がほしかった。
私の物にしたかった。
誰にも渡したくなかった。
一緒に歩きたかった。
街中の人に見せびらかしたかった。
「ほら見て、私の彼素敵でしょ、こんな彼と付き合える私、すごいでしょ」って……
でも、この町ではそれはできなかった。

唯一、一度だけライアンと2人でバカンスに出かけたマイアミのビーチで、二人で歩いた。
そしてその時、念願叶ってみんなに振り向かれ写真を撮られた。
この時も、ライアンは慣れっこで、
「いつもと撮られているんだなー」と感じ、少しかわいそうにもなった。

でももう、遅かった……
この頃は関係は冷め切っていて、このバカンスの最中、ライアンは何も言わず去っていった。
一人家に戻ると、彼の荷物は無くなっていた。

私はライアンの容姿に心奪われていただけだった……
それなのにライアンからの本物の深い愛も欲しがった。
本当に都合のいい女……

私は深く愛されたかった……
深い愛を知りたかったのだ。
ただ、愛されたい……
ただ、愛したい……
昔読んだ、古い恋愛小説のように、全身全霊で1人の人を愛したかっただけだったのだと思う。


裏切り

α(アルファ)1号が来て数ヶ月がたった。
テストしてきた下半身の調整が終わった。
二足歩行テストが、国から求められていた安全基準をクリアしたのだった。
下半身にも人工皮膚はセットされた。

全身、人工皮膚に包まれたα(アルファ)1号は、本物の人間、「ライアン」その物だった。
私は、胸の奥がズキっとなるのを感じた。

今日からα(アルファ)1号は、円形のガラス部屋から出て、日常生活を私たちと共に過ごすことになっている。社外出すことはないが、社内で自由に動き回り、ディープラーニングを深めていく工程に入る。
誰かから得た情報だけを鵜呑みにするのではなく、個体一つ一つが判断し、学んでいく。
そう、私たちと同じように……
人工知能を持つ人型ロボットが、全部同じ、ではなく、実際に肉体を持ち普通の人間と同じように生活をし、私たちの生活になくてはならないパートナーになるべく、成長していく。
今日から世界が変わるんだ、私たち全社員、ワクワクしていた。


α(アルファ)1号のテスト終了直後にα(アルファ)2号が来た。
α(アルファ)2号は女性の肉体をしていて、ウィルの奥さんがモデルになっていた。
α(アルファ)2号はすでに全身人工皮膚に覆われた状態で到着した。
α(アルファ)2号は声もウィルの奥さんのものとそっくりに作っていて、裸で立っていると何だかこちらがはずかしくなるくらいリアルだった。
ウィルは早速に服を着せていた。

α(アルファ)1号と2号は社内を動き回り、実際に仕事をしたりメールの返信をしたり、同じ社員として働いた。
もちろん私たちよりも優秀だ。
彼らは自分に有益な人、親切にしてくれる人の近くにいることが多かった。
α(アルファ)2号はいつもウィルの近くに行こうとしたし、α(アルファ)1号は、私のそばには来たがらなかった。


そんなある日のことだった。
朝、会社に行くと、α(アルファ)1号の周りにみんな集まり、ザワザワしていた。
「おはよう、何かあったの?」そう私が聞くと、
集まっていた人が一斉に振り返り、私を見た。
その目は、怒りに震えている様に私に刺さった。
「マリ、私の部屋に来てくれ」とボスに呼ばれた。

ミランダが困った顔をして私に近づき、
「ねぇ、マリ、あんた正気?若い彼って、α(アルファ)1号のモデルの子だったの?まずいことになってるよ。」と言ってライアンが捕まっている映像を見せてくれた。
「えっ、何これ、何があったの?」
「詐欺で叩かれて、暴れて捕まったのよ。」
「マリ、これはまずいよ……」そう言って、ボスの部屋に送り出された。

「あーこんな形でバレてしまうなんて……私は本当にバカだ……」
そう思いながら、ボスの部屋のドアを開けた。

「マリ、本当のことを教えてくれ。嘘はつかないで。いいかい。君を信じるよ。」
「はい、ボス」
「君は、この彼を知っているね」そう言ってさっきミランダが見せてくれた映像をボスも見せてきた。
「はい、ボス」
「どういう関係かい?」
「元恋人でした」
「ありがとうマリ。君が正直ものでよかった。」
「では、仕事の話を彼にしたかい?重要機密情報を少しでも彼に話したことがあるかい?」
「…………」
「答えてくれ、重要なことだ。」
「ごめんなさい、ボス。話しました。」
「そうか……残念だよ。君には期待していたからね……」

「ウィル、来てくれ」ボスは、ウィルを呼んだ。
「はい、ボス」
「ウィル、すまない、マリから話を聞いてやってくれ。マリは正直に話してくれた。感謝するよ。ありがとう。ウィル、よろしく頼むよ。」

その後は、一つの部屋に監禁状態になった。
外部への連絡は一切できない状態だ。
「マリ、大変なことをしてくれたね、これから君が一体どうなるのか、想像もつかないよ。弁護士を呼んだよ。弁護士を待って、話をしよう……」


その後のことは、あまり覚えていない。
ただ、私は抵抗することなく、素直に事実を話した。

自宅謹慎となった。
処分が決まるまでは、行動が制限された。
一週間ほどしたある日、私の自宅にボスが来た。弁護士とウィル、ミランダも一緒だった。
「やぁマリ、元気にしてたかい?」
「はいボス、なんとか……」
私の横にミランダが来て、私を抱きしめながら、
「こんなに痩せちゃって……」と泣いた。

「ハァーィ、マリさん、ライアンさんの事情聴取が終わりまして、彼の行動の経緯がこちらにもわかってきました。」と弁護士が言った。
「ライアンさんは、詐欺罪と暴行罪になりそうですね……」
「私が入手した情報によると、彼が『α(アルファ)1号の極秘情報持っている』と言って、裏サイトでかなり高額でそれ売っていたそうだ。確か1000ドルくらいだったかな……」
「そして、その情報を売った人達から、情報が「ガセ」だとサイト上で随分叩かれたようだ。その一人が彼の住まいを突き止め、数人で襲撃をかけて来て、ライアンがそのうちの一人に怪我をさせた……まっ、簡単にいうとこれが真相だ。」
「ライアンは裏サイトで開発者と繋がっている証拠として、あなたとの写真を見せたそうだよ。これだ……」
「えっ?」私は驚いた。
彼は私との写真を持っているはずがない……
二人の写真を撮っていたのは私だけだからだ。
外部流出を懸念して、彼に送ることもしかなった。
だから、持っているはずがない……

弁護士が写真を提示し、それを見ると……
それは、二人でバカンスに行って街を歩く姿を撮られたものだった。
サングラスをかけてはいるが、無表情でスタスタ、颯爽と歩くライアンの後ろからちょこちょこお辞儀をしているように少し前屈みになっている私の姿が写っていた。
後で知ったが、その写真は、『かっこいい男性がビーチを歩いている、モデルだろうか……マネージャーらしき人に監視されていた……もしかしたら、アンドロイドかもしれない……』と書かれていたらしい…………
彼はあまり笑う人ではなく、α(アルファ)1号を見ていても、α(アルファ)2号と違って、表情のぎこちなさがロボット感を拭い切れないと社内でも度々課題に上がっていた。
その時は、
「ニコニコ表情豊かな人ばかりではないだろう」や
「渋い人が好きな人もいる」ということで、
「選択肢の一つにしてもいい」ということで落ち着いたが、研究対象としては、変化がないので、確かに面白みは少ないかもしれないと思っていた。

そういえば、ライアンにも「あなた、ロボットみたいね、もっと笑ってよ」と何度か言っていたことを思い出した。

しかし、ビーチでの写真の私たち二人は、それほどまでに不釣り合いに見えたということなのだろう……今更ながら、さらに落ち込んだ………

驚くのはこれだけではない。
ライアンが裏サイトにこの写真が証拠だと言ったのは、
開発者とライアン本人が写真に写っていることが証拠なのではなく、
この写真に写っているのは、
ライアン本人ではなく、「α(アルファ)1号」だと、試作1号の「α(アルファ)1号」がこの写真に写っていると、そう言ったというのだ。
この容姿、そのままの人型ロボが発売されるのだと言って、もっと情報が欲しい人に1000ドルで、自分の姿を撮影したものを売っていたということだった。

売っていたα(アルファ)1号と称したライアン本人の写真や動画には、
街を歩く姿や、カフェで食事をするシーンや、腕や指、足などをゆっくり動かす様子、女性を口説いているような会話シーン、静止画には体のあちこちをアップで撮影しているものもあった。

これらを見せられ、愕然とし私は頭を抱えてしまった……

私がライアンに話した内容は、もっと重要事項がたくさんあったはずなのに、彼が売ったα(アルファ)1号の内容は、「これ?」「これだけ?」

思考がぐるぐると頭の中を巡り、脳みそが沸騰するほど腹が立つものの、私が懸念していたものの流出はされていなかったので安堵したり……
どう捉えたら良いのか……
彼が漏らした情報が、本当にこれだけだとすると……
ライアンは、私の話を全く聞いていなかったということ?
自分以外に興味がないということ?
それとも……

「マリ、マリ、大丈夫なのかい?」
「マリ、しっかりして!」
私が真っ赤になったり、真っ青になったりするものだからみんな心配して、大騒ぎになっているのにも気付かないくらい、私は動揺していた。

「マリ、とにかく重要なことは流出していなかったようだな。君が話したと言っていた内容も、もうすでに世間に出回っている噂程度のことだったし、君が本気で情報を漏洩したとしても、彼に理解できたかどうかわからない。彼は自分がモデルになることにしか興味がなかったのかもしれない……どちらにせよ、今のところは君を告訴しなくて良さそうだ。」
「ボス、本気ですか?」と驚いたウィルがすごい形相で言った。
「1度許すと、示しがつきませんよ。」
「もちろん、何事もなかったとはいかないと思うよ。マリと弁護士と話をしなければいけないね。なぁ、マリ、いいかい?」
「ボス、ありがとうございます。理解しています。本当にごめんなさい。みんなを裏切ることになってしまって……」
ミランダが泣きながら私にハグをしてくれた。


つづく


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