エヌ氏のルーレット

  ある日の午後、トレーニングジム帰りのエヌ氏は交差点で信号が変わるのを待っていた。その時、エヌ氏の右の胸の筋肉がピクリと動いた。いつもは左の道から帰るのだが、直感的に右の道から帰ることにした。右の道を歩いていると背後で大きな物音がした。驚いて振り返ると、左の道に大型トラックが突っ込んでいた。あのままいつも通り左の道を歩いていたらと思うとエヌ氏は血の気が引いた。同時に、自分の胸の筋肉に特別な力があることを悟った。


  エヌ氏の筋肉の噂は瞬く間に広まり、いつしか「筋肉ルーレット」と呼ばれるようになった。ありとあらゆる予想を的中させるエヌ氏の元には大金が舞い込んだ。やがてエヌ氏は豪華絢爛な筋肉ルーレット御殿を築いた。


  ある日の真夜中、筋肉ルーレット御殿に数人の男が忍び込んでいた。男達は寝室のエヌ氏を叩き起こし、質問をした。
「次期大統領はアール氏とエフ氏のどちらだ」
男のひとりがエヌ氏に拳銃を向ける。
「分かった分かった、落ち着いてくれ。では、右の胸をアール氏、左の胸をエフ氏としよう」
拳銃の安全装置が外される。
「どっちなんだい、どっちなんだい」
エヌ氏がいくら問いかけても、筋肉ルーレットはびくともしない。筋肉ルーレット御殿に鈍い金属音が響いた。贅沢三昧な生活の中で、エヌ氏の胸の筋肉はすっかり衰えてしまっていたのだ。

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