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199→203
Stable DiffusionというAIに画像を生成させるやつを知り、「江戸時代のデグー」「明治時代のデグー」を出力してもらった。時々、「かわいいしぐさ」や「かわいい」などを追加した。結果↓


……
他にもたくさん出力したのだが、極めてなにか生命に対する侮辱を感じるものがたくさん出てきたため、それらは省略した。

AI画像生成をやってみて(midjourneyとこれぐらいだが)思ったのは
「検索力、速記力、復権」だった。
まず検索力。つまり昔「…とは」で検索するとお目当てワードが出やすいみたいなものや、今の検索技術というか、みんながおそらくこうやって探すだろうなっていうワードを見つけ出す技術というかテクがあった。それの画像版。思いつきとか発想の世界になる。
第二に、速記力は全然違う意味だけど、人間のぱっと見の印象がさらに加速してしまう懸念。「なんかだいたいこういう感じ」が蔓延る世界。それがいいか悪いかはわからない。これはおそらくエリートとか反知性主義とか反知性的知性主義とかにも関わってくる話な気がする。
人間のあいだになる(成るはずの)ものを、卸さずに卸してる感覚がある。
この感覚をよしとするかあしとするかでエリートか反知性主義の分水嶺になるような気もする。
ただ、第三の「復権」は先の話をややこしくする。もともとのインターネットにいた古参ユーザー的な人の能力が逆にリバイバルする気がする。
要は今までも現実や歴史の中から「こんなのあったの?」みたいなものを蒐集してTwitterとかに載せてバズってた人の興味や言語能力がそのままAIに対する入力に活きるけど、彼らはおそらくふつうにエリートではなく(ここでいうエリートは…なんだろうな…大学教員ぐらいのイメージで使ってるかな)どっちかというとSF好きの精神科医みたいな感じのエリート、簡単にいえばスノッブとかキッチュみたいなのをわりかし自覚的にやれるタイプの人がAIに出会うとかなり的確におもしろいものをだしてくるんじゃないかという意味で、第一の「(AI画像生成にたいしての)検索力」によって現れるニュータイプみたいな人たち、第二の「なんとなく」を警戒する人や、それらを査読したり審美する考えをもつ人たち(歴史や美術からそれらのAIが使用したイメージの源泉から検索して"査読"や"検証"をする人たち)、第三の、わたしの感覚でいえばパソコン通信からやってるような古くて濃いめのインターネットユーザーがもってるものがリバイバルする可能性の3点を感じた。
そしてここからもわたしたちは「漏れている。なんかさびしい」という感覚がある。そしてこれはうちけしがたい。徒花感。

これはたしか「20代のドラえもん」で生成した画像。20代になると目がどっちかわからんくなり、鼻が金になるということはわかった。こえーよ。

しごと

オーセンティックなものと雰囲気のものの、それでよしとするかどうかのバトル、モノ、一点ものへの回帰、二極化、水位上昇、水没した人の生き方や呪詛、秋風呪詛めいて

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