あさ。
*
*
何が言いたいということはなく、ただ昨日から詩集をまたひっぱりだしたり日記をひっくりかえしてならべてみて、とくにそっから先、何をするというんでもなく、ならべてみて、おもうところがあるのかないのか、いろんな言葉が長い時間をかけて組成してきた気がする。指針というか、超おおざっぱな方向性というか、なんか、大掴みに、揺らぐし、変わるんだけど、時々見返しにくる、リバーズエッジのあれみたいな、そういうとこある
どういう意味かとかはもうどうでもよくて、ぐるぐるするため、立ち止まりながらぐるぐるすることで組成するもの、動物園のヒョウとかじゃなく、射精した直後の尿意で、便器の前にたたずんだものの、尿道が精管と切り替わらず、尿の始端が膀胱内でぐるぐるしてるのが先っちょにくるまでずっと何周も何周もしてるのを体で感じてるような、そういう時間。
簡単にいえば自分にしかわからないぐるぐるする時間。
パリピ孔明とSPY FAMILYを見てシャワー浴びてご飯食べていのっちの手紙。トマトが2個なって、都度もいで食べてる。(ちゃんとトマトの味するー。)
*
最近2ch公式ガイドブック2004をポチった。
松岡宮さんの謝れ職業人が2chでよみひとしらずの詩として取り上げられている、ということを知ったのが一昨年ぐらいだった。
わたしも2chにこの詩を勝手に投稿した記憶があったので、きっかけはわたしじゃないのかと思ったら、それより先に投稿してる人がいたから、わたしではなかったから、なんか落胆した。
わたしが投稿したのは、もう忘れたが、転職板就職板か、ニュー速か、そんなところで2投稿にわけて投稿したのだが、流れが早かったので、あいだにいくつかレスが入ってしまっている
当時のわたしはいい詩を時々スレの流れに関係なく放り投げる癖があった
というか、自分でテーマに沿って喋れる自信がなかった
なぜあんなに細かいことでずっと議論や深掘りや罵倒をし続けられるのか
不思議でならなかった
なぜ浮かないのだろうか。なぜそんなに細部について語れるのか
包括的にならずに済むのだろうか。
語っていくと最終的に、というかすぐに自分の人生について行き着くはずなのに、そうはならなかった。
古谷実作品の、誰でもすぐに人生について語れる空気感が好きだった。
2chの2時か3時か4時とかぐらいに寝静まったスレにつく「。」とか「a」とか(書いてる人)が羨ましかった。
深海魚の息みたいな、それでもできるのはうらやましいなと思った。
でも、それでも自分はそこで息をしなくてよかったかもしれないとも
いまだにおもってしまう。
*
2004年の公式ガイドには謝れ職業人のことが書かれているからだ。
2017年に現フォの同窓会があった時、松岡さんを初めて見たとき、ではない。数年前の文フリで白髪白書を買ってる。
2017年。
同窓会オフ会は2017年だったか?
わたしはぽえ会の人間なのに、現フォの同窓会オフ会に参加した。
何も知らんのに。
2022年。
もうあれから5年、あの時いた田中修子さんは亡くなった。
たぶんあの同窓会で一番場違いだった2人のうち(ひとりはわたし)のひとりがもういなくなってしまった。
あの、遅れてきた幽霊みたいな感覚を共有できた人のうちのひとりがこの世からいなくなってしまった。
(東京から)帰ってきて数年後、ふと謝れ職業人を読みたくなって検索結果を見てたらアドレスがpentaxxxになってるから、あれ、斎藤環さんのブログが上に上がってる…ということで「あれ、俺があのとき2chに放り投げた(他人の)詩が…!?」と、どきどきして検索して当時の履歴(過去ログ)を辿っていくと、結果、おそらくわたしではなかった。
わたしではない誰かも、あの詩をいたく気に入って、2chに放り投げ、それが読まれたのだった。
でもあの(調べてるときの)時の「えっ、えっ?」っていう高揚感というか衝撃、そして衝撃からのがっかり感までの流れはよかった。
ああ、自分じゃなかった…
(このへんのことはりりじゃんの2号前ぐらいにも書いた気がする。いつだって、自分のよこしまなところを書きたい。俺はこうやってニアミスしかけたんだぞ!と言い張って威張り散らし、というか、それ書いてからじゃないと詩を始めちゃいけない病みたいなところがある。それが前段に必ずあって、すべて吐いてから、それをすべて書いてから、それをごまかし、また書き足し、それらを繰り返し、そのままつなげたり放棄したりして、その跡みたいなもののことを詩だと思ってるところがある。
というか、それにしても(りりじゃんの)次はいつ発行されるのだろうか…原稿はたぶん一年半前に送ってる気がするが、私が支払いを忘れたのか、なんなのか、まぁいっか、いっかではないが、いっか)
そのあとは、その当時の注目度や流れを知りたくなり、斎藤環さんの「家族の痕跡」の文庫を買ったり、今また2ch公式ガイドブック2004なんか買っちゃってる。
*
帰り、同窓会場(秋葉にある一軒家の貸家の二階、ふかふかしたものが敷いてあってふかふかした照明だった記憶がある。座っていたせいか、あとからやってきたポエム王子こと大村さんと奥主さんはとても大きく見えた)を片付けて、みんなで秋葉駅まで歩いた。確かもう暗くなっていた。わたしは松岡さんのキャリーケースを引いて高架沿いの道を歩いた。東京の高架の側面はなんか古すぎて風化した遺跡みたいな感じだった。
駅前、キャリーケースのとってを放すのが一瞬遅れて、人さらいのように思われた気がして、鈍い痛みだった。
結局帰ってきて、
だいぶ(2〜3年?)経ってから、謝れ職業人の件に気づいたのだった。2020年の頃。
たしか、その日は、アマプラで「ツレがウツになりまして」を見てて、宮崎あおいが堺雅人に満員電車のつらさについて「あんなのに乗って毎日がんばってたんだね」的なことを言ったら堺雅人が決壊して泣き崩れるようなシーンがあって、それを見て、「あ、松岡さんの夜の吐瀉物がよみたい」と思って、検索し始めた。最終的に夜の吐瀉物ではなく、きょうの吐瀉物、が正解だった。
松岡さんの詩はよくおしっこ、便、吐瀉物、G痢などが出てくる、気がする。たぶんふつうの詩(ふつうの詩?)よりは頻出する気がする。
まあ逆に、ふだん詩と呼ばれてるものがいかにそういうものをよけているかがわかるのだが、確か、東京メトロに採用された詩「奇跡のような移動」も、ふつう(ふつう?)に読むとけっこうあやうい橋を渡っているような詩である。
書ける人は別に綺麗に書かなくても、ほんとうのことを書いてずんずん進むことができるという気がする。こういうねじれをねじったまま書き出すことができる、自分の手でねじりを戻してしまって、相手がたがそのねじりをねじり直してから理解するような詩はあんまり詩だとはおもわない。そこまで手つきを遡及して理解しなくてもなんかおもってしまうようなものを読みたいとはいつも思ってる。自分は、そんなのかけたためしがないのだが…。
なんか話がずれてきた。まあ松岡宮さんはとにかく鉄道や駅員の詩が多い。だから「ツレがウツになりまして」を観てて、電車のことで決壊する堺雅人をみて「あ、なんかよみたい」ってなるのも当然の流れ。
別に堺雅人が吐瀉したわけではないけど、なぜかそのときふと読みたくなって検索してたら、その流れで「あれ?なんか謝れ職業人が有名になってない?」みたいな感じがしてきて、調べてるうちに、なんかよみひとしらずの状態で斎藤環さんの本に載り、それが後日談としてブログで作者が判明しました、と書かれているのを見てびっくりして、「俺があの時2chに放り投げたから…」と思って調べてみたら、自分が投稿したのは2005年か2006年とかで、ああ、違った…俺じゃなかった…と思って、がっかりしたのかな
なんか一瞬歴史に絡みそうだったけど
けっきょく絡まんかったんかい!みたいな
わたしにとっての斎藤環さんというのは2000年初頭のNHKのひきこもりサポートキャンペーンあたりからずっとなんとなく追ってる?というか、精神分析とか病跡学?病理学?みたいな、なんか文化と趣味とSFが入り混じってるような分野の博学な人が行き着く医者の世界の端っこの人みたいなとこにいる感じがして、なんかそういう人がネットにいると嬉しいので、風のハルキゲニアさんとかシロクマさんとか、ああいう感じの人の一世代上の人みたいなイメージで捉えていて、その先行世代に中井久夫という人やらなんかあの髑髏の本、やさぐれ精神分析みたいな本だしてる人、そういう流れというか系譜があって、そこにサブカルチャーもくっついてて、2000年代だからそこに社会学とかもくっついてて、ワーってなってる感じをひきこもりだった私は、家でテレホーダイでネットしながら、なんかNHKのハートネットTVの前身の番組(にんげんゆうゆうだったかな…なつかしい)、グッチ裕三が裏声で歌ってる優しいテーマソングを聴いて、滝本さんとか上山和樹さんとか斎藤環さんとか働きたいんやの人とかをテレビで見てた。
ひきこもりは状態像であり病気ではなく、数はめっちゃいる、というようなことをよくおっしゃってて、就労はゴールじゃなく居場所や仲間を作ることだ、とおっしゃてて、家族が長田の本を読んでるのを知って絶望したり、作業所のパンフレットがこれ見よがしに置いてあるのを見て絶望したりしてた。
わたしは2004年ごろから就労し、それは現在まで至る。
わたしは結局、あの時斎藤環さんが言った、就労はゴールじゃないの意味をちゃんと果たしてないというか、就労しかしてないという気がしてる。
仲間と居場所のほうはまだなのである。
*
江戸川区でひきこもりの調査が行われ、8000人ぐらいいることがわかったという。
わたしは今もひきこもりに目が離せないでいる。働き、悪い人に10年ぐらい殴られ金を巻き上げられ、いやな思いもして、めっちゃ人間不信になって「ああ、斎藤環先生、就労がゴールじゃないってこういうことなんすね」と思いながら気を失ったりしていたが、そういう人間からも、なんとか離脱することができた。
これも斎藤環先生の「相手と縁を切るときのやり方」みたいなツイートを見かけて実践したらうまくいったのだった。
斎藤環さんがひきこもりの当事者から暴力を受けたときは「やめてほしい」とちゃんと言って、あまりにひどければ緊急避難的に家を出ること、ちゃんと理由を述べて実行に移すこと、などを書いていて、基本的には人間関係でもそれが大事なのである。
わたしはいきなり仲間もいないまま社会生活を始めてしまい、変なのに引っかかって10年も、つまり20代の後半〜30代の前半あたりをほとんど思い出せない時間に費やしてしまった。解離といっても過言ではないぐらい思い出せない。とにかく殴られてお金をとられて人間関係を切られて、独り住まいをさせられ、軟禁のような状況で過ごしていた。洗脳でもいいのかもしれない。だから今でも「奇妙な同居生活」系のニュースはひとごとではない。
とにもかくにも、もう40過ぎてしまって、これは俗に言うSNEPみたいなもので、働いてるだけのSNEPみたいなものである。
NEET、ひきこもり、SNEP、おっさん、KKO、アスペ、発達、真面目系クズ、こどおじ、チー牛、陰キャ、当事者、いろんな言葉がある。
属性、状態像の一種である。時々政治的に定義するため、括るために用いるものもあるが、世間でざっくり使われる言葉、スラングもあるし、スラング化してるものもある。
Twitterのトレンドなどで、炎上してる案件を見た時など、「いい年して」とかいう人がまだこんなにいるのか…と絶望したりもする。
でも、さっき挙げた属性、すべて当てはまる気がするのも確かなのである。そのくせ、時々「俺はもう働いてるぜー」とか、偉そーに思ったり、やっぱりそういうよくわからんことで自信を得たりする一瞬があった。
自分自信、そういう自分が嫌な属性を寄せ集めてきて、「その通りだ」とか「そうじゃない」とか思いながら、うじうじしてる甘やかでしんどい不毛な時間帯が、今でもそんなに嫌いではないのだと思う。
*
まぁでもさすがに40になるといろいろ「まぁいっか」ってなってくる。
「どうでもいい」ということもないけれども、
「いいもわるいもない」って気がしてくる。
仏教とか江戸時代の人とかをもちだして、何もかもを相対化してしまいたくなる。
今は、居場所探しである。依存というか、腰というか、気にかけてくれる人を、家族じゃなくてもいいから、探しておくというのか、なんかつながっておくための、そうするためのパワーや気分がやっと回復してきた。
信じるためのパワーというか、まあ裏切られてもまあいっか的な感じの、巻き込まれるかもというリスクに対し、飛び込める気持ちがちょっとでてきた。
こういうのは、意外と単純に、気温とか日照時間が重要なのかもしれない。そんな気がする。ルネッサンス吉田の漫画とかも、ほとんどが日光を浴びないから揉めるのであって、最後は日光を浴びるとなんか治るみたいな雰囲気である。そんな単純な話ではないのかもしれないが…
また話がそれてきたな
*
松岡宮さんの「白髪白書」を手に取ってみる。
*
*
わたしは当時引きこもっていて、poeniqueを見ていたから、ぼんやりと
*
*