「あなたのためだから」② 恐怖のヒモ男
20代後半、やっと両親と縁が切れた私は、会社を辞めた。
私は、全部やり直したくなった。
そして、それまで付き合っていた優しいボーイフレンドも、住む家も一度全部捨ててしまった。
私は、とにかく変わりたかった。
それまで慎重に整えてきた生き方を全部捨てて、ゼロから生き直したい気持ちだった。
そして新しく付き合った男。
そいつは、ヒモ男だった。
ヒモ男は、「面白い人」「ムードメイカー」「天然のxxくん」と友人たちの間では呼ばれていた。
当時の私もヒモ男の事を「天然の無害な男」だと思っていた。
これが、大きな勘違い、勘違いだったんである。
ヒモ男は、私を好きだ愛していると言いながら、全く生活費を出さず、私から借りた金を返さず、家事を手伝わず、私の生活や健康を特に心配することもなく、いつも自分がなぜそれを出来ないのかの言い訳ばかりしていた。
私はそんな彼の言い訳をまともに受け止めた。
そしてこう思った。
あなたが言っている「できない原因」を全部私が覆せば、あなたは出来るようになるのね!大丈夫!私があなたを助けるわ・・・と。
そうである。
本当の天然なのは、私なんである・・・。
こうして天然な私は計算づくのヒモ男に同情し、彼がもっと報われるようにと条件のいい仕事を見つけてきたり、彼の借金の返済を手伝ったり、せっせと生活の世話を焼き始めた。
楽しかったのは、最初の3ヶ月程度だっただろうか。
ある日、ヒモ男は、せっかく稼いだお金を葉っぱ(マリファナ)を買うことに費やした。
そしてわざわざそのことを私に告げてきた。
ヒモ男に「君のことを愛しているんだから理解してほしい」と言われたけど、私には到底理解できなかった。
違法である葉っぱを買って吸うことも、私はやらない派なので正直言ってビックリしたし全く共感できなかったが、そんなことが彼を理解できない原因ではなかった。
葉っぱが吸いたきゃ、誰にも迷惑のかからないところで勝手に吸って自己完結してくれればいいと私は思っている。
私が言いたいのはそんなことではない。
いろんなところに借金があり、私にも金を借りてる上 生活費も私に払わせている人間が、やっと自分で稼いだお金を借金の返済に充てることもなく何万円も払って少量の葉っぱを買うことに費やすこと。週にたった1日の休日も私と過ごすのではなく葉っぱ好きな男友達と会って葉っぱを吸うことに費やす・・・それが、どうしても理解できないのだった。
10代の少年ならまだしも、30代成人男性がやる行為に思えない。
この価値観、全く意味がわからなかった。
別れようとする私に対して、その男は、いつもすぐに謝ってきた。
ここがヒモ男のヒモ男たる所以だなと思うのだが、ヒモ男はとにかく自分が寄生する相手に捨てられずに継続して世話を焼いてもらえればなんでもいいと冷静に計算しているプロなので、何にも思ってなくても謝ったり、愛を誓ったり、相手の罪悪感を刺激したりを何の躊躇も抵抗もなく自然にできるのだった。
そしてまたすぐに私に嘘をつく。
そしてまた謝った。
謝りながら、激しく泣いたり怒ったりする私に対して「そんなに激しく怒る君はおかしい」「そんな情緒不安定な君と付き合えるのは僕だけだ」「君がもっとこうしてくれたらうまくいくのに・・・」と主張しだした。
罪悪感や責任を刺激された私は、幸せになるには自分の努力がもっと必要なんだと勘違いした。
私がもっと頑張れば、彼は変わってくれる、成長してくれる、私の思いをわかってくれる、いや、わかってもらいたい、そう思うようになった。
同時にヒモ男を捨てることで自分が「天然だけど優しいムードメイカーのXXくん」を捨てた「悪い人」「冷たい人」になることがとても怖くなっていった。
ヒモ男は、整理整頓ができなくて忘れ物が激しい男だった。
鍵、CD、鞄、本、服、携帯、いつも何かをどこかに忘れたり無くしたりして朝から晩まで「あれどこいったかなー」と探し物をしていた。
探し物による遅刻もしょっちゅうだった。
仕事や約束に遅れていつもたくさんの人に迷惑をかけていた。
ヒモ男は、いつも私に物の場所を聞くようになった。
だから私は、いつもヒモ男を見てヒモ男が無意識に物をどこかに置くのを見て覚えるようになった。
そうしないと、「あれがなかったから仕事ができなかった」だとか「あれがないから行けない」とかはじまって、いろんなことに遅刻したり、ドタキャンしたりして、周りにも自分にも迷惑がかかることになるからだ。
ヒモ男はわたしに感謝するでもなく、最終的には 亡くしものや忘れ物を「君がどこにやったんじゃないか?」「早く探してよ」と私のせいにしはじめた。
そんな日々が1年が経った頃、私は体重も減り、目の下にはクマができ、白髪も増え、お腹の調子も常に悪くて、爪も噛むようになっていった。
逆にヒモ男は、以前よりも太り、仕事も増え、楽しそうにしていた。
ヒモ男は、まるで私を裏切り傷つけ泣かすたびに私の関心が自分に集まることを楽しんでいるようだった。
俺は、こんなに愛されてる、まいったぜ〜みたいな。
あの時私は、ヒモ男が全然好きじゃなかった。
ていうか、ヒモ男の顔を見るたびにナイフで滅多刺しにして殺してやりたいほど憎かった気がする。
軽蔑していたし、見下していた。
共通の友達の前でのヒモ男に対する態度もイライラしていて最悪だった。
ヒモ男に対する不満が150パーセント全身から漏れ出していた。
だけど別れられなかった。
別れたら私が「悪い人」になってしまうのが、なぜか本当に怖かった。
付き合い始めて1年半くらい経った頃だっただろうか、体調不良さらに悪化した私は、ご飯が食べなれなくなっていた。
お腹は空いているのに食べると一口で気持ち悪くなってしまう。
パン屋さんで美味しそうなパンを見つけて「これなら美味しく食べられるかも」と思って食べたら、やっぱり気持ち悪くなって吐いてしまう。
ほとんど何も食べていないのに毎日お腹はくだって、何ヶ月も良くならない。
病院に行っても何も悪くないと言われた。
命の危険を感じた私は、その時たまたま相談した女友達にホオポノポノというハワイの瞑想みたいなものを教えてもらった。
それはインナーチャイルドっていう心の中にいる子供の声に「ありがとう、ごめんね、ゆるしてね、愛してます」とひたすら唱え続けるだけで全ての状況が良い方に動いていくよ、、、というものだった。
人間には、「こうしたい」とか「こうすべき」とか色んな欲や常識や葛藤が常にある。そういった意識での思い込みが、その人を苦しめたり幸せから遠ざけたりしているらしかった。
何があっても「ありがとう、ごめんね、ゆるしてね、愛しています」を心で呟き続けることで、意識がつくる不自然なしがらみを全部手放して、本当にその人にとってベストな自然な行動を導き出す、、、ということだった。
私は何冊も本を買って読んだ。
本の内容は、スピリチュアルすぎて全く意味がわからなかった。
しかし、藁にもすがる思いだったので、とりあえず書いてある通りに瞑想してみた。
すると不思議なことに日々強くなり続けていた脅迫観念が少し和らいだようだった。
次第にヒモ男を目の前にしても、動じなくなってきた。
それまでは「愛しているから許してくれ」とヒモ男に謝られると、自分の中に溜まった悲しみや言いたいことを延々と泣きながら話し続けてしまっていた。
それが、「こいつに話しても私の気持ちは癒されない」と淡々と黙ることができた。
それまでは、「君のそういうことろは異常だ それは、君の生い立ちのせいなんじゃないか?」と責められたりすると、フラッシュバックのスイッチが入りどっと号泣していた。
「そんなこと言わないでよ じゃぁ、どうすればいいの?わたしは、今まで辛くても頑張ってきたのよ わたしが、諦めずにがんばってきたから今わたしには知恵も力もついて、あなたにも仕事を見つけてあげたり、お金を出してあげたりできているのに。あなたは私の都合のいいところだけもらって この私の苦しみはわかってくれないの?」と相手においすがるように泣き崩れていた。
それが、「そうよ わたしは異常よ ボロボロよ あんたといるとさらに異常に拍車がかかるからもう一緒にいられないわ」と思えた。
そしてやっと別れを告げることができた。
別れた後も、ヒモ男は家に押しかけてきたり、「なんでだよ?!毎日あんなに楽しかったのに」と言っていた。
私は、「どこがだよ!?毎日地獄の日々だったじゃん!?」と思った。
妄想癖のある男、浮気性の男、完璧主義のエゴイスト、色んなヤバイ男と付き合ったが、片付けの出来ないヒモ男とわたしの相性は、もっとも最悪だった。
お互いに依存性が高すぎる組み合わせなのだ。
一緒にいると辛いのになかなか別れられないという点で、もっとも危険。
ヒモ男は、何の罪の意識もなくジワジワと相手を病み殺すタイプ。
相手がボロボロになって死んだ後も「好きだったのに死んじゃった 俺は本当についてない男だ」って葉っぱを吸ってハイになった自分に酔いしれながら次の寄生先を探すだろう。
「天然風のいい人」には、心からお気をつけください。
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