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創作大賞2024応募作品

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note創作大賞2024、エッセイ部門への応募作品まとめマガジンです。 応援していただけましたら幸いです。
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#過去

【随筆】線香花火

樹々の間から海を見下ろす展望台に一人立つ。 隣には誰もいない。 中学生の時に家を飛び出し、半ば強引に住み着いたのがとある友人の家。 友人の部屋は母屋から離れた場所にあり、しばらく匿ってもらおうと考えていた。 ご両親にも可愛がっていただいていたため、上手くいけばなし崩し的にそのまま暮らしていければなどと、子供の甘い考えでの行動であった。 今でこそ有り得ない状況であるし、即捜索願案件なのだとは思うのだが、当時のまだ穏やかさが残る時代の風潮と、両親同士の話合い、父の内弁慶、そして

【随筆】我慢の女 最終章

十二年。あっという間だった。この間、顔が見たいと思ったことが無かったわけではい。会いたくて。寂しくて。心配で。心配で。このまま二度と会うことが出来なくなるかもしれない、そう思うだけで胸が張り裂けそうなほどに苦しくもあった。だがどうしても許すことが出来なかった。意地っ張りだと言われればそれまでだ。強情だと言われてもその通りだとしか言えない。四十を越えた今となっては、何にそんなに腹を立てていたのかも忘れてしまった。潮時。私がこうして悩み、泥水をすすり、泥の中を這いずり回りながらも

【随筆】我慢の女 第三章

何度学校からの呼び出しがあっただろう。 何度警察署へ迎えに行っただろう。 家にいる時に電話が鳴ると、動悸がするようになった。そんな時の予感は当たるもので、警察や学校の担任の先生から長男が起こした悪事が伝えられる。私は受話器を持ちながらとにかく頭を下げる。 「申し訳ございません」「ご迷惑をおかけしました」 相変わらず家には帰って来ないのだけれど、こうして長男が元気であることを知る。でも、ちょっとだけ疲れてきたかな。 次男も「兄貴と同じ学校に行く」と言って、長男が通う高校を受験を

【随筆】我慢の女 第二章

高速道路を降り、しばらく走ると段々と建物と建物の間が広くなってくる。 目的地に到着するとそこは一面田んぼと畑。川沿いに伸びる、駅の無い細長い町であった。 夫の実家があるからここには何度も来ている。長閑で良いところだなとも思っていた。まさか住むことになるとは思っていなかったから。 町営住宅。間取りは一階に六畳一間と板の間の台所。二階に六畳間、四畳半一間の3K。昭和47年建築。あの時で築20年か。古くもない気はするけど、見た目はそれよりずっと古く感じた。 廊下や階段の軋み、壁の

【随筆】我慢の女 第一章

「おどっつぁんも俺も姉ちゃんも忙しいんだがら、おめぇが全部やんだがんない!」 当時の福島では女でも自らを「俺」と呼んだ。 私の母が福島弁でそんなことを捲し立てる。 小学校へ上がって間もなくの話だ。 当時の私はそれが当然のことなのだと思っていたし、親に言われたのだから従うのも当然なのだと疑いもせずにそう思っていた。 家族4人分の食事を三食作り、家中の掃除をし、夜には薪を焚いて風呂を沸かす。 当然なのだ。これは私がやらなければならないことなのだ。 家の敷地にあるアパートも我が家

【随筆】因果

母の許に引き取られ、父と一つ上の姉と三人で暮らした家から出ることになった。 胸から抜け落ちる感情と、新たに湧き上がる感情とが渦を巻く。 姉が心配であった。 家を出たとはいえ母と暮らす町は隣町。 会おうと思えばいつでも会うことが叶う距離ではあるのだけれど、心の中から父への想いは日毎薄れてきている。 本当ならば今も一緒に暮らしているはずだった姉は、父が一人になると可哀想だからと父の許に残った。 父は仕事から帰ると酒を飲み始め、酔ってくると二人を部屋から呼び出して怒鳴り始める。

【随筆】万感交到る

ばんかん【万感】交(こもごも)到(いた)る さまざまの感慨がつぎつぎに胸中に起こるさま。 ブラウン管テレビの湾曲した画面に映し出された彼女はとても美しく、二年前まで隣にいた女性だとは思えないほどに大人びた表情を見せていた。 画質は荒いが間違いなく彼女だ。 妖艶な、湿度を帯びた艶。それでいて幼さの残る美しい瞳。 友人と並び、三人でテレビに齧り付く。 異常な興奮を覚えた。 私は小学校四年生時にあの駅も無い田舎町に引っ越した。 全校生徒300人にも満たないこの地の小さな小学校に