おんな30歳、盆梅を買う。

春霞が橙色に染まる頃、空いた電車の座席で私は途方に暮れていました。膝に乗せて抱えていたのはゆるりと青い枝を垂らした梅の鉢。盆梅展で花の香りに浮かされて、詳しくもないのに思わず一鉢買ってしまったのです。帰る先は10畳ほどのワンルーム。さて、これからどうしましょう。

第67回長浜盆梅展

長浜盆梅展は滋賀県長浜市で昭和27年から続く、梅の盆栽を楽しむ催しです。行ってみたいと思いつつ機会を逃すこと数年。2月に30歳になった今年、最終日にようやく念願叶って訪れることができました。
赤絨毯の敷かれた会場には、手のひらサイズから天井に届く巨木まで、色とりどりの趣向を凝らした盆梅がずらり。華やかな姿ももちろんのこと、甘く瑞々しい花の香りが夢うつつの境を曖昧にします。ふわふわとした心地で出口に向かうと、お土産にどうぞとふっくらした蕾が鈴生りのミニ盆梅がお行儀よく並んで売られていました。

おじさん、幹を鷲掴み

元より飽き性で責任感に自信のない私。動物だろうが植物だろうが生き物なんて不幸にしてしまいそうで手が出ません。梅を買うつもりなど全くなく、ちょっとした好奇心でお土産の鉢を覗きに行きました。盆栽なんてお金と時間を余らせた老人の趣味、きっと一鉢何万円もするんでしょ?なんて思いつつ値札を見ると可愛らしい手のひらサイズで2500円。腰ほどの高さの枝垂れ梅は3000円。しかもレジのおじさんは「最終日だから半額でいいよ」なんて言うのです。いやいや、値段が安くたってこんな繊細なもの管理が大変でしょ。買わない言い訳を探していると、おじさんは枝垂れ梅の幹をぐいっと鷲掴みして持ち上げました。そんな手荒な扱いで大丈夫!?と驚く私をよそに「花が落ちたら鉢から出して枝と根を切って植え替えたらいいだけ」「枝はどうせ切っちゃうから幹が気に入ったの買うといい」と続けるおじさん。鷲掴みで持ち上げられた枝垂れ梅を、気付いたら買っていました。こんなつもりじゃなかったのに!

30歳の初挑戦

どうして買ってしまったのか自分でもわかりません。気づいたらお金を払って鉢を抱えていたのです。植物を育てた経験は小学校の夏休みの宿題だったアサガオぐらい。それが20年近く経って突然梅の木を買うなんて。困り果てている私の鼻先に、抱きかかえた梅の蕾がふんわり香ります。切り花でもない、生きた木につく花をこんな至近距離で見る機会はなかなかありません。近くで見ると丸々と膨れた蕾は柔らかそうで愛らしく、なんだかちょっと美味しそう。この小さくも力強いお姫様を、三十路独身OLのワンルームに連れて帰らなくてはいけない!急に実感がわいてきて、置く場所はどうしよう、どんな鉢に植え替えよう、道具はいつまでに揃えよう、頭はフル回転で火が出そうです。
盆梅展では樹齢400年という大作もありました。私が買った枝垂れ梅はおじさん曰く今年で5年。この梅が長生きするために、素人の私はこれからうんと勉強せねばなりません。30歳の人生の節目に思いがけない初挑戦。おじさんの鷲掴みを思い返して、気張らず気長によろしくどうぞ。

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