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ゴーガンと西洋中心主義


20世紀という新しい世紀をまたぐ頃、フランスでは、植民地に赴き活動する作家たちが現れるようになりました。自ら描き出す人物、光景を、自分の見たいもののみで構成し、自分の中にある印象だけを語り、対象を単なる興味本位の事物にしてしまう流れが生まれました(幸いにも文学の主流にはなりませんでした)。これらの作家たちの描き出す世界は、熱帯的といえるでしょう。そのエグゾティスム (英:エキゾティシズム)に、ポール・ゴーガン(Eugène Henri Paul Gauguin, 1848-1903)は動かされていきました。目指す先は太平洋。フランスから見て対蹠点にあたり、西ヨーロッパという異常なまでの攻撃性を持ち、侵略・征服の欲望 にとりつかれた一文明の進出がもっとも遅れていた地域なのでした。それでゴ ーガンは、最終的な脱出先にポリネシアを選んだのです。彼は、やがて絵画に物語性を取り戻すことになるでしょう。

この絵は、「イア・オラナ・マリア (マリア拝礼)」と命名されています。この作品は、ゴーガンが 1891 年 4 月から 1893 年 6 月までタヒチへ滞在し た第一次タヒチ滞在期に制作された作品です。ゴーガンが、ポリネシア の信仰に基づく一連の作品に着手する前に、タヒチでの最初の大作にキリスト教の題材を取り上げたのです。赤いパレオの女性は、聖母マリアであり、幅広い肩には、かなり成長した御子イエスを、軽々とかつ いでいる。「イア・オラナ」とは、タヒチ語で挨拶の言葉で、「おはよう/こんにちは/こんばんは」と何時でも使えます。タヒチの人たちが、聖 母子に挨拶をしている構図です。

この絵は、「アレアレア、(よろこび)」と命名されています。タヒチの牧歌的風景や生活と宗教的風習が画面の中に描き込まれています。前景には 2 人のタヒチの少女が 1本の 樹木の傍らで腰を下ろしながらゆったりと過ごしており、その中のひとりは目を瞑りながら細い縦笛を奏でています。また画面左下には一匹の神秘的な動物が配されていて、観る者に自然と人間の調和的世界観を明確に示しています。更には、後景で現地ポリネシアに伝わる月の女神ヒナを順に礼拝する女たちが描かれていて、同地の生活的風習と異国的情緒を見事に捉えることに成功しているといえるでしょう。この作品で最も注目すべき点は、ゴーガンがブルターニュ滞在期から取り組んできた総合主義的表現の昇華にあります。輪郭線で囲んだ平坦な色面によって対象を構成するクロワゾニスム的手法を用いた対象要素や構造の単純化と象徴化は、この作品で強烈な色彩による色面と、その対比によって表されています。タヒチ独特のエグゾティックな雰囲気や様子がよく伝わって来ます。

ゴーガンは、ポリネシアの人々の信仰の理解を通し、西洋人の眼差しに加えて、タヒチ人の眼差しをも得ていくことになります。対象(タヒチ人やその慣習、風景等)が主体(ゴーガン)とは異なる論理でもって立ち現われているのです。その理解のためには、主体が対象に積極的に働きかけ、対象を「生きた環境」として把握することが重要になって来ます。そのようにして、ゴーガンは、自らの西洋中心主義を崩して行ったのではないでしょうか?

 その後、ゴーガンから影響を受けた作家も出て来ました。
    

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