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空想物語・アシアン戦記

始めに:ご注意

※この物語は海神蒼月の空想の物語です。
登場人物は実在の配信者ですが、直接関係はありません。
この話に関して登場する配信者様へのお問い合わせはご迷惑になりますので決してしないようお願い致します。

1:始まり・セイファルアの街

ふと意識が浮上する。
頭がぼんやりするし体中に寝違いのような鈍い痛みが走る。
ベッドから落ちたか?
目を閉じたまま薄ぼんやりと考える。

昨日は仕事から帰っていつものようにあちらこちらと配信を見に行ってはコメントを投げまくって、それから眠ったはずだ。
今日は仕事が休みだから目覚ましは止まっている。
…やけに風が吹き抜けるな。
部屋の窓を開けっぱなしで眠ったっけか?

「つんつん、つんつん」
女の子のリズミカルな声に合わせて自分の尻が細い棒のような物で突かれる感触。
「死んでる?」
訝しげな声がする。
いや、生きてるし。
「つんつん」
性懲りもなく声の主は俺の尻を突く。結構痛い。

「生きてるぞ」
目を開けて仏頂面で言ってやる。
「わっ!びっくりしたぁ」
さして驚いたように聞こえないその声の主を見遣ると、そこには木の枝を持った羊のぬいぐるみ…?がこっちを見ていた。
なんてこった、俺はぬいぐるみが喋るなんてきいてない。
起き上がる。
ひどいな、俺は土の上で寝ていたのか。
大自然のベッドって訳だ。なんてオーガニック。

ぬいぐるみをよく見ると、肌の質感とかはまさに人間のそれだ。
いや、それよりも身体のモコモコは上着になっているのか?
前は開いていて慎ましやかなお胸がインナー越しに確認できる。
この羊、メスか。
いや、さっきからひつじひつじ言っているが頭には巻き角があるからそう思っただけだ。
もしかしたら妙なUMAかも知れない。
それにしてもだ、緊張感皆無なこの生き物(?)どこかで見覚えがある。

「行き倒れ?」
表情を余り変えずにひつじっコがきいてくる。
「知らん。目が覚めたらこうなってただけだ」
素っ気ない返事だが、実際そうなのだからこれ以上答えようがない。
「冒険者なの?」
こっちの返事には余り興味が無いらしい。自分から聞いたクセに。
「あ?一般人だぞ?」
徹頭徹尾、俺は社会底辺の一般人だ。
冒険など面倒の極致、やりたいはずも無かろう。
「一般人は武器なんて持ってないでしょ?」
ひつじっコは俺の腰の辺りを指さす。
「あ?」
自分もその指された先に目をやると、なるほどふた振りの刀が付いていた。
…ちょっと待て。
自分の体型もなんかおかしい。
自慢じゃないが俺はデブだ。
運動なんて苦手だし、イケメンとは対極な存在だ。
だがどうだ、気がつけば自分の身体はやけに引き締まっていて、いわゆる細マッチョというヤツになっているじゃないか。
「ははーん、これは夢だな?」
土の上にあぐらをかいて腕組みしながら状況を把握することにする。
情報はなかなかに多い。

まず自分はどこか全く知らない野っ原の真ん中でグースカ寝てるところをこの羊っコのツンツンで起こされたらしい。
そして自分の身体はだらしないおデブではなく、引き締まった細マッチョで腰には刀を履いている。
一本はいわゆる普通の日本刀の長さで、もう一本は短刀の部類だ。武士か?
そして目の前には動く羊のぬいぐるみ。
結果これらを混ぜ合わせて あうあうして出た結果が「これは夢だ」という結論だ。

「いや、起きてるなら現実でしょw」
この羊畜生はぷぷぷと笑いながら言い放ちやがる。
「よし、とりあえず今無性に羊毛のセーターが欲しくなった。ここに切れる刃物もあるしいっちょ…」
俺は短刀を抜く真似をすると羊っコは大げさに慌てだした。
「待った待った!世の中ラブアンドピースだと思うんだよね」
2歩ほど後ずさりながら笑みを引きつらせる。
「まぁ、冗談だ。で、ここはどこなんだ?」
俺が言うと羊っコはきょとんとした顔をする。
「セイファルアのそばだよ」
セイファルア、という地名には聞き覚えがあった。
かつて昔、それこそ中学とかの時に書いた物語の舞台の大陸にそんな町があった。
やっぱり夢か、それとも走馬灯の類いなんだろうか。
「ねぇ、やっぱり冒険者なんじゃないの?名前は?」
羊っコの声色に、本当に心配そうな色が乗ってきたので自分もおちゃらけたムードを引っ込めることにした。
「わだつ…」
そこまで言いかけて本名をいうのはなんとなくマズいかもしれないと思ったから
「アシアンだ。アシアン=ブルームーン」
そう名乗ることにした。
どうせ夢の中だ。偽名を使っても困ることはあるまい。
この名前は件の物語で主人公の相棒で、自分を投影した存在のものだった。待てよ?
もしもその設定が生きているならセイファルアには自分の家があるはずだ。
行ってみるのも良いかもしれないな。
「お兄さん、セイファルアの人じゃないみたいだね」
しかし羊っコはその儚い希望をあっさりとぶっ壊してくれやがった。嬉しくねぇ。
「…まじか」
羊っコを見る。
羊っコ、頷く。
「うん。だって、めの そこの町出身だもん」
…なんて?
「は?今なんて言った?」
なんか聞き捨てならないワードが聞こえたような。
「そこの町出身?」
小首を傾げる羊っコ。畜生め、ちょっとかわいいじゃねぇか。
「じゃなくて、お前の名前だよ」
俺の言葉に羊っコは腰に手を当て決めポーズ(?)になる。
「牡羊座から落ちてきた子羊、雪乃メノウとは私のことよ!」
どやぁ

「えー」
見たことある訳だわ。
昨日も配信行ってきたもん。
え?じゃあ何?ここはバーチャル空間で俺は生きながらにそこに迷い込んだって事?
「えーってなに!?こんなプリティ子羊になんの不満があるの?」
羊っコ改め雪乃メノウはぷんすかおこらはった。
「いや、別に不満はないけどさぁ…」
なんか納得がいかないというかなんというか。
「じゃあなんだ、北極住みの深海魚に憧れる青い女にバリカンで襲われたりするのか?」
俺の言葉にメノウ驚き。
俺の脳裏には「はい!ライン超え!校舎裏まで来るように」という声が聞こえたような気がした。もちろんシカトだ。
「なんで知ってるの?」
完全に怪しんでる表情でこっちをのぞき込むように見てくる。
「さあな」
とりあえず説明が面倒くさいので適当にはぐらかすことにした。
と、その瞬間俺の腹の虫が「メシよこせ!」と言わんばかりにぐうと鳴った。
「お腹空いてる?」
何故かメノウは5歩下がって聞いてきた。
俺はラム(子羊)を捌いてまでジンギスカン食う気はない。失礼な。
「そういえば腹減ったな。昨日も飯食わないで寝たし」
そういうとメノウはデッカく溜息をついた。
「しょうがないなぁ。着いておいでよ」
そう言ってあぐら座りの俺に小さな手を差し伸べてきた。
俺はメノウの顔を見上げ、少し考えてからその手を取った。
えへらと笑みを浮かべたメノウは悔しいがかわいかった。

聖󠄀ファーリア大陸中央部、レルア・ギレス森林帯の西方にある町がセイファルアだ。
セイファルアとは林檎の実に似た果実とその実を付ける植物の名前で、リンゴ同様フルーツとしてそのまま食したり、ジュースにしたりお酒にしたりする、この大陸では割とポピュラーな果実だ。
何でもこの街ができたときには果樹園があって名産品だったことからこの名が付いたんだそうだ。
おまけに遙か昔は神聖大戦の英雄が住まう町だったらしいが今はどこにでもある町の1つだ。
そんな町の一角にうどん屋を営むタヌキっコがいた。
この店の店主、化川桜那(ばけのかわ-はるな)その人だ。
人懐っこくて愛嬌があり、だが物腰落ち着いた女の子が今日も小忙しくやってくる客に絶品のうどんを振る舞っていた。
この街の名所の1つにもなっているくらいに繁盛している。
仕事の合間、ふとお遣いを頼んだメノウちゃんのことが気になった。
「大丈夫かなぁ…」
桜那がふと外を見遣ると、もこもこの小柄なシルエットがすらりと長身の男性と並んで歩いていた。
男性の腰には刀がぶら下がっているが、どうやら誘拐されたというよりはメノウちゃんがその男性を連れているらしい。
無事に帰ってきたという安堵感と、隣の男性は誰だろうと言う好奇心が湧いた。
メノウちゃんに恋人でもできたんだろうか。
…それはないか。

「どこに連れて行く気だ?」
セイファルアの街まで護衛がてらに着いてきたが、メノウがどこに向かっているかまでは聞かされてなかった。
「セイファルアいち美味しいうどん屋さんだよ」
身長差が結構ある(人間の子供大しかメノウは背丈がない)のでこっちを笑顔で見上げながらウキウキとしている。
まさかこんなファンタジーの世界で「うどん」というワードを聞くことになるとは思わなかったが、反面知った食事があることに安堵した。
「うどんかぁ。いいねぇ」
俺の反応に満足したのかメノウはずっと上機嫌だった。
「ハルちゃん!ただいま!」
うどんと書かれたのれん(!)をくぐるなり、メノウは片手を上げて店員らしきタヌキっコに近づいていった。
「メノウちゃん、おかえりなさい」
タヌキっコは膝に手をあて、軽く屈んでにっこりと笑う。
なかなか美人さんで人懐っこそうなコだ。
「この方は?」
ふとこちらを見るタヌキっコ。
「行き倒れてたから持って帰ってきた」
ひでぇ言われようだな、オイ。
嬉しそうに言いやがって!
「…お持ち帰りされたらしい」
苦笑いで俺も答える。
「お腹空いてるらしいから一杯ごちそうしてあげてよ。ここまで送って貰ったし」
メノウがそういうとタヌキっコは「あら」と微笑んだ。
「そうでしたか、ありがとうございます。私はここの店主の化川桜那と申します」
ぺこりとお辞儀。
なるほど店主さんか。
道理で礼儀を知ってる訳だ。
いきなり人の事を枝でつつくような畜生とは訳が違うってことだ。
「あ、いや…丁寧にどうも。俺はわだ…じゃなくてアシアン、アシアン=ブルームーンだ。ちょっと記憶を無くしてぶっ倒れてたところを拾われたんだ」
そういうと、桜那さんは「そうだったんですか」とちょっと心配そうにした。

「ん!こりゃあ美味い!」
しばらくの後、俺は店の端っこの席でぶっかけうどんをすすっていた。
こりゃ繁盛する訳だ。クセになりそうなほど美味い。
時間的なものなのか、少しお客さんが引いてきたので桜那さんも向かいに座って俺の食いっぷりを嬉しそうな笑顔で見ていた。
「でしょ!?ハルちゃんのうどんは大陸イチなんだから!」
隣ではメノウが負けじとずばずば言わせながらうどんをすすっている。
「これだけ美味しそうに食べてくれるとやっぱり嬉しいね」
柔らかな笑みを湛えた桜那さん。
「ん!ごっそさん!美味かった!」
ぱん!と両手を合わせてごちそうさま。
お腹が膨れるとなんか人心地つく。
ふぅ、と小さく溜息。
「で、アシアンはこれからどうするん?」
いつの間にか食い終わっていたメノウがこっちを見る。
「当てなんかないんだよなぁ」
昔書いたお話ではアシアンの家ってのがあったのだが、どうやらその頃からとんでもない時間が経ってしまっているようだった。
アシアンがいたのは神聖大戦の英雄の2代目の話の頃だ。
「なぁ、フォースって言う男を知らないか?」
あの時書いていた話の主人公の名を出してみる。
「フォース?」
メノウと桜那さんが声を揃えた。
「そう。フォース=ランデルティナ=トラップって言うんだ」
その名を口にしたとき、店中の空気が一瞬こっちに集まった気がした。
「それって聖󠄀フォース大陸の王様の名前だよね?」
桜那さんが反応した。
「生きてるのか?」
おそるおそる聞いてみた。
「もう大分お年を召してはいるけどまだご健在ですよ」
…お?マジか。
自分が生み出したキャラに会えるかもしれないのか。
会ってみたいが聖󠄀フォース大陸と言えばここ、聖󠄀ファーリア大陸の遙か南だったような。
いや、会ったところでアシアンの名を覚えているかどうかも怪しい。
不審者として引っ捕らえられるかも知れない。
とはいえ、今のところ「アシアン」の繋がりはその辺しかないからな。
フォースがかつて所属していた酒場、朝焼亭があったはずの場所には違う名前の酒場があるだけだった。
どうやら自分が作り出した世界そのままでは無いし、加えて自分がよく見に行くバーチャルライバーが、ここでは実体として生きている。
「ともかくアシアンは記憶も無くしてるし、行く当てもないって話でいいんだよね?」
メノウはちょっと真面目モードで聞いてくる。
「そう、なるな」
情けない話だがそういうことだ。
「路銀…」
自分の服のポケットをまさぐると小さな巾着が出てきた。
「なんだこれ?」
中を開けてみるといくつか小銭が入っていた。
「自分のお財布もわかんないんだぁ」
メノウが「うりうり~」と言いたげにニヤニヤ言った。
「そっか、本当に記憶喪失なんだね」
桜那さんは良いコだなぁ。
こんな得体の知れない男のことを割と本気で心配しているようだ。
「とりあえず今はいいけど、これからどうしたもんか」
この世界が自分の想像を超えていることと、元の世界に戻れる保証もその方法もよく分からないことは目を覚ましたときからなんかすんなり納得はしていた。
しかし現実問題、この世界に住まうとなるとまずは衣食住の確保が必要になる。
少なくとも雨風凌げる拠点、日々食えるだけの稼ぎ、そして避けて通れない着るものだ。
今自分はいわゆる普通の洋服の上から軽装の鎧を着けている状態。
冒険者と聞いて思い浮かべる道具入れのようなものは、目覚めた自分の傍らに使い込まれた皮の頭陀袋があったが、中身はほぼ空だった。
眠りこけているうちに中身ごと持って行かれたのか、それともそもそも大した物を持っていなかったのか。
どちらにしろ心細いことに変わりは無い。
「どうにかして食い扶持を確保しないとなぁ」
天井を見上げる。
いくらこの2人が良いコ達だとしてもいつまでも甘える訳にも行くまい。
「アシアンの剣の腕ってどんなもんなの?」
メノウは俺の腰に下がっている剣を指さす。
不思議なことに、元の世界で剣など振るったことは無かったがこっちに来てから何故か自分の中に、剣術の覚えがあった。
思い出した、という感覚でアシアンとしての冒険の過去も。
それは自分が書き記した「アシアン」という男のものだったが、今やそれは自分のものだ。
そのアシアンならば、弱いはずなどない。
かつて、フォースと共に大陸中を駆け回り、英雄と呼ばれたパーティーの1人なのだから。
「まぁ、それなりだな」
なんて応えていいか解らずに俺は図らずも気のない返事をしてしまう。
「冒険者なんでしょ~?」
なんだよ、残念なヤツだなぁという心の声が聞こえてきそうな声色でメノウはつまんなそうに言った。
「ぼっちだけどな」
はいはいすいませんね、と内心思いながら溜息と共に言葉を吐いた。

まだ日は高い。
俺がメノウにツンツンされたのはどうやら午前中の話のようだ。
つまりさっき食ったうどんは昼飯に相当する。
なるほどこの店も繁盛していた訳だ。
余り長居しても迷惑だろうから、とあの後少し話をして桜那さんのうどん屋を後にした。
出がけに「困ったときにはいつでも来て下さいね」と言われたのは、例え社交辞令だったとしても嬉しかった。
帰る場所ができたような気がしたし、なにより実物の桜那さんは元の世界で見ていた配信者の彼女のまま、不思議と落ち着く空気感を纏っていた。
「で、どうするの?」
あ?
ああ、忘れてた。
この暇人…ヒマ羊はなんか着いてきた。
まぁ、この世界の勝手とかよくわからんし何かとありがたい存在だから好きにしてもらってはいるが。
「パーティーでも組んで冒険者家業に身をやつすのも悪くないな」
俺、腕組み。
事実、腕に覚えがあるからかつてフォースと共に駆け抜けたときのように冒険者兼便利屋みたいな生き方も悪くない気がしていた。
それに、この世界には自分が元の世界で好きになったバーチャルの配信者が実物でいるようなので、もっと色んな人に会ってみたいという想いもあった。
「冒険者として仕事探してるんなら良いとこあるよ」
メノウが「あ、それなら…」に続けて言葉を発した。
「紹介してもらえるか?」
借りを作ることにはなるがこの際だ、今は自分1人の力ではどうにもならないなら好意に甘えよう。
そしていつか、このコが困ったときには全力で恩返しをしよう。
隣をぴょこぴょこ歩く、この小さな羊を見遣りながら俺は小さく、でも確かに決心をしたのだ。

次回に続く

登場人物紹介

・アシアン=ブルームーン

海神蒼月の転生体。
自分の書いた物語の世界に飛ばされたようだがなんか勝手が違うようだ。

・雪乃メノウ (ゆきの-めのう)

牡羊座から落っこちてきてうっかり受肉してしまった羊っコ。
元の世界で海神蒼月がよく見に行っていた配信ルームの主でもある。
元の世界では(ゲーム上で)トレーラートラックを転がしたりフォークリフトでミッションをこなしたりする社畜系な一面もある。
物語の中では蒼月の第1発見者。

・化川桜那 (ばけのかわ-はるな)

四国のバーチャルタヌキ。
穏やかな性格の持ち主で口調も声も落ち着く、元の世界でよく見ていたルームの配信者。
作中ではうどん愛が高じて自らセイファルアでお店を開くまでになっている。絶品で大陸中にファンがいるらしい。

・フォース=ランデルティナ=トラップ

海神蒼月が若かりし頃書いた物語、「フォース戦記」の主人公にしてトレジャーハンター。
かつて神聖大戦と呼ばれる魔との戦いで英雄とされたパーティーのメンバーの息子にして、第2次神聖大戦の英雄の1人。
今は聖󠄀フォース大陸を統べる王になっており、かなり高齢らしい。

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