見出し画像

名娼明月・お秋の足跡を訪ねる②大里宿跡(福岡県北九州市門司区)

 お秋母娘は、九州に上陸した後の最初の晩、大里宿(だいりじゅく)に泊まっている(現在の福岡県北九州市門司区大里本町)。
 江戸時代になって、参勤交代が行われるようになる。九州各地の街道も整備された。長崎街道(長崎〜佐賀〜飯塚〜小倉を結ぶ街道)は、小倉から大里まで延伸された。大名行列も、ここ大里から渡し船に乗って、赤間関に渡るようになり、大里はたいそう栄えたらしい。
 しかし、明治になって、参勤交代はなくなった。廃藩置県がおこなわれ、豊前国・筑前国は「福岡県」と名前を変えた。八幡に官営八幡製鉄所がつくられ、門司には大きな港ができると、この一帯の風景は大きく変わっていった。
 現在の大里地区には、以前の宿場町の面影は、ほとんど残っていない。わずかに石碑や、松林の松の木のほんの1本が残っているだけである。

画像1

 現在の大里は、「門司赤煉瓦プレイス」という、旧サッポロビール九州工場のレンガ造りの建物が立ち並ぶ街になっている。国登録有形文化財に指定されている。


画像2

レトロな赤煉瓦の建物が立ち並ぶ。
(立って写っているのは、わが細君)


画像3

大里宿の痕跡は、ただ小さな石碑が残るだけ。


画像4

「長崎番所跡」の石碑。宿場町の建物は、ことごとくなくなっており、後にこんな小さな石碑が残されているだけ。


画像5

一本だけ残っている、街道の松。


画像6

JR門司駅。大里宿跡には、この駅から歩いて数分。
車で来る場合も、駅前に20分だけなら、無料で駐車できる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?