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【声劇台本】タマゴコロ

タマゴコロ

作者:ミツネ

時間:~60分程度。


登場人物

※各役一名ずつ。男女どちらでも可。

春岡渚
引っ込み思案で、自分の考えを口で伝えるのが苦手。小学生~大人。
出版社の社員
春岡の事を気にかけてはいるが、いつも厳しく当たってしまう。
小説家
秋風ミツルという名前で活動中。自身の作品がドラマ化した事もある。

小学生:春岡と同じクラス。(台詞少ない為、兼役推奨)
中学生:春岡と同じクラス。いじめっ子。(台詞少ない為、兼役推奨)


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配信などで使用する際に明記してほしい事 (2点)

タイトル:タマゴコロ
作者:ミツネ


元になったオリジナルボイスドラマ


【オリジナルボイスドラマ】 タマゴコロ - YouTube
コレいつか舞台化したら良いな~~~

台本

[場面1 冒頭 ]

暗い舞台の上で一人、春岡渚がスポットライトを浴びて立っているようなシーン。この冒頭部分の文章から、本作品は生まれました。自分が演じる人物の心は、どんな卵だろう、と創造(想像)しながら、楽しんでいただければ嬉しいです。よろしくお願いします。

 

春岡渚(ナレーション、以下ナレ):

「優しさ」という言葉に、トゲを感じる。
「苦しみ」という言葉に、親しみを感じる。

 心は、卵の殻のように、理性や虚栄心に覆われているような気がする。
殻の内側に、感情や思いが詰まっている。食べるととても美味しい。殻が混ざると、美味しくなくなる。ガリガリする。

 でも、本当に味があるのは、白身じゃなくて、その一番奥の、黄身があるところだ。
卵の味は、そこで決まる。

白身と黄身をグチャグチャにせずに、黄身だけの味を伝えられるなら、そんな事ができるなら、優しさなんて気にせずいられるのかな。

 私の心は、どんな卵だろう。

 タイトル 『タマゴコロ』
作者 『ミツネ』

o   暗転

[場面2 回想 ]

春岡渚(ナレ)     「 小学生の頃の私は、喋るのが苦手な子供でした。」

小学生      「わっ!! 何、急に・・・?!」
春岡渚(小学生) 「 あ・・・・あの・・・・これ、」
小学生      「 ・・・ああ、今日のプリントか、」
春岡渚(小学生) 「うん」
小学生      「普通に喋りかけてくれたら良いのに。」
春岡渚(小学生) 「・・・うん。」
小学生      「貰うね。」

春岡渚(ナレ) 「相手が何を言っているのかは分かるし、質問された内容も大方(おおかた)理解が出来るのですが、自分がどのように返答したら良いのかがわからず、基本的には、頷きながら「うん」と言うか、首を横に振って、「ううん」と言うか、そのぐらいしか出来ませんでした。」

小学生     「 ねえ、なんで喋んないの?」
春岡渚(小学生)「・・・・・うん。」
小学生      「なんなの? 私のこと、きらい?」
春岡渚(小学生) 「えっ、ううん・・・・。」
小学生      「ちがうの?」
春岡渚(小学生) 「うん・・・・・。」
小学生      「じゃあなんで、喋りかけてあげてるのに、うん。しかゆわないの?」
春岡渚(小学生) 「・・・・うん・・・・。」

春岡渚(ナレ)  「よく「目が大きい」と言われていましたが、今思い返してみると、常に目を見開いて、気を張っていたのだと思います。
よく「いつもボーっとしてる」と言われていましたが、常に考えを張り巡らせ、どう答えたら良いのかを考えていました。でも、私は、周りの人のスピードに追い付けない。
答えが出そうになった時には、もう既に遅くて。私の周りには、誰もいなくなっていました。」

中学生      「ハッハハハ!! 大丈夫だって!! もう、とっくに傷ついてんだからさ。この先どれだけ傷つけたって一緒だよ。ってか、これイジメじゃなくて「教育」だから。コイツ何も喋んねーし。 なぁ?? 喋れるようになりたいよなあ???」
春岡渚(中学生)「 ・・・・・ううん・・・・」
中学生      「声小せえな~あ!!!」
春岡渚(中学生) 「・・・・。」
中学生      「おい!! なんか喋ってみろよ~~!」

春岡渚(ナレ)  「この性格のせいで、小学生から中学生の頃は、いじめられていました。でも、どう言い返せば良いのかが分からず、親にも先生にも、自分がどんな状況にいるのかを上手く説明できないので、とりあえず、イジメに耐えて、問題は解決せず、そのまま放っておいてしまいました。

今思うと、それが良くなかったんだなあ。」

 

[場面3 漫画家]

幼少期の頃に比べると、人と話せるようになってはいますが、引っ込み思案な性格は変わっていません。いつも頭の中で思考しますが、自分の言葉として相手に話すのが苦手。上手く言葉が出てきません。

 出版社の社員 「春岡さん・・。春岡さん!聞いてます?」

春岡渚     「えっ、あ、すみません。聞いてます。」

出版社の社員  「はあ・・・。ほんっと、いつもボーッとしてるし、何考えてんのか分からないし、前と同じ事を、何回も何回も言わなきゃだし・・・」

春岡渚     「すみません・・。」

出版社の社員  「二週間前に提出してきた物と、今回のコレ、何が違うんですか。 」

春岡渚     「えっと・・・、主人公の、見た目、とか、・・・あと・・」

出版社の社員   「はあ・・・。(大きなため息)」

春岡渚      「あっ・・・あと、・・・それと・・・ヒロインとの関係とか」

出版社の社員  「何も変わってないですよね。」

春岡渚     「・・・すみません。ちょっと、時間が・・足りなくて・・・」

出版社の社員  「ニ週間もあれば十分だと思うんですけど。」

春岡渚     「・・・はい。すみません、・・・。」

出版社の社員  「はあ(溜息)・・いくら何でも、描くの遅すぎませんか。」

春岡渚     「・・・すみません。」

出版社の社員  「あなた、売れる気あります? もう、いい年なんでしょう? いつまでこんなやりとり続けるつもりですか?」

春岡渚     「すみません。・・・・でも、もう少しで、良いのが描けそうな気がするし、それに・・・あの・・・・、 ・・・・・・。」

出版社の社員  「・・・。 はあ(大きな溜息)・・・・。もういいです。」

春岡渚     「・・・・すみません」

出版社の社員  「来週までに、面白い漫画、描いてきてください。」

春岡渚     「え・・あのっ・・・・、」

出版社の社員  「これが最後ですから。 では。失礼します」

春岡渚     「・・・・・・・はい。」

 

[場面4 カフェ]

都会。交通量が多く、ガヤガヤ騒がしい街中。時刻は昼すぎ頃。行き交う人々の中で一人、肩を落としてトボトボ歩く春岡渚。

春岡渚
「ビッシリ張り巡らされた電線。ガヤガヤと騒がしい街中。時刻は、・・昼過ぎ。
車やトラックは忙しなく行き交い、排気ガスと共に、人々は信号を待つ。信号が赤から青に変わった途端、人々は一斉に歩き出す。
・・あっ、すみません。
人にぶつかってしまった・・。やっぱり、人混みは、苦手だな・・。

 春岡渚(はるおかなぎさ)。二十七歳。独身。売れない漫画家。
小学生の頃から、自分の思いを話すのが苦手でしたが、文字やイラストにするのは得意でした。
高校生になって、美術部に入ってからは、生まれて初めて友達が出来たり、だんだんと人並みに話せるようになれたり、それまでの人生からは打って変わって、それはもう、楽しい日々を送っていたのですが・・・・。

晴れて漫画家になったのは良いものの、自分より後に入ってきた人達が、どんどん売れて、その作品がアニメ化したり、映画化したり、ドラマ化したり・・・。
それに比べて私は・・・、はぁ(溜息)・・・・。

肩を落とし、トボトボ歩いて辿り着いた先は、行きつけのカフェ。
ホットコーヒーを注文して、窓際の席へ行く間、男性俳優の話をしている女性達の会話が耳に入ってきました。・・私は、その俳優の名前を、聴いたことがありません。

テレビに出演する有名人が、いつの間にか、自分より年下の人が増えていて、なんだか、自分の惨めさを、より一層強調されたような気がして・・、最近は、あんなに大好きだったテレビもラジオも、避けるようになりました。」

カフェに到着。席に着席する春岡渚。


春岡渚 「はあ・・・いつもの席に座れて良かった・・。
・・・今日はココでしばらく作業して帰ろうかな・・。
・・・来週までに、か・・。間に合うだろうか・・・(絶望)
ひとまず、ホットコーヒーを一口、

   小説家が春岡渚が座っている椅子につまづく

小説家 「わ!!!!!!!」

春岡渚 「わ?!?!!?!」

小説家 「ああああああすみません!つまづきました!! 大丈夫ですか! 私のコーヒーかかってませんか?!?!?!」

春岡渚「 えっ、あ、大丈夫、です。」

小説家 「はああああ良かった・・・。すみません本当に。あっ、これ私の荷物ですすみません!邪魔でしたよね。コンセントの場所も塞いじゃってましたね。。」

春岡渚 「あ、いや、大丈夫ですよ、」

小説家 「本当すみません・・・。よいしょっと。これで大丈夫か・・・」

春岡渚 「はあ・・・。
カフェの窓際。横一列に並ぶ、いつもの席で、今日、私の隣に現れたのは、・・・。なんだか、にぎやかで、やさしい雰囲気の人でした。
淡い緑色のロングコートに、茶色のベレー帽・・。はあ~、オシャレな人だな・・・・・。

小説家「・・? ん? 何か、私の顔についてます?」

春岡渚「あっ! いえ。何も・・・・。」

小説家「ああ、なら良かったです・・・。あ、お隣失礼します・・!」

春岡渚「あ、はい・・。」

小説家「本当にすみませんでした、パソコンでのお仕事中に・・。」

春岡渚「あ、いえ・・・。これはそんな、大した仕事じゃないんで・・。」

小説家「そんなことないでしょう。」

春岡渚 「あ、いや・・・。 まあ・・はい・・・。・・・・。」

小説家 「・・・・。」

春岡渚 「・・・・・・。」

小説家 「・・・。」

春岡渚
「 うわ・・・。なんか気まずい・・。
こういう沈黙の空気感、苦手なんだよな・・・・・。

あ、そうだ。作業しよ。作業に、集中集中集中・・・・・
・・・・・はあ・・・。無理だ・・・・・。

『来週までに、面白い漫画』か・・
前回の二週間は、毎日徹夜して仕上げても、結果ダメダメだったのに、今回はあと1週間しかないなんて・・・。無理だ・・絶対間に合わない・・・もう・・・こんな調子じゃあ・・こんなの・・・・」

春岡渚 「はあ・・・。(溜息)」

小説家 「スゥーー・・、、ゴクン
・・・・お仕事、上手くいってないんですか?」

春岡渚 「えっ・・・・、へ?」

小説家 「ふふ。いや、なんか、すごく疲れてそうな感じがしたので。」

春岡渚 「あ、ああ。まあ・・・。そうかも、ですね。」

小説家 「そうなんですね。まあ、かく言う私も、疲れている人なんですけどね。あはははは。」

春岡渚 「そうなんですね・・・。」

小説家 「ふふふ。この冬は、寒かったですしねえ。
まだ、心も体も、疲れが残るんでしょうね。」

春岡渚 「たしかに・・・。」

春岡渚「 ゴクン(コーヒー飲む)」

小説家 「・・・ゴクン。ふうー・・。(コーヒーを飲んで、息を吐く)
・・・少し、お話しませんか? 休憩がてらに。」

春岡渚 「えっ? ・・・あ、ああ・・・、」

小説家 「あ、嫌だったら大丈夫なんですけど。お気になさらず。・・ゴクン」

春岡渚 「あ・・・。 えと・・。 ・・・大丈夫ですよ。」

小説家 「良かった。(にっこり)
まあ、お話って言っても、私の話を聞いてほしいだけなんですけどね、あははは。」

春岡渚 「ハハハ・・。
なんだこの人・・・。なんか、怪しい人につかまってしまったのかもしれない・・。」

小説家 「(少し咳払いしてから)実は私ね、物書きでしてね。秋風ミツル(あきかぜみつる)っていう名前で、小説を少し、書いているんですけども。」

春岡渚「 へー。」

小説家 「・・・あ、はい。」

春岡渚 「え」

小説家 「あ、いや、はは。何でもないです。
あ、でね、この前ね、歌の歌詞を書いてくれーって依頼が来ましてね。もう、それはそれは、悩んで悩んで。
今まで、歌の歌詞なんて書いたことがないもんでしたから。」

春岡渚 「そうなんですね。」

小説家 「はい。・・今は、少しずつ形にできているのですけれども・・・
いやぁ・・・・。本当に苦しかった。
私があなたに声をかけてみたのはね、その時の私と、あなたとが、少し、重なって見えてしまったからなんです。」

春岡渚 「え・・」

小説家 「ふふ。まあ、私の勝手な幻影かもしれないんですがね。ははは。」

春岡渚 「ほぉ・・。」

小説家
「小説を書くのに、家にこもっているとね、こう、何とも言えない苦しさに襲われるんですよ。
物語の展開が浮かばないとか、登場人物が思いつかないとか、そういう苦しさじゃない。ふいに、不安な気持ちでいっぱいになるような、そんな、ただ、漠然とした、得体のしれないものなんです。
そんな時には、カフェに来て、コーヒーを飲む。
すると、少し気が紛れる。

ゴクン(コーヒーを飲む)。ふうー(深呼吸)

ふふ。そしてね。
今の気持ちを、思いのままに、文字を通してぶつけるんです。
この得体のしれないものを、怪物に例えたり、女性の言葉にしたり、とにかく、違うエネルギーに変える。
するとね、愚痴ったり弱音吐いたりするよりも、だいぶ前向きになれるんです。自分の発した言葉って、意外と、自分の中に染み込んでいくものだし、他も人にも、伝染するし。

・・・私は小説家です。
出来ることなら、言葉の力で、あなたの事も救いたい。」

春岡渚 「!」

小説家 「私で良かったらですけど、あなたのお話も聞かせてくれませんか?ホットコーヒーが冷めない間、少しの時間だけで良いですから。」

春岡渚 「私の、話・・・」

小説家 「はい。」

春岡渚
「なんだろう。この人・・・。なんだか、このコーヒーカップのように、すごく、温かい感じがする・・。

自分でも不思議な感覚でした。初対面だし、知り合いでも何でもないけど、私の事を何も知らない人なら、偏見や先入観無く、何でも受け止めてくれるような気がして。・・・気まずくなったら、適当な用事をつけて帰れば良いし・・。
・・、少しだけ・・・話してみようかな・・・。

私、すごく口下手なんですけど・・大丈夫ですかね・・」

小説家「 気にしないですよ。(にっこり)」

春岡渚「 ・・・。じゃあ・・。 えっと・・・、私は・・・、」

小説家 「・・はい。」

春岡渚 「・・・・。田舎の方に生まれて、それから、ここに出てきて・・・。えっと・・・」

小説家 「うんうん」

春岡渚 「なんか・・、昔から、喋るのが苦手で、喋るのが苦手なのが、ずっと治らなくて、そのせいで、ずっと上手くいかなくて、」

小説家 「なるほど」

春岡渚 「それで、私、頭の中ではいつも、グルグル言葉が回る・・・っていうか、いつも考えがまとまらなくて・・、えっと、」

小説家 「うんうん」

春岡渚 「上手く話せないし、要領も悪いし、それで、小学生から中学生の時なんか・・あの・・・、いじめられてたりも、して・・・、」

小説家 「それは大変でしたね・・。」

春岡渚 「はい・・・。はあ・・(少し息を吐く)」

小説家「 ふふ。ゆっくりでいいですよ。」

春岡渚 「はい、えっと・・あのときは、学校に休まず行くことが、イジメっ子に勝つ、唯一の方法だと思ってたんですけど・・、それは間違いでした。今でも、こういう性格が治らなくて、耐えて、堪える事しかできなくて・・。」

小説家 「いや、耐えて堪えられるのって、物凄い力をお持ちですよ。よく頑張られましたね。」

春岡渚 「いえ・・。勇気がなかっただけなんです・・。もしあの時、もっと、違う選択をしてたら、・・・今は、違う私になれてたのかなって。」

小説家 「なるほどね・・。なんかその気持ち、すごく分かるなあ。」

春岡渚 「ほんと、ですか・・・」

小説家 「はい。実は私もね、高校生の時ですけど、いじめられてましてね、」

春岡渚「 そうなんですか」

小説家 「はい。私もあなたと同じような後悔をしているんです。無理に意地を張るのって、良くないですよねぇ。
悪いのは、いじめっ子の方なのだから、もっと、こういう事されて、あんな事もされて、超ひどい奴らだ!アイツらなんか死刑にした方がいい!って、それぐらいオーバーに、周りの人に言えれば良かった。イジメは隠れてコソコソするものだから、大人が気づけるわけない。」

春岡渚 「わかります・・・・」

小説家 「もし周りの人に言いにくかったら、図書室に行ったり、学校の人が来なさそうな所を散歩してみたり、とにかく、自分の存在を数か所に散らしてみても良かったかも。それでも自分を追ってくる奴はねぇ、もう、あなたの事が好きです!!って告白してるようなもんですよねぇあはは。だってさ、なんでそこまでするのよ、気持ち悪いわっ! あはははは!」

春岡渚 「ぷふ、」

小説家 「まあ、今だからそう思えるんですけどね。なかなか勇気は出ないし、思い通りにもいかないもんですよね。あの頃に比べると、だいぶ性格が捻じ曲がっちゃったなあ・・・」

春岡渚 「・・・私も、そうかもしれないです。」

小説家 「ほう、そうなんですか?」

春岡渚 「はい・・・。いじめられてから、自分にも、他人にも、あまり期待できなくて。・・人となれ合いづらい性格は治らないし・・、要領が悪いのも治らないから、もう、諦めてるんです。」

小説家 「諦めてる?」

春岡渚 「はい。・・治そうとするより、諦める方が楽で。
なんか・・もう、こういう、頭でグルグル考えちゃうのとか、マイナス思考なのとか・・・。こんな性格を治せないまま、大人になるまで生きてきちゃったので、そういう、変な思考回路の癖がついちゃってるんだと思います。」

小説家「 ほう・・。」

春岡渚 「こういう、自分の性格って、治らないんですよね・・。治したいんですけどね・・・。」

小説家 「う~ん、私は、それで良いと思いますよ?」

春岡渚 「え・・?」

小説家 「『自分の性格が治らない』だなんて、そんな、まるで病気みたいに言わなくて大丈夫ですよ。『治らないから諦める』、それで良いじゃないですか。あなたは、あなたのままで良いんですよ。」

春岡渚 「・・! ・・・。」

小説家 「今までたくさん、考えて来られたのでしょうね。そういうの、大切だと思います。 ・・・あと、

私、思うのですけどね。たとえ、イジメを報告したからって、この世からイジメが完全になくなるわけではない。だったら、アイツらが立ち退くほど、綺麗な自分を見つけてみませんか。自分の好きな所を伸ばしてみませんか。マイナスな気持ちって、この世で一番大きなエネルギーだと思うんです。過去の苦しかった事も、自分の嫌なところも、全部、形を変えて、いつか必ず、あなたの糧になります。私が保証します。」

春岡渚 「・・・・はい」

小説家 「諦めても良いですけど、感情は絶やさないでくださいね。あなたの感性を大切にしてください。」

春岡渚 「はい・・。」

小説家 「少しの間でしたけど、話していて分かります。あなたは心優しい、素敵な人です。」

春岡渚「 ありがとうございます・・・・。」

小説家 「お仕事、ほどほどに頑張ってくださいね。休む事は、罪ではありませんよ。休憩も忘れずにね。ふふ。」

春岡渚「 はい・・。ありがとう・・ござ・・あれ・・なんか・・っ、(涙が出てくる)うっ・・・。ふうっ・・・・・」

小説家 「ああああ・・、大丈夫ですよ。」

春岡渚 「す、すみません・・・(ぐすん)」

小説家 「今まで、つらかったんでしょうね・・。大丈夫。大丈夫ですよ。」

春岡渚「 うっ・・・う・・・(静かに泣く)

何故か。自然と。涙が出ていました。温かい手で『大丈夫、大丈夫ですよ』と、背中をさすられる度に、私の分厚い心の殻が、少しずつ削り取られて、軽く、柔らかく、そして、温かくなっていくような、そんな感じがしました。

 ああ、私、こんなにも つらかったんだな。」


[場面5 卵の殻]

エンディングです。一週間後、出版社の社員の元に春岡渚が向かったところからシーンが始まります。
息を切らしながら、入室してくる春岡渚。

春岡渚    「はあ、はあ、・・失礼しますっ、」

出版社の社員 「・・。今日も時間ギリギリなんですね。」

春岡渚    「すみません、」

出版社の社員 「おかけください。」

春岡渚    「・・・、これまでと、違う漫画を描いてきました。」

出版社の社員 「違う漫画?。」

春岡渚   「 はい。タイトルは、「時計の街」」

出版社の社員 「ふーん? 」

春岡渚    「胸に時計が埋め込まれた体を持つ少年の話で、死ぬまでの間、体が時計に侵食されるんです。・・でも、その少年は、自らが時計になる事を望み、誇りに思い、願っている。それで、えっと・・その続きは、まだ考えられてないんですけど、でも、死ぬまでの生涯を描き続けれたらなって」

出版社の社員「 一週間で、これだけしか描けてないんですか。」

春岡渚    「・・・すみ、ません・・。でも・・、」

出版社の社員 「これ、仕舞ってください。」

春岡渚    「え・・・あの、」

出版社の社員 「これまでの漫画よりは良く描けている。でも、これまで私が言った事が、何一つ反映されていない。」

春岡渚    「・・・・すみません、」

出版社の社員 「はあ(大きなため息)違う漫画に変わったとしても、また同じことを繰り返すんですね。」

春岡渚    「すみません・・・」

出版社の社員 「なんだか、もう貴方との未来が見えない。」

春岡渚    「・・・、すみません。」

出版社の社員 「いつも、同じような答えしか返ってこない。」

春岡渚    「すみません・・・あの・・・」

出版社の社員「 もういいです。他をあたってください。」

春岡渚    「えっ・・!!」

出版社の社員 「今までお疲れ様でした。もう会う事はないです。」

春岡渚    「・・・!! あ、あの・・! 」

出版社の社員 「では、失礼します。」

春岡渚    「ふぅ、はぁっ・・!(大きく深呼吸)
まっ、待ってください!!!!!」

出版社の社員 「え。なんですか。」

春岡渚    「あ、あのっ・・・。私なんかより、すごい人はたくさんいるし、画力も発想力も表現力も全然ダメで、なんにも上手くできてないんですけど、でも、
でもっ! そんな私だからこそ、描ける漫画も、あると思うんですっ・・・!!」

出版社の社員 「・・はい。 ・・それで?」

春岡渚   「 それで・・。不器用は不器用なりに、自分が伝えたいことを必死に、読み手へ伝える。
才能とかセンスとか、私には全く無いし、周りの人からも、そう言われてます・・っ、だけど、でもっ!
・・いつか、どこかの誰かが、私の漫画を手に取って、読んで、少しでも共感して、救われるような、そんな、・・そんな物語を作りたい!! 皆に好かれなくたって良い!」

出版社の社員 「・・・。」

春岡渚   「 これは、一種の諦めだと思うかもしれないけれど。でも!

私にはもう、この思いを武器にするしかないんです!!!そんな、そういう・・・そういう漫画を読んでもらいたいんです!!!

だから、あともう少しだけ、お時間くれませんか!

必ず、必ず面白い漫画にします!!!!!!」

出版社の社員 「・・・。」

春岡渚    「はぁ・・はぁ・・・。ぐす・・うっ・・・」

少しの間

出版社の社員 「・・・、私、初めて、あなたの声を聴けた気がします・・・」

春岡渚    「・・・・・、(ぐすん)」

出版社の社員 「ふ。(すこ~~~しだけ笑う)
・・・・春岡さん。座ってください。」

春岡渚    「(ぐすん)、・・はい」

出版社の社員 「これ、涙ふいてください」

春岡渚    「はい。・・・(ズズズ)」

出版社の社員 「まずは思いを伝えてくれて、ありがとうございます。そんな思いを持ってらっしゃったんですね。」

春岡渚   「 ・・はい、(ぐすん)」

出版社の社員 「・・意外でした。」

春岡渚   「 はい・・・ぐすぐす・・」

出版社の社員 「春岡さんの事を、あともう少しだけ・・・、信じたいと思いました。」

春岡渚    「! 」

出版社の社員 「え~っと。この日までなら、間に合いますか。」

春岡渚    「は、はい・・! 間に合わせます・・・・!!」

出版社の社員 「調整します。」

春岡渚    「!! ありがとうございます・・!ありがとうございます・・・」

出版社の社員 「あああちょっと! 濡れた手で原稿に触らない! 滲むでしょう!」

春岡渚 「はい・・・・すみませんうう・・・」

出版社の社員「 ティッシュ、ほら、はやく」

春岡渚「 ぐすんぐすん、すみません・・・ズズズ」

出版社の社員 「はあ・・もう・・」

春岡渚 「すびばせん・・・ズズズ」

出版社の社員 「いい加減泣き止んでください!今から気になった点、言いますから!」

春岡渚 「は・・・はいっ・・・」

出版社の社員 「いいですか。まず、ココ。日本語が間違っています。・・・、聞いてますか?」

春岡渚 「す、すみません・・!ぐすぐす」

 

少しの間


春岡渚「
「優しさ」という言葉に、トゲを感じる。

「苦しみ」という言葉に、親しみを感じる。

心は、卵の殻のように、理性や虚栄心に覆われているような気がする。卵の殻は、分厚い人もいれば、薄い人もいて、中には、殻なんか存在しない人もいる。

 

私の心は、どんな卵なんだろう。

大人になった今でも、まだまだ分からない事が多いけれど、

でも。

今。

確実に、

私の心は、キラキラと輝き始めた。」

 


終わり


 


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