見出し画像

キリエ

彼女はいつも微笑んでいた。
彼女はきれいな体をしていた。
彼女はきれいな顔をしていた。

水泳をすれば早く泳ぐし、
走れば早い。
柔軟な体をいつも伸ばしていた。

髪は短く、
爪はきれいに切られていた。

あまり自己主張が強くなく、
周りに線を引いていた。

まるで、ここにいることを嘆いているような人間(ひと)だった。

そこにいるはずなのに、全然、いない感じがした。

高縞キリエ。彼女の名前はそういう名前だった。

「心の傷は血を流し続けているの」

「だって、体と違って、心は傷がついたのかさえもわからないんだもん」

「治ったかなんてわかるわけない」

「だから、ずっと傷ついた心は血を流し続けているのよ」

そんなことを笑顔で言うから、なおさら俺は辛かった。

「なんで傷ついてるってわかるの?何かあったの?」

「わからないの。でも、心が痛いの。寂しいの。何にもないのに。だから、きっと私が悪いんだわ」

「悪い?」

「そう、私の問題だから。誰にも関係ないの」

「俺は、その問題にひとかけらも関係ないってこと?」

「そうよ。私だけが悪いの。だって傷ついてるのは私だもの。でも、傷つけている原因がわからないんだもん。」

「じゃあ、俺はあなたのことを慰められないよ?」

少し傷ついた顔をしたけど、彼女は極めて冷静に言った。
何も感じていないように振舞っている。

「構わない。慰める手数をかけるほうがいやよ」

「でも、それはとても悲しいよ」

「悲しくても、私はそういう風にしか生きられない」

「それは俺がいても?」

「……」

彼女は驚愕した。本当はただ、悲しくて自分じゃどうしようもなかっただけ。
綺麗で物分りのいいふりをしていただけ。

「本当は……誰かに慰めてほしい。誰かに優しくしてほしい。誰かに好きになってほしい」

「誰かに愛してほしい」

「誰かって俺のことだよね?」

キリエが優しく微笑んだので俺は嬉しくなった。

「ありがとう」

綺麗なキレイな笑顔。
惚れた欲目かな?



全部無料ですが、寄付していただけると、次の創作の活力になります。

ここから先は

0字

¥ 300

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?