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ゾーン

スポーツに「ゾーン」という言葉がある

集中力が一定値を超え万能感を得た状態のことをいう。極度に集中した瞬間にそれが起こることもあるし、それが長期間続くこともある。かつて、巨人の川上哲治は「ボールが止まって見える」とゾーンを感じさせる言葉を残した。その言葉の翌年の1951年川上は首位打者を獲得するが、三割七分七厘という数字以上に驚異なのは年間424打席374打数で僅か6三振という記録だ。これはシーズンを通じて、川上がゾーンに入っていたことを示している。なお、広島のエルドレッドは2014年に一試合で6三振している

私に運動選手としてゾーンが発揮されたことはなかったが、テレビ観戦中にそれが発動したことがあった。それは2009年、春の甲子園でのことだった

この大会の主役は沖縄・興南高校のエース島袋洋奨だった。左投げのトルネードから繰り出される重いストレートとスライダーを主体にしたピッチングでこの選抜大会で優勝し、また夏の大会でもチームを優勝に導き春夏連覇を成し遂げた。彼もゾーンに入っていたのかもしれないが、それを観ていた私も無駄にゾーンに入っていたのだった

左投げのトルネードは球の出どころと球種が見づらいようで打者は苦戦していた。しかし私には彼の球種がすべて分かっていた。投球フォームに入るまえの微細な肘の位置の違いがゾーンに入ったわたしには大きな違いに見え、それにより球種が分かったのだ。ストレート、ストレート、スライダーと球種を完璧に当てる30歳の息子(独身)に母は唖然としていた

解説者も対戦相手もこのクセは見抜けていないようだった。わたしは考えた。島袋はプロに行き活躍するだろう。大金を稼ぐだろう。そこに現れるのがわたしである。島袋サイドに立って、キミ投球フォームにクセあるのわかってる?教えてあげるからお金ちょうだい。あるいは、反島袋サイドに立ち打者に球種を教え、お金をもらうのである。この考えを母に伝えると、彼女は愕然とするのであった

島袋は高校卒業後プロには行かず、中央大学に進学した。わたしはこれをいいことだと思った。流石にプロであればわたしクラスの観察力を持った選手やスコアラーがいて、島袋は丸裸にされるだろう。大学で力をつけてプロに入るというのは正しい選択に思えた

残念ながら大学のどこかでつまづいてしまったようで、プロ入りはドラフト四位。プロ通算2登板に終わってしまった
それでも、あのテレビを通してゾーンの中で対峙した春のことをわたしは忘れないだろう

きよみ玲ちゃんの同級生くらいかと思ったら二つくらい下なんだな


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