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いちご

noteに書くことがないというのは、精神衛生がいい感じで保たれているという指標です。

僕は普段負に陥った時にnoteのネタになりそうなことを思いつきます。
例えば全員死ねとか思ってる時とかに。
物騒な世の中とは言いますが、人ひとりの心の中の方がよっぽど物騒だと僕は思います。

全員死ねとか、死にたいとか、思わないに超したことはないです。当たり前ですそんなもの。

でも生きてると、そう思いたくなるような出来事に出会ってしまうような人もいます。それは別に生まれや性格などではなく、もうその星の元に生まれたとしか言い得ない。

さっきそう思わないに超したことはないと言いましたが、これを思ったことがあるかないかというのは、価値観が合う/合わないを決める時の重要なファクトだなぁと最近思ったんですよね。

というのも、死にたくなるくらい辛い人や、全員死んで欲しくなるほど上手くいかない人の苦しみとかって、同じことを思ったことがある人でないと共感できないと思うんです。
それは、自殺志願者に「生きろ」と言ってしまうことにつながるわけなんですけど。

死にたいと思ったことあんのか?という問いに対して、そんなことないけど君の辛さはわかる。なんて言われた日には、自分が死ぬ前にまずはてめぇからだ首だせというアメリカ映画顔負けのセリフを言ってしまう気がする。

だからと言って、その気持ちは分からないけど僕と一緒に生きよう!なんて言われても、分からない人と一緒に生きたくはないです……となる。
屁理屈言ってんじゃあないよと言われるかもしれんが、なんと言われようとそういう心や頭の作りの人はいるんです。
死にたいと思ったこと、全員死ねと思ったことがない人は、本気でそう思う感性を持っている人もいるんだなぁと心の片隅に置いておいてください。そしてそういう人に出会ったら、出しゃばらずに黙っていてあげてください。何も出来ない事を悔やむ必要は無いです。それはできる人同士でやるべきで、光属性には光属性の成すべきことがある。

写真は、この前少しツイートした仲良くなりたいけどそんなに仲良い訳では無いから撮った写真をLINEできなかったやつ。供養です。
ちなみにこの前あって、この話で少し盛り上がりました。お菓子ありがとう。

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