くらしについて

お久しぶりです。
映画のレビューとか、音楽のこととか、書こう書こうとしていろいろ決めたけどこういうコンスタントに続ける系って相当好きにならないと続かないタイプなんですよね。

やるぞと決めたことでやめたこととは、通勤の電車での勉強、筋トレ、ランニング、水筒にお茶を入れて持ち歩く、浄水、、、あげればキリがない。

Twitterに少し書いて「これはこんなとこに書いてないでnote更新しよう」と思ったことを。

暮らしについてよく考えます。
暮らしについて考えるというと大げさに聞こえるけど、「あれ、この会社でいいんだっけ」とか「なんで関東に住んでんだっけ」とか「自分がしたいことってなんだっけ」とか、まぁ一般的にみんなが考えてることですけどね。

考えることはよくある。違和感を感じるまではまぁそこそこある。その先になるとなかなかないというのが現状で。
「違うな」と感じた時に一番手っ取り早くて効果的なのが環境を変えること、例えば引っ越し、例えば転職、ほかにも何かあるでしょう。縁切るとかね。

ただやっぱりそれって簡単にはできない。それ相当の準備、根回し、貯金、時間、根気、メンタル。
できないこともないんだけど、順番に一個ずつ片付けて、長期的に考えて。。。とやるのが一般的なやり方なんだろうなと。

やればできるんだけど、面倒でやらない。でも唐突にすべて煩わしくなって、スマホ投げ捨ててどこかに行きたい気持ちになってしまう。

理想の暮らしってなんなんだろうね。

極端な話、音楽作って発信する時間がある生活さえあれば理想なんだけど、意外と難しくて。仕事をしていたりとか、属するコミュニティが増えたりとかすると、自分でも気づかないうちに音楽に充ててる時間が減っている。減っているというか、何とか合間を縫って時間を作っているからフラットな気持ちでできない。その時になったころには若干の疲れがにじんだりしている。
どうしようどうしようと考えているうちに、週に5~6時間音楽にあててたらいい方みたいな暮らしになってきている。正直ふとした時にめちゃくちゃしんどくなる。なんだこの暮らし。ひどくくだらないし救えない。全部やめたい。やめらんないけど。

いきるのって本当に難しいんです。いまさら僕が言うことでもないんだけど。いろんなことに折り合いつけて、妥協と諦めを少しづつ織り交ぜながら「理想の暮らし」と「幸せな暮らし」のギャップに苦しみながら生きていかないといけない。僕の理想が世間の幸せの定義と一致していたらどんなに良かったかな。と。思うわけです。

おわり。おわりだよ。noteは自分のタイミングで自由におわれていいね。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?