神を信じる友 ← ロー

数百冊くらいの本を分類し終えて、ジルはようやく一息付くことにした。
「ああ…、知らない間に昼を過ぎていたのか」
昼食を忘れることなんて、ジルには日常茶飯事だった。活字に囲まれて過ごしていると、本当に時間を忘れてしまう。まるで時の扉を閉ざし、無限の檻の中に逃げ込んだような錯覚を覚える。
立ち上がると、少し立ち眩みがした。もともとからあまり身体の強い方ではないジルは、華奢な身体付きはまるで少女のようにも見えた。色が白く、背丈も160cmあるかどうか。顔立ちは整っているものの幼さが目立ち、やはり思春期の少女のそれに近かった。
細い指を壁に這わせ、立ち上がりを支えた。視界が揺れ、ほんの少しだけ吐き気を催した。
「よう」
ひやりとしたモノが頬に触れ、反射的にジルは飛び上がった。
「うわあっ」
「あははは、すまんすまん。そんな冷たかったか?」
振り返ると背後に、大柄で短髪のいかにもスポーツマンといった男が立っていた。冷たいジュースを両手に、爽やかな顔で微笑んでいた。
「ああ…、冷たかったよ。まったく」
「まあまあ、ちょっと飲んで一休みしろよ!もうすぐ茶の時間だぜ?」
「……ボクは昼飯もまだなんだけどね」
「なんだと?またか!ああ、もう!お前って奴は、本当に熱中症だなあ」
「……意味が違うよ、ロー」
苦笑いしながら、ジルは溜息を吐いた。
このちょっとズレた大男は、ジルの友人だった。
ロック・ロー。ジルとはおそらく同級生で十五歳、おそらくというのはジルは発見当時の健康発育状態を加味し、とりあえずの年齢を当てはめらただけだったからだ。もしかすれば、ジルはローとはかなり掛け離れた年齢なのかも知れない。
性格はまさに男の子といった、活発で健康的で、誰にでも明るく隠し事なく接する。どちらかというと、ジルとは正反対な人間だった。
そんな二人が友人となったのは、まだジルが図書館に配属されて間も無い頃だった。その容姿にあまり外交的ではない性格が災いし、ジルは図書館に来る者たちから陰湿にいじめられていた。ペイジ館長の保護の手前、表面的には仲良く、だが裏では雑務を押し付けたり古い書庫に閉じ込めたりと、毎日何かしらのいじめを受けていた。
そんなある日、たまたまタチの悪い連中がローをそこに加えようとしたことから、事態は一変した。
普段温厚で人望厚いローが、怒りを露わにして怒鳴った。その様子に誰より驚いたのは、もちろんジルだった。今まで誰かに嗤われたり怒られたり、色々と負の感情をぶつけられてきた。だが自分の為に周囲に対して怒りをぶつけてくれた人間は、彼が初めてだった。
気付くと、ジルの傍にはロー以外いなくなっていた。
それからというもの、二人はよく図書館で一緒に話すようになった。他の人間とローが仲良く歩いている場は避けるようにはしていたが、こうして二人だけならお茶をしたり中身の無い話で盛り上がったり、楽しく過ごせるようになった。
そして、それを機にジルは図書館であまり仕事を押し付けられたり、無碍に扱われることが少なくなった。
後から知った話なのだが、ローの本名はロック・ロー。つまりロック大図書館の創設者、ロック・ペイジ館長の息子だったのだ。
ペイジ館長が体裁的な面の保護を、そしてローが生活面での保護となり、ジルの日々はかなり穏やかになった。
他人をすべて敵だと思って過ごしていた少年は、一人の友の存在によって、初めて自分にも味方がいたのだと気付く事が出来た。
「なあ、ジル。今日は久しぶりに、終わったら下で夕食を食べないか?」
ひとしきり笑って話した後、ローが切り出した。
彼もまた、自分には無いものを持つ正反対のジルに惹かれ、ある意味ではとても頼りにしていた。
「下で……、またダンラークの定食屋かい?安いし美味いが、夕食に合うメニューがあの店にあったかなあ」
「いや、まあ、その、なんだ。もしなら、夕食くらいは俺が奢るからさ」
友人のひどく慌てた態度に、ジルはにやりと笑った。
「わかったよ。では安い夕食でも食べながら、また彼女の話でも聞かせてもらおうかな」

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