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タリバン?イスラム原理主義?【簡単に】

 2021年9月7日、アフガニスタンのイスラム主義組織タリバンは、暫定政権の主要閣僚を発表しました。

1. タリバンについて

 タリバンは、アフガニスタンで、勢力を持つイスラム原理主義勢力です。
 1990年代後半頃には、タリバンは、アフガニスタンの主要都市すべてを支配してその勢力を拡大し、1996年の首都カブール占領後、2001年まで、いわゆるタリバン政権を樹立していました。

 だからこそ、そのタリバンが、2021年、暫定政権の主要閣僚を発表する等している動きは、まさにタリバンが「復権」したという話になるわけです。

 なお、以下の説明における「政権」という用語は、厳密には、国際法上の「国家承認」「政府承認」等の観点からは曖昧さがあることは否めません。ただ、その知識まで触れようとすると脱線が過ぎるし、このような報道用語と、学術上の用語は得てして違いがあることも多いので、今回は、多くの報道で用いられている程度の意味合いで説明していきます。

2. タリバン政権(1996年-)

 そもそも、アフガニスタンには、冷戦以前より、イスラム原理主義勢力が存在していました。
 そこで、まずは、1996年にタリバンが(初めて)政権を樹立するに至った重要な出来事を二つ挙げると、

1. ①ソ連主導のアフガニスタン侵攻(1979年-1989年)
2. ②アフガニスタン紛争(1989年-2001年)

となりそうです。

 2.1. ①ソ連主導のアフガニスタン侵攻

 このソ連のアフガニスタン侵攻の要因については、様々な説が主張されていますが、有力な説は、イスラム教徒が多い中央アジアの国を支配するソ連にとって、アフガニスタンから、イスラム原理主義が拡大することを恐れたことにあるとされます。

 この侵攻に対する反対勢力として、9.11を引き起こしたアルカイダが結成されています。

 2.2. ②アフガニスタン紛争(1989年-2001年)

 上記のソ連主導のアフガニスタン侵攻後、ソ連は、アフガニスタンから撤退しましたが、アフガニスタンは、混迷の統治不安の状況に陥りました。

 つまり、撤退後の統治を争う紛争が生じたわけです。

 この勢力争いの中で、勢力を拡大してきたのが、タリバンです。
タリバンは、この紛争の最中に、バーミヤン渓谷の石仏を破壊したり、様々な過激的活動をしました。

3. タリバン政権(1996年)の崩壊

 そして、このタリバンは、日本も自衛隊インド洋派遣という形で協力した、いわゆるOEF(OEF-A、Operation Enduring Freedom、不朽の自由作戦)によって、アフガニスタン政権から追放されることになります。このOEFの原因になったのは、当然9.11(アメリカ同時多発テロ事件)ということになります。

1. ③9.11(アメリカ同時多発テロ事件)
2. ④OEF(OEF-A, Operation Enduring Freedom、不朽の自由作戦)

 3.1 ③9.11(アメリカ同時多発テロ事件)

 有名な話ですので省略しますが、
この事件後、米国に対する世界的な同情の念を集めたアメリカでは、2001年9月11日から9日後の、同年9月20日に、ジョージ・W・ブッシュが、対テロ戦争(war on terror)を表明し、その外交政策上の一環が、以下のOEFということになります。

 3.2 ④OEF(OEF-A, Operation Enduring Freedom、不朽の自由作戦)

 9.11の後、アメリカは9.11の容疑者と目される人物らの引き渡しを、タリバン政権に要求しました。
 しかし、タリバン政権は、これを拒否したため、アメリカは、原子力空母リンカーンを引き連れて、アフガニスタンを主な対象国として、テロ報復作戦である、OEFを展開し、空爆等の侵攻作戦を決行します。

 そして、結果として、このOEFを嚆矢とする、アメリカ主導のアフガニスタン侵攻は、その後のアメリカ・アフガニスタン関係に大きな禍根を生じさせたわけです。

 具体的には、テロ組織アルカイダ(のオサマ・ビンラディン)が、イスラム原理主義のタリバン政府の支援と活動に対する保護を受けていたということを根拠に、アメリカ政府は、アフガニスタンをNATOと共に侵攻しました。

 この作戦の中でも、特にアフガニスタンに対する空爆作戦における「誤爆」問題は、単なる国家間問題では収まらず、各国の軍事政策上、国際法上、国際政治上の、様々な問題を生じさせました。

 他にも、例えば、この「誤爆」問題は、空爆の本質的な問題点を明らかにした実際の事例として、「人道的介入(保護する責任、Responsibility to Protect、R2P)」の実施の是非や、今日においては「無人兵器による空爆」の是非の議論においても、取り上げられることが多いです。

 つまり、この「誤爆」問題は、国際的にもOEFが評価を受けがたいイメージとなってしまった要因の一つであるともいえるわけです。

 当然、アフガニスタンの住民にとっても、OEF、つまりアメリカへのイメージは、良くないといえるわけです。

4. タリバン政権(2021年?)の復権

 このように、アフガニスタン政府からタリバンを追放し、同国内の体制に強く介入したアメリカは、OEFを契機に、アフガニスタンの民主化させるという目的の下、アメリカ国民が収めた多額の税金を突っ込んで、アフガニスタンの安定化・民主化の努力を重ねます。

 具体的には、国際治安支援部隊(ISAF)というアメリカおよびNATO諸国により設置された部隊がアフガニスタンにおける治安維持等に従事していました。もっとも、あくまで主体的な国は、アメリカのみであったとされます。

 しかし、アフガニスタンでは、2003年に成立した新憲法を根拠に、直接選挙による大統領選出という形式は完成したものの、不正選挙や国内の治安激化は収まりませんでした。

 理由は、アメリカのアフガニスタン民主化は、アフガニスタン本位の政策ではなく、あくまで対テロ・対タリバン抑止を主目的とした政策であったからとも言えそうです。

 結果として、大量の税金を投入しつつも、何ら成果の出ないアフガニスタンの安定化・民主化というアメリカの政策は、社会的・経済的費用対効果の低さゆえに、2021年、ジョー・バイデンの決定により、道半ばで米軍撤退という終わりを告げます。そして、米軍の重しによって抑止されていたタリバンは、撤退が始めるや否や首都カブールを陥落させ、「アフガニスタンは、20年前に逆戻り」ということになりました。

5. まとめ

 アフガニスタンの現状は、一見、アメリカの政策転換が専らの原因とも言い得ますが、一方で、歴史を辿ってみると、そもそもの原因はロシアにあるとも、冷戦が原因ともいえるわけで、そう単純な問題ではないですね。

 そして、戦争や紛争など、直接的に当事者となったことのない世代がほとんどの我が国の住民にとっては、それらがどんなものなのかについて知ることも重要です。9.11等にも触れられた書籍としては、以下の本がおすすめです。ご参考までに・・・


 国制政治上の紛争は、得てして比較的長期の歴史的な経緯を根本的な原因としていることが多いです。いわゆる経路依存性(path dependency)を常に意識しなければなりません。

 また、このアフガニスタンの例は、「外部の介入による統治」は、ほとんど成功しないという歴史の繰り返しにすぎないとも言えそうです。中国や他の世界史でも同じようなことは何度も起きています。

 もっとも、日本は、アメリカを中心としたGHQによって、瞬く間に行われた、主権者(天皇陛下→国民)が交代するという荒波を耐え、70年が経ちました。その間に、我が国は、経済的に急成長を遂げ、世界の大国にまでのし上がったわけですが、どうやら、我々の国は非常に稀有な例とも言えそうですね。

6.最後に

 応答できるか分かりませんが、何かありましたらコメントでもしていただけると幸いです。

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【入門書】
 国際政治に関心がある人のために、入門書として、以下の書籍をお勧めしておきます。このシリーズは、かなりの種類がありますが、私が5冊ほど読んだものはどれも、比較的よくまとめられていると思いました。

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【基本書1】
 国際政治を学んだ人にとっては、すごく有名な本ですが、上記の本よりは、少し発展的で、勉強になる本です。噛み応えが欲しい方はこちらの方がいいと思いますが、あくまで基本書レベルですので、おすすめします。

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【基本書2】
 また、国際政治学者としては、比較的テレビ等にも出演してらっしゃって著名な、同志社大学元学長・村田晃嗣先生も、著作者に名を連ねている本も紹介しておきます。
 歯切れの良いコメントをされる村田先生が好きな方や、学部生が学ぶレベルの国際政治を押さえておきたいなら、この本もいいと思います。

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◇ ところで

ところで、アフガニスタンは、中東なのか?
という疑問がある方もいるかもしれません。

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