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【第5話】幼馴染(♂)、可愛くなって帰ってくる


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ウーヤ
「なぁ、シトラス。俺、すーぱー可愛くなっただろ」

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久しぶりに帰ってきた幼馴染は、相変わらず傲慢だ。
正直、安心すると同時に、呆れる。
でも、この街にいたときよりも、ずっとキラキラと輝いて見えるのは、どうしてだろう?
理由を考えようとしたとき、キュッと胸の奥が疼いた。

シトラス
(あたし、やっぱりウーヤ君のこと……)

この胸の痛みは間違いない。

シトラス
(だいっっっっきらいだ!!!!)

圧倒的な嫌悪感だ。



シトラス
「ようこそ、自由都市クロノスへ!」

あたしは元気いっぱい、満面の笑みを浮かべて、決り文句で四人の旅人を迎え入れた。
そして利き手で拳を握り、胸に構えて、ゆったりと頭を垂れるのが、あたしたち橙獅子の歓迎の示し方だ。
初めてこの街を訪れた人にも、この街の『別ファミリー』しか知らない人にも、伝わらないとわかっていても、橙獅子のリーダーとして、やらずにはいられないのだ。

シトラス
「あなたたち運が良かったわね! 今はフェスの時期だからどのファミリーでも、絶好調なおもてなしを受けられるわよ」

スイ
「フェス?」

シトラス
「あー、うん。わかりやすく言うと……収穫祭ね」

ダサい響きに苦笑いする旅人たちに、必死に「いかにクロノスの収穫祭が賑やかで楽しいか」を説明する。
フェスのメインは音楽と食事。
あらゆるジャンルの音楽を全力で楽しみながら、各ファミリーが収穫した新鮮旬野菜に舌鼓をうつ。
農業が盛んなクロノスにとって、フェスの時期が一年で一番賑わう瞬間なのだ。

シトラス
「と、大事なことを忘れてた」
「あなたの好きな色は何色?」

クロノスでは十二の色をモチーフにしたファミリーに分かれて生活している。
ファミリーによって、文化も生活様式もルールも違う。
だからこの街に訪れた人には、まず好きな色を尋ねる。
そしてその答えによって、旅人をどこのファミリーの疑似家族として迎え入れるかが変わる仕組みとなっていた。


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ルス
「えっと……好きな色ですか?」

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エラ
「えー……私は、『オシ』によって変わるからなぁ……」

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スイ
「……あの、あなたの好きな色は何色なんですか?」

一番気の弱そうな少女が、恐る恐る口を開くと、思いがけないことを言い出した。
旅人を振り分けるために何万回と繰り返した、飽き飽きとしたセリフが、あたし自身に向けられたのは初めてのことだった。

シトラス
「えっと、あたしは橙獅子のリーダーのシトラスっていうの。だから……」

スイ
「じゃあ、シトラスさんは、オレンジ色が一番好きってことですか?」

当たり前でしょ。
その言葉がどうしても出てこない。

シトラス
「……正直、好きか、嫌いかなんて、考えたこともなかったわ」

声に出してから、ハッとする。
かわりに無意識に口をついた言葉に、あたし自身が一番驚いてしまった。


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ウーヤ
「だから、アンタは嫌いなんだ」

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スイ
「ちょっとウーさん!?」


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ウーヤ
「久しぶりだな、シトラス。相変わらずみたいで安心したよ」

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この意地悪な笑顔と物言い。
忘れるはずもない。

シトラス
「おかえりなさい……。ウーヤ君」

あたしだってアンタのことは大嫌いだ、そんな気持ちを精一杯込めて、『歓迎』の仕草を示してみせた。



ウーヤ君は特別な幼馴染だった。
本来、同じ自由都市クロノスの生まれで、同じくらいの年の頃でも、所属するファミリーが違うウーヤ君とあたしが交流する機会はそれほど多くはない。
ファミリー同士は、不可侵。
敵対しているというわけではないが、けっして仲がいいわけでもないから、余計な干渉も交流もないのが常。
けれどウーヤ君は、父親が黒山羊、母親が紅乙女という、別のファミリーの間に生まれてしまったからか、いつもファミリーの生活圏を無視して、フラフラしていた。

シトラス
「ねぇ、ママ。あの子、オレンジじゃないよ。なんでここにいるの?」

ママ
「あの子はね。いいのよ」

きちんと説明をしてくれなかったけれど、ママも含め、無関係なファミリーの大人たちは、半端な立ち場であるウーヤ君に同情していたのだと思う。
だから、他の人であれば許されないことも、ウーヤ君だけは特別に許されていたのだろう。


あたしも少しだけ特別な子供だった。

ママ
「シトラス、あなたはパパの後を継いで、立派なリーダーになるんですよ」

生まれたときから、あたしは自由都市・橙獅子のリーダーになると決められていた。
だから幼いながらも、独りぼっちでいるウーヤ君の面倒を見てあげなきゃと思って、彼を気にかけていた。
ウーヤ君はあたしに対してもそっけなかったけど……だからといって簡単にめげるようなあたしでもない。
特に一年で一番特別なフェスの日に、独りぼっちでいるウーヤ君を、放っておくことはできなかった。

シトラス
「ウーヤ君。せっかくのフェスなんだから、一緒に楽しもうよ」
「今年のオレンジ、すんごく美味しいよ! ほら」

ウーヤ
「いらない」

シトラス
「そう? じゃあウーヤ君は何が好きなの?」

ウーヤ君
「可愛いもの」

いつもはまともに答えてもくれないのに、この日のウーヤ君はぶっきらぼうながらも答えてくれた。

シトラス
「あたしも可愛いもの大好きだよ。特に馬が好き!」
「言葉も通じないし仲良くなるまでは、大変なんだけど、馬に乗って野原を駆け回ると、本当に気持ちいいんだよ。今度一緒に乗ってみようよ」

共通の話題がようやく見つかったと喜々として話しかけるあたしに、ウーヤ君は心底不思議そうな顔をして問いかけてきた

ウーヤ
「じゃあなんで、可愛くない服を着てるんだ」

あたしがいつも着ているのは着古したオレンジ色のシャツに、汚れが目立たないブラウンのオーバーオール。
長い脂気のないオレンジ色の髪は、きつく三編みにして、麦を絡げた紐で解けないように結んでいた。
農作業の手伝いをするのにも、野を駆け回るのにも、フェスではしゃぎまわるのにも、ぴったりな服だ。
女の子らしいとは言えないけれど、パパみたいなリーダーを目指すあたしにとって、「男の子みたいね」という言葉も褒め言葉だった。
それなのに、ウーヤ君の一言のせいで、羞恥心が一気に膨らんだ。

シトラス
「これは……その、リーダーになるためには、可愛いものなんて、着てたら、駄目だし……あたしには、どうせ似合わないし……」

言い訳にもならない言葉を無秩序に並べて、必死に取り繕ってみたが、自分自身でも何を言っているのかよくわかっていなかった。

ウーヤ
「アンタは可愛くなりたくないのか?」

ウーヤ君の澄んだ赤い瞳が、まっすぐあたしを射抜く。

シトラス
(あたしだって……可愛くなりたい……けど)

いろんな言い訳が浮かんでは消える。
あたしはウーヤ君の質問にその場で答えることができなかった。
必死に必死に考えて、次に会うときには返事をしようと思っていたけれど、結局あたしはその後も返答はできないままだった。
なぜなら、ウーヤ君はその翌日に、何の挨拶もなくこの街を去ってしまったから。


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ウーヤ
「おかえりなんて言われても困る」
「俺は帰ってきたわけじゃない。ものを売りに来たんだ」

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自由都市クロノスは、行き場をなくした人々が最後にすがる街。
どんなに人でも受け入れる。
同時に、どんな物でも受け入れる。

だからこそ、この街は人と、人々が持ち寄った物で溢れかえっていて、物の価値が非常に安定している。
新しい商売をするには向かないが、商品の価値を知るにはいい場所なのか、よく商人がやってくるのだ。

シトラス
「なるほどね。何を売りに来たの?」


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ルス
「服を売りに来ました」

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シトラス
「何色の服でしょう」

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ルス
「すべての色です」

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シトラス
「そうですか。でしたら順番にファミリーを回っていただけますか? 回る順番は――」

手順説明も慣れたもの。
案内用のパンフレットを手渡そうとしたそのとき、人を馬鹿にするようにフンと鼻を鳴らす音が聞こえた。
犯人が誰か、なんて確認する必要すらなかった。


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ウーヤ
「あーあー、ホントに相変わらず過ぎて嫌になる」

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あたしはウーヤ君をキッと睨みつける。

シトラス
「聞かないふりをしてあげたのに、よほど触れてほしいみたいね」
「相変わらずってどういうこと?」

ウーヤ君が知っているのは、幼い頃のあたしだけ。
それを今のあたしと繋げられてしまうのは、正直、全然納得がいかない。
服装はいまだに、シンプルなシャツに使い古したズボンという男性と大差ないものだけれど、それがどうしたというのだろうか。


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ウーヤ
「相変わらず、ずいぶん不自由そうだなぁと思って」
「この自由都市もアンタも」

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ウーヤ君はニヤリと悪魔めいた笑みを浮かべて、自由都市の不自由を責めた。
彼が言わんとすることは、あたしにもわかる。
自由を名乗りながら、おかしな色ルールに縛られているあたしたちは、たしかに不自由な面だってある。
面倒事だって多い。

でも、あらゆる人を受け入れ、価値観を受け入れ、物資を受け入れるこの街が無法地帯にならずに済むのは、十二の文化圏があって、十二のルールがあるからだ。

シトラス
「心配してくれなくても、あたしはあたしのやりたいようにしているし、この街はそれなりに自由よ」
「自由を保証しながら、安全を守るために今の仕組みがあるの」
「自由と身勝手は違うんだから」


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ウーヤ
「ふーん?」

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いちいちウーヤ君の意味深長な物言いに付き合っていては、キリがない。



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ウーヤ
「ま、この街がなんでも受け入れてくれるってのは知ってるよ。居心地は別として」

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あたしが何も言わずにいると、ウーヤ君は図々しく話を続けた。


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ウーヤ
「だから今日はただ服を売りに来たわけじゃない」
「『可愛いは世界を救う』っていう価値観を売りに来たんだ」

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シトラス
「は?」

意味がわからず、思わず聞き返してしまう。


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ウーヤ
「なぁ、シトラス。俺、すーぱー可愛くなっただろ」

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聞き返してすぐに、後悔する。

シトラス
「ごめん、本気で意味がわかんないんだけど」

呆れて、本当は何もいいたくないくらいだけれど、それではますます話の意図がわからなくなるばかり。

ウーヤ
「可愛くないのか?」

シトラス
「……大の男が、可愛いって言われて嬉しいの?」


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ウーヤ
「嬉しい」
「でも、嬉しいか嬉しくないかじゃなくて、事実だから」

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仕方なく尋ねてみると、突きつけられた自信の大きさに、もはや呆れることさえできなくなる。
確かにウーヤ君は、この街にいたときより、ずっとノビノビとしていて、キラキラとしていて……悔しいけど、可愛い。
自分勝手で、ルールを守らなくて、なのに、すごく人を惹きつけてしまうウーヤ君のこういうところが、本当に、本当に、大嫌いだ。


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ウーヤ
「で。シトラス。アンタ、可愛いものは好きか?」

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シトラス
「…………」


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ウーヤ
「そうだよな。大好きだよな」

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シトラス
「まだ何も言ってない」
「っていうか、その理論だと、ウーヤ君が可愛い、可愛いものが好き、つまりウーヤ君がってなっちゃうでしょ」


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ウーヤ
「当たり前だろ。可愛い俺のことを好きじゃない人間なんていない」

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シトラス
「いるわよ!」


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ウーヤ
「じゃあ、もっと可愛くなって、惚れさせる」

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シトラス
「なにそれもう!」

幼馴染は、相変わらず、どうしようもなく傲慢で性悪だ。


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ウーヤ
「俺は、可愛くなれるのに、可愛くなろうとしないズボラな人間が大嫌いだ」
「だから、アンタもアンタも嫌い! 大嫌いだ!」

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ウーヤ君はあたしと、自分の仲間である気弱そうな女の子を指差して、言い放つ。

スイ
「ええ、私も……?」

もらい事故のような嫌い宣言に、指差された少女は戸惑いを隠せないようだが、戸惑っているのはあたしだって同じだ。
彼を嫌いだと思っていたし、嫌われていると自覚していたけれど、こんなに堂々と宣言されるとはさすがに思っていなかったから。
あたしだって、少しくらい、傷つく。


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エラ
「私は?」

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ルス
「えっと……」

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ウーヤ
「うるさい、勝手に話に入ってくるな!」

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暗い空気を作る暇もなく、わいわいと楽しそうにじゃれ合う彼らを、羨ましく思う。

別に、今の生活に不満があるわけじゃない。
あたしは、いつだって胸を張って、自ら橙獅子のリーダーであろうとしてきた。
元気で、前向きで、男前で、強くて、かっこいいパパみたいなリーダーに。

パパが、身体を壊してリーダーを引退するとき、まだ幼いあたしでは不安だとファミリーの大人は言った。
その不安を払拭するためにも、あたしは、全力で――言葉の通りすべての力を注いで、リーダーとして振る舞ってきた。

おかげで、今ではリーダーとして信頼されていると自負している。
褒められるのも、誇られるのも、心底嬉しい。

だけど……。
時々でいいから、ただのシトラスで、普通の女の子である時間が欲しくなる。

シトラス
(あたしだって……可愛くなれるもんなら、可愛くなりたいよ)

思いっきり、叫びたい。
けれど、やっぱり、どうしても本心を口にする勇気はなかった。

スイ
「そりゃ私だって可愛いのは好きだけど、自分には似合わないって思うから自分でするのは嫌なんです!」

一瞬、また無意識のうちに声に出してしまったと心臓がはねる。
しかしすぐに目の前の少女の言葉だと理解した。

スイ
「ちょっと努力したくらいで可愛くなれるもんなら、誰だって可愛くなってますよ!」
「私には、無理なんです」

無理なんて、できれば言いたくない。
それでもあたしにも、彼女が言っていることはわかる。
挑戦しようとしては、失敗して。
憧れては、現実を知って。
負の経験が積み重なっていくうちに、いつしか臆病になってチャレンジすることすらやめていた。
代わりに、自分で自分を否定して、納得させるようになってしまった。


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ウーヤ
「甘ったれるな!」
「可愛いは作れる! 絶対作れる!!」

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スイ
「無理です」

ウーヤ
「無理じゃない。この世に可愛くなれない人間なんていない」

スイ
「無理です」


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ウーヤ
「じゃあ、コイツは可愛くなれないと思うか?」

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再びウーヤ君はあたしを指差して、少女に問いかけた。

スイ
「シトラスさんは……きっと可愛くなれます」


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ウーヤ
「じゃあ他の人は? うちの服着て、可愛くなれると思わないのか?」

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スイ
「可愛くなれると……可愛くしてみせると、思います!」


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ウーヤ
「じゃあ、なんでアンタだけ可愛くなれないんだ」
「そんなの傲慢だろ」

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スイ
「それは……」


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ウーヤ
「自分が可愛くなりたいと思ったら、誰だって可愛くなれる」
「他人がなんと言おうが関係ない、自分で可愛くなるって決めさえしたら、誰だって可愛くなれるんだよ」

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それだけ言うと、ウーヤ君はくるりとあたしを振り返った。
赤い瞳があたしの姿をしっかりと捉える。


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ウーヤ
「シトラス」
「……自分だけブスで可愛くなれないなんて思い込みは、自分のこと可愛いって言うより、よっぽど傲慢だからな」

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シトラス
「……あたしは、可愛くなれないなんて言ってないでしょ」

精一杯強がって、言い返した。
でも、そんな強がりに何の意味もないとでもいうように、ウーヤ君は意地悪く笑った。


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ウーヤ
「顔が言ってる」

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シトラス
「なんですって!」

ウーヤ君は傲慢で、性悪で、意地悪で、大嫌いな幼馴染のはずなのに、それなのに。


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ウーヤ
「なあ、アンタは可愛くなりたくないのか?」

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再び、あのときの同じ――いや、あの時よりもずっと力強くて綺麗な紅瞳があたしを射抜いた。
だからあたしも負けずと、自信たっぷりに見つめ返して、言い切った。

シトラス
「あたしは、可愛いだけじゃ嫌だ!」
「可愛くて、元気で、前向きで、男前で、強くて、かっこいい……パパを超えるリーダーになる」

胸を張って、あたし史上最高の笑顔を浮かべて、ウーヤ君をまっすぐに見つめた。


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ウーヤ
「任せろ。アンタだけの可愛いを作ってやるよ」

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ウーヤ君は、天使みたいな美しい顔で、美しい微笑みで、あたしに語りかけてきた。
ズルい。ウーヤ君は本当にズルい。


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ウーヤ
「俺じゃなくてコイツが」

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投げやりに、ウーヤ君はプラチナブロンドの青年を指差した。

シトラス
(うん。やっぱりこういうところが嫌い!)

だけど、嫌ではない。
思わず吹き出してしまいそうになるのを堪えながら、指差された青年を振り返った。
ウーヤ君とはまるで違うタイプだが、圧倒的に美しさに恵まれているという意味では同類。
あたしの視線に気がついた青年は、柔和な笑みを浮かべて言った。


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ルス
「もちろん。作りますよ」
「あなただけの、可愛いを」

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シトラス
「……ありがとう、ございます」

あまりにも優しく、自信満々に言うものだから。
あたしはウーヤ君じゃなくて、この優しげな青年を信じてみることにした。


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ルス
「ではもう一度お尋ねしますね。橙獅子のリーダーさん、あなたは何色がお好きですか」

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シトラス
「あたしは……」

目を閉じて、可愛くなった自分を、恐る恐る思い浮かべてみる。
イメージは曖昧。
けれどたった一つだけ鮮明なものがあった。それは――

シトラス
「やっぱりオレンジがいいです」

結局、選んだのはいつもの色。
ウーヤ君のため息が聞こえてきた気がした。
でも、これはけっして妥協のつもりはない。

シトラス
「オレンジを使って……元気で、前向きで、男前で、強くて、かっこよくて……その上、可愛いあたしになることってできますか?」


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ルス
「もちろん」

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エラ
「鏡よ、鏡よ、鏡さん。今、鏡に映っている一番可愛い子の名前を教えて?」

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シトラス
「……シトラス・ラランジャ」

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あたしが名前を答えると、着替えを手伝ってくれた美少女は、満足そうに頷いた。
つられてあたしも頷いてから、改めて鏡に映る自分の姿を、ゆっくりと眺めた。


袖の膨らんだ真っ白なブラウス。
鮮やかなオレンジのコルセットスカート。
長い癖のある髪は、いつもより少しだけふんわりと三編みにする。
これだけであれば、あたしらしくない優雅なお嬢様のような仕上がりだったのだろう。

けれどあたしが求める可愛らしいは、ここで終わらない。
スカートは動きやすいように、たっぷりと贅沢に布が使ってある。
その上、スリットが入っていて、全力で駆け回っても、馬に乗っても邪魔にならない。
スカートの下にはゴテゴテと飾りはなし。
靴は使いやすい編み上げブーツ。茶色がかったオレンジカラー。

そしてわずかに覗くストッキングと、裾のレースにはネイビーを使ってもらった。
いつもなら有り得ない配色だ。


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ルス
「オレンジとネイビー。可愛らしさと格好良さと上品さ。すべてを表現できる組み合わせでしょう?」

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シトラス
「ええ」

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エラ
「調和してるわ」

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シトラス
「ええ。本当に。素敵」

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ウーヤ
「違うだろ。可愛い、だろ」

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自信満々にウーヤ君は告げる。

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シトラス
「そうね。可愛いわ」

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ウーヤ
「じゃあ、買うよな?」

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傲慢な振る舞いが彼なりの虚勢であることも、あたしはよく知っている。
けれど今更無粋なことを言って茶化すつもりもない。

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シトラス
「……買ったわ。服も、価値観も」

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これがきっかけで、もっとこの街が自由になるかもしれない。
そんな夢まで見れそうなほど、鏡の中あたしは幸せそうな顔をしていた。


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