ゴッドゲーム 3話

『ミッションを発表します』

街の上空に浮かんだ巨大なホログラムのスクリーンに文字が浮かび、どこからともなくつぎはぎだらけの音声が流れる。

 アキラは壮太を見る。

「おい・・・」

「クリア条件だ」

壮太はスクリーンを見たまま静かに言った。スクリーンから目を離さない壮太に倣って、アキラも仕方なくスクリーンに目をやった。

 浮かんでいた文字はまたバラバラとはがれていって、新しい文字が浮かび上がる。そして、先ほどと同じ音声で、浮かんだ文字が読み上げられた。

『ミッション、“人類絶滅の危機を回避せよ“』

文字がジジジ、という音を立てて震える。それから5秒後に、また文字がバラバラとはがれて消え、新しい文字が浮かび上がり、音声が流れた。

『グッドラック』

しばらくすると、文字とスクリーンは街の上空で音もたてず消えた。

 アキラと壮太は、しばらくスクリーンのあった場所を眺めていたが、口火を切ったのは壮太だった。

「・・・じゃあ、今が人類絶滅の危機ってことかな」

「いや、待って・・・」

アキラは廊下の縁のコンクリートの手すり壁に両腕を置き、その上に顔を伏せた。壮太はその様子をただじっと見ている。

「さっきの質問の答えなんだけど」

壮太が遮られてそのままになっていた質問の答えを続けようとするも、アキラが顔は伏せたまま、顔の下敷きになっている左の手のひらだけを上げてそれを制した。

 壮太が止まったの確認して、アキラは左の手のひらをもとに戻す。そしてため息をついた。

「もう今いっぱいいっぱいなんだよ」

 顔を上げて、両腕の上に顎を乗せ、街を見下ろす。自分たち以外の人間は見当たらない。

「夢?」

その姿勢のまま、右隣りで同じく街を見下ろしている壮太に一言だけ言った。壮太は笑った。

「夢じゃないよ」

アキラは壮太の笑顔を見てうんざりした。

「俺、飛び降りたよなあ。学校の屋上から」

「あ、そうそう。それやめてよね」

壮太はずい、とアキラに顔を近づけて言った。

「死ぬとペナルティーがつく。今日は行動制限だったから良かったけど、最悪ライフが減って、ライフがゼロになったら植物状態になるよ」

壮太は怒ったような表情で言った。アキラはその表情を見て、なんとなく辟易とした。壮太の目の奥ががらんどうに見えて、壮太からは、自分がまるで幼児のような扱いを受けている気分になった。

「・・・さっきの質問の答え、続き」

「あ、そうだね」

考えるのを放棄して、アキラは壮太に尋ねた。壮太は思い出したように話し始めた。

「僕はそうだな、君たち人間でいうところの、神様みたいなものかな」

「神様・・・?」

「そう」

壮太はアキラの目を見て言った。

「人間の概念の中で一番わかりやすくて近いのが神様」

壮太の言葉に、アキラは顔をしかめながら聞き返した。

「神様がなんでこんなところに?」

アキラの表情とは対照的に、壮太はにっこりと笑った。

「ゲームだよ」

その笑顔をにらみつけると、アキラは絞り出すようにつぶやいた。

「ゲームだよ、じゃねえよ」

アキラは手すりから体を起こして、壮太に背を向け、「やめる」と言った。

「え?」

壮太が聞き返すと、アキラは体ごと勢いよく振り返って半ば叫ぶように言った。

「ゲームなんかやらない! 勝手なこと言うな!!」

「いや、でも・・・」

「俺は死にたいんだ、なんで生きてるんだよ。お前だって見ただろ。なんでここにいるんだ」

アキラは泣き出しそうな顔になって、壮太をにらみつける。壮太はそんなアキラを困ったように見つめ返した。アキラはうつむきながら壮太に背を向け、壮太のいる方向とは反対向きに歩き始める。壮太はその後ろを追った。

「ついてくんな」

マンションの階段を下りながら、アキラは引きつぶしたような声で、前を向いたまま言った。

「ゲームは終われない」

壮太はアキラを追いかけながら言った。

「クリア条件を満たすまで、ゲームは終われない。またさっきみたいに死んだら、運が悪いとライフが削られる。体力や健康状態の上限が削られるんだ。削られたら戻せない。ライフが0になったら、意識を保ったまま体が動かなくなる」

「知るか、そんなの」

アキラは2段飛ばしで階段を降りていく。階段から階段へ飛び移って、地上に着いた。目の前の駐車場を突っ切って、フェンスの切れ目から道路を横断し、眼前に伸びる一本道をひたすら進んでいく。

 壮太はずんずん進んでいくアキラを追いかけながら、背中に声をぶつけた。

「クリアしないと死ねない。ゲーム中にライフが0になっても、それは死ぬんじゃない。ずっと生き続ける。動けないまま、永遠に」

アキラは黙って、道なりにまっすぐ進み続けた。

「死にたいならクリアしなきゃ」

壮太は声をかけ続けたが、アキラは答えない。

「あ・・・」

壮太が短く声を上げると同時に、うつむきながら前に進んでいたアキラが、何かに弾かれるように後ろに飛ばされて、しりもちをついた。

「ほら・・・」

壮太は駆け寄り、アキラに手を差し出した。

「行動制限。君が今日死んだから、ペナルティ・・・」

アキラは壮太の手を無視して、何かに弾かれた位置まで、今度はゆっくりと進む。するとある位置から、強烈な静電気のような感覚があった。手を伸ばすと、まるで磁石のN極とN極が退け合うように大きな反発となった。体ごとその反発に体重をかけ、押し込んでみるが、どうしても先に進むことができない。何度か試した後、アキラは諦めてその場に座り込んだ。

「・・・なんだよこれ」

「だから、行動制限・・・」

「勝手にわけのわかんないゲームに参加させられて、クリアしなきゃ死ねない?ゲームは、やりたいやつがやるもんだろ」

「・・・・・・」

壮太は少し口をとがらせて、アキラの横に同じように座り込んだ。

「なんで死にたいの?」

壮太がアキラの顔を下から覗き込みながら問いかけた。

「・・・お前が」

「え?」

アキラは、壮太を睨みつけながら言った。

「お前が見捨てたからだよ」

アキラはその場から立ち上がり、元来た道を引き返した。壮太はまたアキラを追いかける。

「見捨てたって、階段の時のこと?」

「そうだよ」

「あれは、僕が暴力を振るったんじゃない」

「止められただろ!先生を呼ぶとか、なんだってよかった!なんでそんなこともわかんないんだよ!!」

アキラは叫びながら速足で歩く。アスファルトをわざと荒々しく踏みしめ、スニーカーの底が道路を叩く音を立てた。

「助けてと言わなかった」

「一発蹴られた後で声が出なかった。それに俺があそこで何か言えば、後からまた倍蹴られるんだよ!!」

アキラの声がしゃがれて震えた。そのままやけくそで叫んだ。

「お前がこの世にいる限り、俺はずっと死にたいんだ!!」

道路の真ん中で歩みを止めて、むかついて治まらない胸中を何とか鎮めようとする。呼吸は荒くなり、顔の中心は燃えるように熱いのに、唇は逆に冷たくなった。

「どうすれば死にたくなくなるかな・・・」

壮太はアキラを刺激しないよう、なるべく静かで、滑らかな声を心がけながら呟いた。アキラはその言葉を聞いて、ギリギリと歯を食いしばった。そして壮太のほうを振り返ると、大股で壮太のほうに歩いて、勢いよく壮太の胸倉をつかみ、自分の体もろとも地面に押し倒した。

「痛い!!」

「謝れよ!!俺に!!!今!!!」

「痛いよ・・・」

壮太はアスファルトの地面に強かに背中を打ちつけて顔をゆがめた。アキラはそんな壮太にもお構いなしに、壮太の体に乗り上げ、胸倉を強く握りしめたまま、壮太の眼前でめちゃくちゃに叫び続けた。

「あの時俺を置いて逃げたことを謝れ!!気づいていて何もしなかったのだって同罪だ!!お前みたいなくそ野郎とゲームなんかできるか!!」

「・・・僕は何もしてない」

「それがくそだって言ってんだ!」

アキラは叫びながら、壮太の頬を力いっぱい殴った。途端、アキラの眼からダムが決壊したように、大粒の涙が次から次に溢れた。

 壮太はぽかんとそれを見つめた。アキラは嗚咽して泣いた。

「誰も俺を助けてくれない!誰も俺を見てない・・・」

 壮太は、とうとう涙が止まらなくなり声を上げて泣くアキラをずっと見ていた。5分くらい無言で、アキラはその間も泣き続けて、ようやく落ち着いてきた頃に、アキラはすんすんと鼻をすすって、しゃくりあげながら、乗り上げていた壮太の体から離れ、黙って最初にいたマンションのほうに歩き始めた。壮太もまた、それに続いて歩いた。

 5分ほどで駐車場に着き、出たときと違い、一階の中央のホールからエレベーターに乗る。アキラがすぐにドアを閉めようとしたので、壮太は両手をドアの隙間に差し込んでドアが閉まるのを阻止し、一緒に乗り込む。両者無言のまま、エレベーターが4階にたどり着くと、ポーンと音が流れ、ドアが開いた。アキラに続いて壮太もエレベーターから降り、共用部の廊下を進んで、406の型がはめ込まれたドアをアキラが開けた。アキラが部屋の中に入っていくので、壮太も同じく部屋に入った。アキラは何も言わなかった。

 二人で無言で靴を脱ぎ、アキラは廊下を進んで自室に入る。また、ドアを閉められそうになったので、壮太は今度は左手でドアを掴んで締め出されるのを防いだ。アキラは何も言わなかった。

 二人で自室に入ると、アキラは学ランのままベッドに倒れこんで、それから動かなくなった。

「ねえ」

壮太が声をかけるが、アキラは目を閉じてピクリとも返事をしない。仕方がないので、壮太はベッドのすぐ下の床に横になった。

 二人の呼吸の音以外何も聞こえない部屋で、二人はいつの間にか眠ってしまった。

 朝になり、二人はアラームの音で目を覚ました。ベッドの上で起き上がり、ぼうっとしているアキラを、壮太はちらりと横目で見た。

 しばらくそうしていると、アキラが口を開いた。

「ルール」

「え?」

「ルール、教えてくれ」

壮太は目を輝かせた。

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