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愿以山河聘2(作者:浮白曲)の有志翻訳【中華BL】



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翻訳

初対面

衛斂うぇいれんは辛い日々にうんざりしていた。
黙って耐え忍ぶことが出来るからといってこのような状態が続くことを喜んでいるわけではない。
楚国の王宮にいた頃、衛斂うぇいれんは六歳まで誰にも面倒を見てもらえない哀れな子供で、王宮にいる子供の宦官と何ら変わらなかった。
当時、王宮には寵妃がいたが入宮して二年が経っても子供がおらず、後宮で地位を確立することができずにいた。衛斂うぇいれんは折を見て御花園で寵妃にわざとぶつかった。宮女たちがすぐに彼を𠮟りつけ、板で打つためにつまみ出そうとした。
「この宦官の子はどこから来たんだ、無作法にも娘娘にゃんにゃんにぶつかるなんて。」
衛斂うぇいれんは頭を上げて玉のように可愛いらしい顔を見せ、強く言い張った:「私は宦官の子じゃない。公子れんだ。」
こうして公子であることが判明した。
寵妃は慌てて彼を放すように言いつけた。人をやって詳しく聞くと、この子供が楚王の七番目の公子で生母を早くに亡くし、宮中でよりどころもなく一人で苦境にあることがわかった。
この子供の境遇は自分によく似ている。寵妃は一瞬自分を憐れんだ。彼女の母の家柄は良くなく、宮中にあってはただ陛下の寵愛以外に頼るものがなかった。だが寵愛はそう長く続くだろうか?彼女の体は虚弱でおそらく子供授かることが出来ないと太医は言った。宮中で後を継ぐ子供がいないということはつまり、寵愛が長く続くことはないだろう。
この第七公子を見下ろして、寵妃はふとそう考えた。
その後、寵妃は衛斂うぇいれんを思いやって何くれとなく気を使い、しきりに優しくしてくれた。
衛斂うぇいれんはただ無邪気に寵妃を慕っているかのように振舞った。
宮廷の人々はその様子を見て態度を変え、彼の生活はすぐに改善された。
さらにひと月が過ぎた後、寵妃はまだ子供を授かることがなく、ついに「宮中に一人でいるのは寂しいので、子供を傍に置きたい。」と言って、衛斂うぇいれんを手元に置いて育てることにした。寵妃の願いを楚王は当然のように叶えた。
衛斂うぇいれんはいじめられ飢えや寒さに襲われる生活から完全に脱却した。
寵妃は衛斂うぇいれんに対して母のような愛情は持っておらず、ただ自分の為に必要としていた。彼女はこの子供について何も知らず、衛斂うぇいれんが全てを分かっていることも知らなかった。
当年取って六歳の子供だが既に心は鏡のように澄み渡っていた。御花園でわざとぶつかってこのような状況になるよう目論んでいたのだ。
衛斂うぇいれんは素晴らしい母子の情など全く不要だった。子供が安全に暮らし、境遇を改善する後ろ盾として寵妃が必要だったのだ。利益交換、それぞれが必要なものを得る、それだけだった。
もう一人母親を得たことについて彼は何とも思っていなかった。
思いがけないことに、それからわずか半月後に寵妃の懐妊が診断され、自分の子を得ることになった。その後彼に対しては冷淡になった。衛斂うぇいれんは泣きわめいたりはしなかったので、却って寵妃には彼を哀れに思う気持ちが少し湧いた。彼女はこの子供を福の神とみなしていた上、既に自分の養子としていたので、子供を蹴とばして追い払い自分の残酷さを明らかにするような真似はできなかった。
衛斂うぇいれんの境遇は以前と変わらず良いままだった。
ただ、秦軍が国境に迫り、楚国が人質を引き渡さなくてはならなくなった時、衛斂うぇいれんは最も取るに足らない者と見做された。
捨てるならとっとと捨てよう。

彼はそのように幼少の頃から自分の為に何かを勝ち取る術を知っていた。今に至っては猶更のこと。
宮中の人間がどれほど権力に媚び人を見て態度を変えるのか、衛斂うぇいれんほどよく知っている者はいない。彼が今人々に軽んじられているのは、大方秦王が彼を疎んじているからに違いない。
もし秦王の目に止まれば、明日には山海の珍味が選び放題、八百里の彼方から馬に鞭を打ち大急ぎでライチを送って来させることも出来るだろう。
ここで問題がある。
まず秦王に会わなくてはならない。
これまでの両国の関係を見るに、秦王が彼を殺さないのは慈悲深い対応で、彼に会おうとしないことすら十分すぎるほどだ。
相手が動いてくれることを期待するのはとんでもない。
山がこちらへ来ないのなら、自分が山へ行くまでだ。
衛斂うぇいれんは王宮で育ち、妃嬪たちが寵を競うやり方を多く目にしてきた。
彼は秦王の心を掴む必要はなく、ただいくらか興味を引き、宮中での生活を少しでも楽にすることが出来れば十分だ。
秦王に会う機会はなかったが、彼についての噂は耳にしていた。
秦王姫越じーゆえは冷血で好戦的、凶暴である。彼の兄弟は皆王位を争って命を落とした。最後に太后が九歳の姫越じーゆえが王位に就くことを支援した。彼女の親族は権力を独占し、幼い王を傀儡とみなしていた。
しかし、秦王が十四歳の時、一族を一掃した。自らの手で丞相の首を切り落とし、親族を一人残らず皆殺しにした。この時永平城には流れた血で河が出来、連日血の色の涙が空を満たした。
その後、太后は数か月間幽閉され、天下の大悪を冒した罪で、三尺の白綾(首を吊って自死するための紐)を賜った。
彼は凄まじい手腕を振るって内乱を平定した後、六国に目標を定めた。
十五歳で夏を滅ぼす。
十六歳で陳を討伐。
十七歳で梁と戦い。
十八歳で燕、魯の両国を占領。
二十一歳で楚を攻撃した。
彼を崇拝する者は、生まれついての戦神、天が定めた帝王と褒め称えた。彼を恐れる者は生き閻魔、希代の暴君と謗った。
……これは衛斂うぇいれんには全く関係がない。
彼が知っていたのは秦王はとても扱いにくいということだ。秦王の関心を引きたい。そうでなければ命の保証はない。
試してみなくてはならない。
秦王は後宮を持たず、未だ誰も寵を得たものが居ない。男色が盛んなご時世だが、秦王が男性を好むのか女性を好むのか誰も知らず、ましてやどのような人が好みかなど分からなかった。
秦王の注意を引くためにはどのような役柄を演じるべきか衛斂うぇいれんは考えた。
天下を征服することだけを考えているような君主は、色事をあまり好まないらしい。
平身低頭してあらゆるお世辞をいうようなやり方はやるべきではないのは間違いない。衛斂うぇいれん自身もそのようなわざとらしい態度を嫌っていた。
品性高潔、孤高の士はどうか?
それも駄目だ。本当に高潔であれば何故わざわざ近づくのか。この種の本当は欲しいのに欲しくないふりをするような詭計は秦王には通用しない。
では……才気渙発で対等な相手はどうか?
強い者は征服欲を強く刺激することが出来るだろう。
ただその前に引きずり出され切り刻まれる恐れもある。秦王は脅威を自分の身の回りに留めて置かないだろう。いかなる君主もそんなことはしない。
衛斂うぇいれんはいくつもの案を次々と却下していくうち、酷く頭が痛くなってきた。
彼は秦王について全く知らないので、どう攻略すればよいのか分かりようもなかった。
衛斂うぇいれんがまた窓を小さく開けると、冷たい風が顔に吹き付け心を落ち着かせた。
空は既に暗くなりかけていた。宮道にいる宮人はまだ雪を掻いており、監督しているらしい宦官が作業を促している。
ふと気づいた。
青竹閣は宮城の外れにあり、普段人が通ることは稀である。この宮道はただ冷宮へ向かうだけの道で、夜には冷たい風が吹くので、人が通ることは更に稀だ。
雪はここ数日降り続いていたが、雪掻きに来る人を見たことは一度もない。今日雪掻きをしているということは、誰か大物がここを通ることを意味している。
秦王宮には妃嬪はいない。寵姫が冷宮へ行って落ちぶれた妃嬪を嘲笑うようなことは起こり得ない。ここを通るような人といえばただ一人しかあり得ない……
秦王だ。
千載一遇の機会だ。
秦王の居所を知るのは容易ではない。衛斂うぇいれんはどのようにして「偶然」遭遇するべきか思案していたのだが、あっさり解決し、考える必要はなくなった。
衛斂うぇいれんはかつて宮女に秦王宮の事について聞いてみたことがある。彼は秦人から歓迎されてはいなかったが、顔の良さと優雅な様子で若い宮女の顔を赤らめさせ心臓を跳ねさせて、質問に答えてもらうことはは出来た。
衛斂うぇいれんは例えばこんなことを知った。
秦王も彼と同じく低い身分の出身で、生母は寵を失ったゆん姫だった。彼は子供の頃は冷宮で母と手を取り合って暮らしていた。
ゆん姫は冷宮で気が狂い、ある雪の夜に井戸に身を投げて死んだ。雪の上にただ足跡だけを残して。
その後秦王は王位を継いだが、太后に行動を制限されていたので、母が亡くなった枯れ井戸を見ることは出来なかった。
太后が死を賜った後に初めて、彼は井戸の底の生母の骨を掘り起こすように命じ、丁寧に埋葬した。
雪が吹きすさぶような夜に若い君王は冷宮を訪れては、既に腐り埃をかぶった寝台の上に座り、一晩中過ごすこともあった。

衛斂うぇいれんは秦王に対して同病相憐れむ気持ちを覚えた。
異なるのは、彼は母と子供時代を過ごしたことが全くなく、懐かしむべき暖かささえ知らなかったことだ。
秦王は元々は太后の駒に過ぎなかったが、最後にはこの駒が棋盤をひっくり返し、天下の大勢を塗り替えた。
衛斂うぇいれんは楚国の捨て駒で、この捨て駒が新たな価値を発揮できるかどうかはまだ分からない。
とりあえず今やるべきなのは、窓を閉めて、狐の皮衣を身に纏い、立ち上がることだ。
長寿ちゃんしょうは思わず尋ねた:「公子、どこへ行かれるのですか?」
衛斂うぇいれんは扉を押し開いた:「兎がかかるか切り株を見守りに行くんだよ。」
……この世で、あの暴君を兎に例えるのは衛斂うぇいれんくらいのものだろう。
長寿ちゃんしょうは慌てて言った:「もう一枚羽織って下さい!」
「不要だ。お前たちも付いてきてはいけない。」
薄着でひとりぼっちでいるのでなければ、どうやって悲惨で惨めな境遇を見せつけることが出来るのか。
「あの、公子!これは──」長寿ちゃんしょうはどうすることも出来ずに長生ちゃんしぇんを見た。「外は寒いですよ!」
長生ちゃんしぇんは彼を止めた:「公子にはお考えがあるんだ。」

雪が深い。
綺麗に掃除された宮道は非常に滑りやすく、少しでも気を抜くと転倒してしまう。
雪搔きをしていた宮人たちは既に仕事を終えて去り、広大な空と地は見渡す限り一面真っ白だった。
衛斂うぇいれんは白い錦の長衫を着て、真っ白い狐の毛皮にくるまって雪風の中に立っていた。錦のような黒髪を体の後ろに垂らし、唇は紅く歯は白く、顔立ちは絵のように美しい。
彼が身に着けているのは楚国から持ってきた衣服だ。結局のところ貢物の一つとして数えられており、みっともないような代物ではあり得なかった。楚国は白を尊び、ふわりとした大きな袖を好む。白い衣装は衛斂うぇいれんを一層世俗の塵にまみれない清らかな様子に見せた。
衛斂うぇいれんは長く待つ必要は無かった。遠くから黒い輦車れんしゃがやってきた。前後に十二人の官人、監督の宦官、数名の随身が付き従い、壮大だ。
耳が聞こえない人であってもこれが聞こえないことはないほどだ。
衛斂うぇいれんの耳の先がわずかに動き、ふいに気付いたかのように身を翻した。狐の皮衣が地面をかすめて、美しく翻った。
彼は輦車れんしゃがやってくるのを見て、ぽかんとした後、慌てて目を伏せそっと地面に跪いた。
楚国とは逆に、秦国では黒を尊ぶ。黒色の龍紋が施された輦車れんしゃと十二人の官人から、すぐにそこに来た者の身分を察することが出来た。
輦車れんしゃが徐々に近づいていくと、姫越じーゆえは道の端に跪いている青年に気付いた。
道中には数えきれないほどの官人たちが跪いていたが、誰一人として姫越じーゆえの目には止まらなかった。だがこのただ一人だけは無視することが出来なかった。
青年は雪の中に跪き、道をふさぐことは全くなかった。彼は目を伏せ、真っ白なうなじと傷一つない完璧に美しい横顔を露わにしていた。
唇は花弁のように艶やか、白雪の中に立つ霜の降りた紅梅のよう。
脆く壊れそうな美しい姿だ。
輦車れんしゃが通り過ぎようとしたとき、姫越じーゆえはおもむろに言った:「止まれ。」
宦官の李福全りーふーちぇんはすぐに甲高く叫んだ:「止まれ!」
輦車れんしゃがゆっくりと下ろされる。
「あれは誰だ?」姫越じーゆえ輦車れんしゃの上で頬を手で支えたまま聞いた。
李福全りーふーちぇんがすぐに大きな声で問う:「前にいるのは何者か?」
衛斂うぇいれんは唇を引き結び、額を地面につけて跪拝し、体を起こして言った:「人質の衛斂うぇいれんが秦王に拝謁いたします。」
衛斂うぇいれん
全く聞き慣れない名だ。
だが、うぇいは楚国の国姓だ。
姫越じーゆえはしばし考え、半月前位に楚国が和睦の為にやってきて幾多の宝物と一名の人質を差し出したことを思い出した。姫越じーゆえの心のうちでは人質も貢物もどちらも違いはなく、ただの戦利品だった。
近侍が楚国の人質をどうすればよいのか尋ねた時、姫越じーゆえは元々殺そうと思っていたが、ふと気が変わった:「後宮に入れておけ。」
確かに彼を辱める為にやったのだが、やるべきことが多すぎてあっという間に忘れ去っていた。
彼は珍しいほどの美人だった。
しかし姫越じーゆえは美貌には興味がなかった。彼は日頃から気分が変わりやすく、衛斂うぇいれんに何か質問しようとした次の瞬間には突然彼を殺してしまうかもしれなかった。
姫越じーゆえは身体を起こした:「外は凍り付くような寒さだ、何故ここにいる?」
衛斂うぇいれんは跪いたまま目を上げようとしなかった。
しかし若く耳に心地よい秦王の声は聞こえていた。
その声には想像していたような凶悪さは全くなかった。


ころり転げた木の根っこ♪

分からなかった所

輦車は担ぎ上げるタイプの乗り物か、車輪がついているのかどっち?

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